第148話 無事に帰ってきた。

 馬車に縛り倒した犯人たちを放り込んで、襲撃場所で暫く時間を潰した。

 速攻で戻ったら、作戦失敗がバレちゃうかもしれないからね。

 あ、馬車の中に仕込んでおいた武器は全部撤去したよ。それを見たサミュエルに『よくこんなに……』と呆れられたけど。


 サミュエルには三頭立てだった馬車の馬を一頭渡して先に帰ってもらった。

 執事たちに嘘の報告をしてもらう為と、私が着替える為だ。

 さすがに男装のまま屋敷には帰れないし。かといってサミュエルの前でセレーネに戻るわけにはいかない。

 ……なんか面倒くせぇな。いっそサミュエルにはバラしちゃうか? どうしようかな。考えておこうっと。


「いや、本当に奥様ご自身だったとは」

 ゼノの護衛さんが、着替え終わった私を改めてマジマジと見て感嘆の声をもらす。

 何の話かと思ったら。舞踏会にゼノを連れて行った時の話だった。

 そういえば、あの時ゼノの護衛さんも一緒に行ったね。その時はセレーネの兄ですと自己紹介したし。

「なるほど。獅子伯のお眼鏡にかなった理由が分かります」

 彼は頬にできた痣をさすりながらそう漏らす。怯えた御者のフリをしている時にわざと殴られたのだろう。ちょっと痛々しい。

「はは。軍に欲しいと言われましたよ。光栄な事でした」

 ね。まさか獅子伯からそんな賛辞が聞けるなんてね。

「あ、いや、そういう意味では──」

 そこまで言って護衛さんは言葉を止める。言葉の続きを聞こうと彼の顔を見上げると

「……そうですね。その腕は軍に是非活用したいところです」

 彼は視線をあらぬ方向へと向けてそう結んだ。


 ……いえ。別に? 期待なんか、これっぽっちも、してませんけれども?


「さて、そろそろいいですかね」

 私は懐中時計を懐から取り出して時間を確認する。

 日も落ちたしちょうどいい。

 私は、あらかじめ持参していた外套を自分の身体に巻き付ける。

 さも『身体を隠しています』といった感じでだ。

「では、そろそろ帰りましょう」

 ゼノの護衛さんが、その言葉とともに手綱で合図して馬を走らせ始めた。当初三頭立てだったけど一頭をサミュエルに貸したので二頭で引っ張っている。ちょっと重そうだね。馬車の中に小汚いのが五人も載ってるしね。


 馬車に揺られながら黙っていると、馬を操り前を向いたままの護衛さんが口を開いた。

「しかし。まさかカラマンリス侯爵家の執事がこんな低俗な手に出るとは」

 横顔を見ると、少し眉根を寄せて険しい顔をしていた。

 ホントにね。

 カラマンリス侯爵家の執事たちは恐らく男爵や子爵出身の貴族たちの筈だ。

 教養があり、上品で落ち着いていて視野が広い──私はそう思ってた。最近までは。

 事実、直接絡む前まではそうだった。

 なのに、直接絡むようになった途端にコレだよ。

 一体なんなんだ全く。


 と、訳わからないとしたいけど。実は前から感じていた。

 あの人達は、『発言し行動する貴族夫人』が嫌いなのだ。それは多分大奥様の影響。

 私も一歩間違えればああなる。

 自分の信じる正義感を声高々に叫び他人に押し付ける。

 彼女は良い反面教師だ。ああならないようにと自戒できる。

 執事たちは新しい後妻に対して、昔ながらの貞淑でお淑やかで、まるで人形のように美しくその場に静かに佇む夫人を期待していたのだ。

 恐らくそれは──アティの実母がそうだったんだろうな。


 ツァニスとアティの実母は仲が良かったと聞いた。

 そのツァニスが選んだ新しい女だから、きっと同じタイプなのでは、そんな期待をしていたんだろうよ。

 そしたら来たのが私。面食らっただろうなァ。

 執事たちは、ツァニスの手前、ツァニスの立場を尊重して黙っていたのだろう。ツァニス自身も、当初は情報を与えない事で私の行動を制限していたし。


 しかし、時間が経つに連れてツァニスが私の行動を制限しなくなった。

 執事たちの目には、ツァニスが洗脳されたように見えただろうさ。……あながち、間違ってないかな?

