第150話 押し問答が始まった。

 獅子伯と密会?

 何言ってんだオマエ??


 私が思わず驚愕の表情をしてしまうと、何を勘違いしたのか執事長がニヤリと笑った。

「私たちが知らないとでもお思いで?」

 え、うん。なんせ私も知らなかった事だからさ。教えて教えて。

「奥様がひっそりと獅子伯と浮気なさっている事は存じ上げているんですよ。

 今日は嘘をついて、とうとう密会しに行きましたね。

 その途中で運悪く強盗に出くわした。

 これが日頃の行いというものです。自業自得。いやあ、悪い事はできない。神は見ておられる」

 そう言い切り、執事がドヤ顔をしてみせた。


 いや、もう、どっから突っ込んでいいものやら。

 強盗に遭った事以外全部合ってないのに、なんでこんなに堂々とそんな事言い切れるん? 密会なんてない事は、執事長が一番よく分かっている筈なのに?

 ああ、どうせ途中で強盗に遭って途中で引き返して来るんだから、いもしない獅子伯の存在を出しても問題ないと思った?

 私が思わずいぶかし気な顔をしてしまうと、私が理解していないと思ったのか、執事長は更に言葉を被せてくる。

「そんな、よその男にうつつを抜かす穢れた女は、強盗に出くわすのは自業自得だと言っているんです」

 そんなワケねぇだろ。

 そんな因果応報があるのなら、腐敗した貴族全員強盗に襲われて野垂れ死んでるわ。

 オマエもやぞ。

 ってか。やっぱりセカンドレイプかよ。

『襲われたのは自業自得』?

 そんなワケあるか。襲われたのは襲ったヤツが百%悪いに決まってんだろうが。

 どういう視点で見たって、襲われた側に非があるワケねぇだろ。


 例えどんなに危険な道をマッパで歩いてたって、理由にはならねぇんだよ。そう思うのならそれはお前、完全に加害者視点やぞ。


「……そんな事は、絶対あり得ません……」

 なんとか否定しようと頑張ったけど、私は思わず肩を震わせてしまった。

「貴方の泣き落としは効きません。ツァニス様は落とせても私たちは無理です」

 勘違いした執事が、そんな私を鼻で笑い飛ばした。

 いや、これ、泣いてるんじゃねぇよ。我慢できなくて笑っちゃっただけ。


 いやホント。まさかそっちの方面から攻めてくるとは思わなかったから。

 こう言うって事は、多分何か証拠があるって言いだすんだろう。

 私が獅子伯と浮気をしていない事は、私自身が一番よく知っているけれど、それを証明するのは悪魔の証明。やっていない事の証明など難し過ぎて無理。

 これは確かにドヤるわ。

 でもさ。

 いやこれ思わぬ収穫。もともと、この襲撃事件を暴いてから諸々を、と思っていたけど。どうやらそんな事をしなくても。

 やっぱりあっちから自爆してくれたみたい。

 証拠があるんだろ?

 見せてみろ。


「……獅子伯と、浮気などしておりません……」

 私は、小さい声で、首を横に振りながら『苦しい言い訳』に見えるようにしてみせた。

 すると、執事は顔をほころばせ、近くにいた執事にちょいちょいと手招きする。手招きされた執事は懐から少し薄い箱を取り出して執事長に手渡した。


「これがあっても、そんな言い訳ができますかな?」

 執事長は、その箱をパカリと開けて中を私に突き付けてきた。

 ──あ!! それはッ!!!

「ここに掘られた紋章は何ですかな? ん? もしかしてこれは、メルクーリ伯の紋章ではないですか?」

 彼は、箱の中身を私だけではなく、ツァニスにも見せた。

 ツァニスもさすがに顔色を変える。

「これは……」

「どうです? メルクーリ伯の紋章が入った首飾り!! これは獅子伯から贈られたものではないのですかな?」

 まるでどこぞの黄門様のお付きの人のように、その首飾りを私へと突きつける執事長。


 ……ああ、それ、なくなった事にすら気づかなかったわ。それどころじゃなかったから。落ち着いた頃にって思ってたからなぁ。

 しかし。それを持ってるって事は、お前……な?


 そろそろ演技も面倒になってきたので、私は背筋を正して呆れた顔を執事長に向けた。

「いいえ、それは獅子伯から贈られたものではありません」

 ちげぇよ。よく見ろ。

「嘘は通用しませんよ! ここにメルクーリ伯の紋章がある時点で間違えようがない!」

 バカだな、お前。

「よく見てください。その紋章を。確かにそれはメルクーリの紋章ですけど」

 私は嫌な事を思い出して、思わず顔を歪めてしまった。

「それは私が以前の結婚した時に、から貰ったものですよ。結婚式でつけたのです。メルクーリの紋章ですが、分家の印がついているでしょう?」

 クッソ思い出したくもない黒歴史掘り起こして来んな。

「ハッ!?」

 執事長は目を見開いて首飾りを凝視する。

「嘘だと思うならメルクーリに問い合わせてください。おそらくそれを付けた私の写真は残っているでしょうから」

 あのバカ男前の夫は、昔の女の思い出の品を時々引っ張り出しては思い出に浸るバカだからな。たぶんとっといてあるよ。写真。

 私の方も実家にあるよ。バカ前の夫と二人で写っていた写真を、妹たちが真っ二つに割いて、私の方の写真は綺麗な額縁を作ってくれて、それに入れて飾ってくれてる。バカ前の夫が写ってる方は、ナイフ投げの練習の的にしてた。命中率が良くなったとキャッキャとはしゃいでたな……


