第149話 舞台は整えられた。

 メイドたちとともに、屋敷に住み込みの医者の部屋まで押し掛けた。

 慌てふためき医者に詰め寄っていくメイドたちを落ち着けたのはクロエ。


「まずは。これから言う事に驚かない事。絶対に声を上げない事。いいですね?」

 彼女にしては珍しく厳しい声。

 メイドたち(ついでに医者)は、彼女の声と気迫に口を真一文字に結んだ。

 周りが静かになってから、私は身体に巻き付けた外套を脱ぐ。

「私は無事です。傷一つついてないですよ。あの報告は嘘です。私をおとしいれようとしたヤツを、おとしいれかえす為の、ね」

 私がそうニッコリとして報告すると、一瞬歓喜のような悲鳴のような声をあげたメイドたちだったが、みんなすかさず自分や声をあげた子たちの口を押えて声を押し殺す。

 ……待ってみんな、行動が可愛い。

「まだツァニスが帰って来ておりませんからね。まだ嘘をついたままにしますよ。ヤツらをさらし上げるのはもう少し後です。だから我慢してくださいね?

 ケーキは、待てば待つほど美味しく感じるものですよ」

 私がそうニヤリと笑うと、メイドたちは一瞬目をまん丸くした後、ニヤニヤクスクスと笑い始めた。

 そんな中、一人の若いメイドがガバリと私の身体に抱き着いてくる。あ、さっき泣いてた子だ。

「奥様っ……本当に良かったっ!! 心配したんですよっ!!」

 私の胸に顔をうずめて泣いて抗議するメイドさん。

 そうだよね。今この瞬間まで、私を案じて心を痛めてくれていたんだもんね。

「ごめんなさい。心配かけてしまって」

 私は彼女の背中をさすりながら、そう謝った。

 すると、口々に『そうですよ』『もう』と不満を上げるメイドたち。

「みなさんも、ごめんなさい」

 私は抱き着くメイドをそのままに、少し頭を下げた。


 メイドたちには色々迷惑をかけてしまった。今回の事もそうだけど、色々今までやっていなかった事も沢山お願いしてきた。その中には、わずらわしい事もあったと思う。

 でも。

 ちゃんと、私の意図を感じ取ってくれていたのだという事を、今この瞬間実感できた。みんなが私を心配してくれるという事は、私をちゃんと受け入れてくれていたという事だ。

 私がしてきた事は、無駄ではなかった。

 良かった、本当に。


「道を空けなさい」

 そんな鋭い声が、部屋の外から飛んだ。

 そちらへと顔を向けると、メイドの海を十戒のように割った、厳しい表情のメイド長が立っていた。

 彼女は今回の事を知っている。男装以外ね。それ以外の事はマギーやクロエから事前に報告されていたハズだから。

「奥様、ツァニス様がご帰宅されましたよ」

 わ、タッチの差だったんだな。

 既に報告されているか、もしくはまだ何も知らないか。連絡云々は執事たちしか行えないから分からない。

 でも、彼が飛んで来ないという事は──


「執事たちが談話室へと通しました。執事たちが、奥様をお連れしろ、と」

 彼女は至極冷静な顔をしていたが……分かる、分かるよ。百戦錬磨のメイド長様ですから感情を思ったように抑えられるって。でも、額にめっちゃ血管浮いてるよ。怒り心頭とはこのことだね。

「まったく……奥様が無事だからいいものの、これで本当に事が起こされていたとしたらとんだ悪魔ですね。乱暴された女性の傷の手当をする前に引きずり出そうって事ですから」

 メイド長は額を抑えてブツクサと文句を言う。ああ確かに。私は今無傷だから平気だけど、これが本当に後だったとしたら鬼畜の所業だな。

 でも分かってるよ。時間を置いて私が気力を復活させる前に畳みかけたいんだろ?