 そして、あげく長く続いて来たカラマンリス侯爵家のやり方にまでクチバシを突っ込んでくるようになった。

 面白くなかっただろうねェ。


 私はあくまで対話したかったけど──そもそも執事たちは『発言する貴族夫人』──いや『発言する女』が嫌いなのだ。

 ツァニスを絡ませない状態で、そもそも私の話を聞く気が最初からなかった。

 帳簿の時だってそうだ。

 私は最初にまず説明した。

『もう少し人が効率的に余裕をもって働けるようにしたいから、まずは物事の基本であるお金の流れが見たい』と。

 でも彼らには『もう少し人が効率的に余裕をもって働けるようにしたいから』は聞こえておらず、『お金の流れが見たい』しか意識出来なかったんだろう。

 何度も口で説明をしようとしたし、書類にしてちゃんと目に見える形でも説明したのに。


 答えは全て『その必要はない』


 執事たちは、私には出来ないのだと最初からタカを括って、シャットアウトしてしまった。

 ……こんなにかたくななのだと、少しガッカリしたっけな。


 でも。

 実は気持ちは分かる。

「彼らは──守りたかったのでしょう。ツァニス様とアティ、カラマンリス侯爵家を。

 今までのやり方で」

 護衛さんの言葉に、そう答えた。


 ただ、私もかたくなだった。そう簡単には諦めない。しかも、勝手にアレコレ始めてしまった。

 そりゃ、段々上品な態度を崩していくわな。だって、何をしたって私には効かないんだもん。

 彼らの中では『こんなに大目に見てたのに、恩を仇で返しやがって』だったろうな。


 だから執事たちは、私を一番はずかしめられる方法を選んだ。

 恐らく凌辱されれば大人しくなるだろ、そう思って。命までは取らないし、それに比べたら安いもんだろ、とか思ってそうだな。


 ──馬鹿だな。

 私を同じ『カラマンリス侯爵家の人間』なのだと理解してれば、私のやる事の本質が見えた筈なのに。

 あのマギーやサミュエルが私に協力してくれる理由を、ちゃんと考えれば本質が見えた筈なのに。

 事実、メイド長はすぐに賛同してくれた。


「お許しに、なるのですか?」

 護衛さんが、少し驚いた顔をして私を横目で見る。

 私はその顔を、同じく横目で見て

「まさか。自分たちがやろうとした事のツケは、利子付きで払っていただきますよ」

 そう笑った。

 私の尊厳を踏みにじったお礼をしないとね。

 今度は膝を踏み抜くレベルじゃ済ませねぇぞ。


「いやはや本当に……何故軍に登用できないのか……」

 私の顔をゲンナリとした顔で見返した護衛さんが、そうボソリと呟いた。


 ***


 馬車がカラマンリス侯爵家の敷地内に入った。

 私は外套で改めて身体を覆い、フードも被って頭を下げた。

 顔を、見せないようにして。


 屋敷へと近づくと、ザワザワという騒がしい人の声が聞こえて来た。

「奥様!!!」

 悲鳴のような声。あれは──クロエだ。

 クロエがああしているという事は、サミュエルが無事ついて嘘の報告があがたってことだ。顔を伏せているから見えないけど、たぶんそういう事。

 馬車が止まると、御者台にクロエが上がって来た。

 身体を丸める私の肩にそっと縋り付いて来て

「ツァニス様はまだご帰宅されておりません。しかし屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎです。執事たちが玄関に勢ぞろいしております。首尾よくいっておりますよ。奥様お身体の具合は?」

 そう早口で囁いてきた。

「かすり傷一つありません」

 小さくそう答えると

「それはようございました」

 クロエは笑みを含んだ声でそう呟いたのち

「おいたわしい! 奥様がっ……!」

 そう仰々ぎょうぎょうしく叫んだ。……いやクロエ、ちょっとわざとらしくない?


 少し顔を上げて辺りの様子を伺うと、メイドたちが走り寄ってくるのが見えた。

 ちょっ……泣いてる子もいるんですけど!?

「奥様こちらへ」

「お湯を用意してあります」

「まずはお医者様の所へ」

「のちほど警ら隊が来るそうです」

「もう安心ですよ。大丈夫です」

 彼女たちは次々に私へと手を差し伸べてくる。御者台を降りると、メイドたちは私の身体を優しくさすりながら屋敷の方へと手を引いてくれた。

 待って。泣きそう。なにこの子たちなんでこんなに優しいの!?


 私を取り囲んで一緒に歩いてくれるメイドたち。私は下唇を嚙みしめて泣くのをこらえた。やめてそんなに優しくされたら私みんなに惚れちゃう。

 屋敷の玄関を通り抜ける時、そこに立っていた執事長の存在に気が付いた。

 私がふと視線を上げると──


 執事長ヤツは虫けらを見るかのような顔をして、私を見下ろしていた。

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