 それ、テセウスの事件の賠償金にあてようと思って、奥から引っ張り出してきておいたんだよ。ああ、それを、私の部屋に帳簿を持ち込んだ時に盗んだな。

「しかし! 獅子伯から贈り物をもらったのは事実の筈!」

 首飾りを凝視したまま小刻みに震えている執事長の代わりに、首飾りの箱を手渡した執事がそう叫んだ。

「ええ、貰いましたよ」

「嘘を──……え?」

 貰ってないと言い訳すると思ったん? しないよ。言い訳なんて。

「ペーパーナイフです。普段使っている、黒曜石のアレですよ。隠してませんよね? 皆さんの目の前で、何度使ったか分かりませんが。

 切れ味が鋭くてとても重宝しております。獅子伯は日常使いするものについてもセンスが良くいらっしゃる」

 私が呆れた顔でそう言うと、誰かがブフッと噴き出した。あ、メイド長だ。

 音に振り返ると、顔を歪めて笑いをこらえたメイド長が、ゴホンとわざとらしい咳払いをした。


 私は気を取り直して、執事たちの顔を順に見て行く。

 流さねぇぞ、重要な事だからな。

「で? 貴方がたは、何故私の首飾りを持っているんですか?

 もしや、私の部屋から盗み出したのではないでしょうね? それとも、首飾りが勝手に部屋から歩いて来て、貴方のジャケットの懐に飛び込んできましたか?」

 バカだなぁ。余計な事をしなければ、罪が重なる事もなかったのに。

 もうこれだけでも排斥の理由になるじゃねぇか。


 ま、まだまだ追及の手は緩めねぇけどな。


 執事たちは、反論できず顔を真っ青にしていた。

 その執事長の手から首飾りを取り上げたツァニスが、箱を閉じてサミュエルに渡す。

「じゃあ密会は」

 ツァニスが私の顔を横目で見た。

「ありません」

 そんな危険おかすぐらいなら、さっさと三行半叩きつけてやってるわ。

「ついでに言うと──」

 私は外套に手をかける。そしてバサリとそれを取り去って床に捨てた。

「私の身体には、以前の傷以外は何一つついておりませんけれどね」

 私は自分の身体を見せつけるように、その場で一回転して見せた。


「なッ……!?」

 執事たちが驚愕の表情で私を見て──そしてサミュエルへとバッと振り返った。

 サミュエルはそしらぬ顔をしている。

「そんなッ……サミュエル! 強盗に襲われたと言っただろう!?」

 執事の一人が、サミュエルの胸倉に掴みかかった。

 しかし、サミュエルは掴み上げる相手の手の親指を取って外へと捻りあげた。

「あたたたた!」

 溜まらずサミュエルから手を放す執事。お。私が教えた護身術。役に立ってるじゃん!

「ええ。強盗に襲われました。私は腹を蹴られましたし」

 彼はしらーっとした顔で問いかけに返事をする。

と報告したではないか!」

「そうですね。言いました」

 サミュエルはコクリと頷きつつも

「ちゃんと奥様は全員返り討ちになされましたよ」

 そう言って、ニヤリと悪ーーーい顔をしてみせた。

 おお。サミュエルもやるゥ。

「私に護身術を教えてくださっているのですよ? その方がみすみすやられるワケはないではないですか」

 お。舐められた事、根に持ってんな。ボッコボコにしてる。なんだか楽しそう。

 サミュエルからしたら、ホントは返り討ちにしたのはセルギオスなんだけど、ま、そんな事はここでは言わんよな。しかも実際は、私が男装したセルギオスがセレーネに女装したっていう──なんだか変な状況だったけど。


「待て」

 そんな執事とサミュエルの間に口を挟んだのはツァニスだった。

とはどういう事だ?」

 あ! やっぱりひっかかったよね! 私も私も! ポロッと零れちゃってるって思ったよ!

「あ、いや……それは……」

 しまったという顔をして、執事がオロオロとし始めた。

 復活したのか、執事長が険しい顔をして私を睨みつけている。


「ああ、それは、私の方からご説明いたします」

 そんな声は、談話室の外から響いた。

 談話室の入り口に固まって野次馬──違った、心配げにこちらの様子をうかがっていたメイドたちの向う。

 頭一つデカイ男性がこちらに向かってニッコリと笑顔を向けていた。

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