 ホント、戦略としては最高だけど人として最低だな。


 さて、決戦は談話室ね。

 そういえば、大奥様と対峙したのもあそこだったなぁ。あそこ、鬼門やな。

 私は大きく深呼吸を一つしてから、顔に気合を入れる。

 そしてメイドたちの顔を順々に見ていった。

 心配げに見上げる顔、何故かドキドキワクワクした顔、笑いを嚙み殺している顔、悲しそうな顔、色々な表情が目に飛び込んできた。

「みなさん、私が言うまで、嘘だった事等はすべて黙っていてくださいね。

 ま、こんな事言わずとも、カラマンリス家の家人たちは私には勿体ないほど優秀だから、大丈夫だとは思いますけど、念のため、ね」

 そう前以まえもって言っておいてから、ウィンクを一つ飛ばす。

 周りから何故か『ひゃあ!』という悲鳴があがった。


「……メイドキラー……」

 声の主は誰だか分からなかったけど、どっからかポソリとそんな呟き声が聞こえた。


 ***


 メイド長に導かれ、外套を再度頭から被った私は、談話室へとゆっくりと入っていった。


 窓辺に立つツァニス、そのそばには執事長と執事の二人。そしてサミュエルが。

 余計な外野を入れたくなかったのか、アティやゼノ、ドリスはいなかった。

 なので当然マギーやアティの護衛・ルーカスもいない。


 できるだけ私の味方をしそうな人物を減らして、確実に私にトドメ刺す気満々だなオイ。


「奥様がいらしゃいました」

 メイド長が談話室に集まる人々に声をかける。

 その瞬間、みんなの視線が一斉に私へと集まった。

 私は目を伏せたまま何も喋らなかった。


 ああ、奥様との対戦を思い出すな。こういう時は待ちの姿勢が吉。相手が勇んで自爆する方を待った方がいい。どうせ向うは、私が色々言い繕ってもいいように準備しているだろうからさ。

 相手が罠にかかるのをじっとヤブの中に身を潜めて待つ。

 ああ、猪狩りを思い出すなァ。奴らは頭がイイから、子供をおとりに使ったりするんだよね。少しの重さや衝撃で発動する罠だと、子供しか捕まえられない。

 それではダメだ。じっくり待つんだ。大物が、もう逃げられない場所まで深入りしてくるのを──


「セレーネ……」

 ツァニスが、感情を抑えたような声で呼んだ。その視線に顔を少しあげる。

 すると、彼の表情が目に入った。

 何かを抑えたような、難しい顔をしている。何か言いたげだけれど、我慢しているかのような、顔。

 私はわざと視線をサッと外した。


 暫くの沈黙ののち、盛大な溜息が聞こえてきた。

「奥様、これは問題ですぞ」

 そう漏らしたのは執事長。たぶん、黙っていられなかったんだな。

 何がだよ。問題起こした当人がよく言うわ。早く私にトドメを刺したくて仕方ないって感じ。

 なんでこういう時って口を開かずにはいられないんだろう。大奥様もそうだったな。

「何があったのか、奥様の口からツァニス様に直接説明するべきですよ」

 うわぁ。コイツ、セカンドレイプする気満々かよ。

 普通に反吐が出る。

 しかし、求めるなら応えてしんぜよう。私って親切ゥー。


「エリック様がご病気になったという知らせを受けたので、馬車でお見舞いに向かいました。その途中……強盗に……遭いました……」

 そしてボッコボコに返り討ちにしてやりました。

『なんとか気丈に振る舞っています』というテイを取る為に、少し視線を外し気味にして顔を上げる。

 しかし、私がそう説明すると、執事長はヤレヤレといった感じに小さく首を横に振った。

「またそんな見え透いた嘘を」

 嘘?

「エリック様は病気等にはなっておりませんよ?」

 ああ、そこから攻めてくの!? それは意外! やば、楽しくなってきた!

「……どういう事だ?」

 ツァニスが感情を抑えた声で、執事長にそう問いかける。

 執事長は持ち上がりそうな頬をなんとか抑えつつ、眉根を寄せてツァニスの方を向いた。

「エリック様は病気になどなっておりません。怪我をしたので次回の訪問は見合わせる、とお伝えしたのですよ?」

「え、そんな……」

 私はわざと震えたような声で否定しようとする。

「嘘だと思うならアンドレウ邸へと連絡して確認してください」

 しねぇよ。嘘だって分かってっからな。

 一応、念のためサミュエルの方を見てみる。彼は私から視線を外して床をじっと見ていた。


 なるほど。自分達がついた嘘は、全て私に転嫁する気だな。

『そんな事は言っていません。そちらが嘘をついているのです』ってな。

 だから私へ情報を流す時は、わざと全てクロエを経由したんだ。彼女が嘘だと言っても『お前は奥様の味方だからそう言うよな』とする為に。

 邪魔な彼女も一緒に排除する気か。


「私からの報告を丁度良いと思い、周りに『エリック様が病気になったから見舞いに行く』と吹聴しましたね?」

 執事長が畳みかけてくる。

「丁度よい?」

 何の?

 私が本気で意味が分からず小首を傾げると、執事長はわざとらしくため息を大きくついて首を横に振った。

「全て私に言わせる気ですか」

 言ってみろ。聞きたい。是非。

「仕方ないですね……」

 いや、言いたいんだろ。


 執事長は一度言葉を切り、時間をたっぷり溜めてから、再度大きくため息をついた。

「エリック様の見舞いに行くと嘘を言い、獅子伯と密会しに行きましたね」


 ……。

 …………。

 ………………は?

 全然予想していなかった名前がここで出て来て、私は思わず言葉を失い、目を見開いてしまった。

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