第147話 強盗と対峙した。(※暴力表現注意)

 私に馬乗りになる男が、私の震える腕の片方を掴んで地面へと縫い付ける。

 私は怯えて抵抗できない風を装った。両手を封じられたら面倒くさいからな。

 でも──


 分かっているとはいえ、実はやっぱり怖い。

 頭は酷く冷静なんだけど、実は馬乗りになられた後の腕の振るえは本物だ。自分よりはるかにデカく力の強い男に組み敷かれるのは恐怖以外の何物でもない。

 あの太い腕を振りぬかれたら、私の鼻は簡単に折れて、下手したら歯も折られかねない。

 ……正直過去、実は襲われた事がある。ベッサリオンに流れて来たよそ者が、遠乗りに出ていた私に襲い掛かった事が。お腹を空かせて座り込んでいたから、介抱しようとしたのが間違いだったな。

 なんとか顔は防御していたから鼻は折られなかったけど、思いっきり胸を蹴られて肋骨は折った。

 必死に抵抗して相手の腕の肉を食いちぎった所で、怯んだ相手の拘束から逃れて必死に走った。なんとか逃げ切れたのは本当に良かったけど。

 あの時の恐怖は忘れない。

 身体自体が、あの時の恐怖を忘れられない。

 まだ十二歳だった私が受けた心の傷は、あれから随分経った今でも癒えずに残ってる。


 私の身体をまさぐる男の手が、するりと股へと伸びてくる。

 たくしあげられたスカートの中へと手が入っていき──

「なんじゃこりゃッ!?」

 男が驚いてその手をビクリと引いた。

 ははっ! 触った? クロエが私のズボンの中に仕込んだ靴下を。


 その瞬間を、私は勿論見逃さなかった。

 右手の中に握り込んで隠していた布団針を、男の太ももに思いっきりブッ刺す。

「ぎゃあ!!」

 悲鳴をあげた男が腰を浮かせた瞬間を狙って、足を踏ん張って腰を跳ね上げる。

 バランスを崩した男が、脇に手をついて刺された足を上げた。私はすかさず横に転がって拘束から抜け出した。

 立ち上がる前に、四つん這いのまま退かした男の横っ面を蹴り飛ばす。

 男は変な声をあげて地面に転がった。


「やろう!!」

 後ろで私が襲われている姿を眺めていたハゲが、まだ立ち上がっていない私を蹴り飛ばそうと足を振り上げた。

 その貧弱な蹴りを避けると、私は遠慮なくそのまま男の軸足に足払いをかける。

「げふっ!」

 そいつも変の声をあげて後ろへと倒れ込んだ。

 その隙に足を振り上げ跳ね起きる。間髪入れずにヤツの喉に掌底しょうていを叩き込んだ。

「ッ……!」

 喉を潰してやった。ヤツは喉を抑えてその場でバタバタともがき苦しむ。

 大丈夫。死なないよ。すぐにはな。大人しくしていればなんとか呼吸できるレベルだし。私の力では喉仏を粉砕は出来ないしな。

 ま、一生喋れないかもしれないけど、自業自得だよね。


 私はゆらりと立ち上がった。

 驚いた顔をして私を見る残り三人。あ、いや最初に倒した大柄な男も立ち上がった。ま、あれぐらいじゃ大したダメージは受けないよね。

「お前っ……」

 大柄な男は、太ももに刺さった針を抜いて地面へと投げ捨てる。

「男だったのか!? どういう事だ!?」

 口を切ったであろう大柄な男が、口の中を満たす血を吐き捨ててつつそう叫んだ。

 私は顎をあげて、ヤツを見下した。

「情報が筒抜けだったって事だよ。お前らが来る事は知ってた。バカだな。真面目に働いていればよかったのに」

 こんな事をすれば当然捕まったらタダじゃすまない。私は仮にも侯爵夫人だし、ここはお前の地元じゃねぇぞ。恩情はないものと思え。

 ま、その前に私が完膚なきまでに叩き潰すけどな。


 しかし四人。時代劇じゃないから一人一人が順番に襲い掛かって来てくれるワケじゃない。獲物はナイフだから、周りを気にして振り回さない、という事もなさそうだ。

 ま、私を強姦しようとしてきた奴らだ。手加減する必要はないわな。


 私は腰の紐を解いて邪魔なスカートを外した。実はこれ巻きスカート。クロエがドレスを切って急遽こしらえてくれたもの。コルセットは巻いていない。ありがたい。これで自在に動ける。

 ついでに、腰に隠していた細身のナイフを抜き放った。

「ぶっ殺してやるッ……!」

 大柄な男が、地面に落としていたナイフを拾い上げて私へと突進してきた。

 単純な動き。素人か。

 私は半身を返して突き出されたナイフを避ける。ついでにヤツの手を切りつけた。腱は意図して避けてやったぞ。喜べ。

 そのまま身体を半回転させて男の突進を完全に避けると、後ろに控えていた男の眼前へと辿り着く。

「ひぁ!!」

 驚いた男が、手にしたナイフを横凪ぎに大振りしたのでしゃがんで避けた。

 そして下から掌底しょうていでヤツの顎を思いっきり打ち上げる。

 グラリと身体が後ろへヨロけた瞬間を狙い、打ち上げた腕を戻して思いっきり肘をヤツの鳩尾にめり込ませた。

「ぐふぅ……」

 喉から空気をもらし、身体をくの字に曲げて地面へと崩れていった。


「てめぇ!!」

 もう一人が腰の後ろに手を回したのが見えた。銃持ってんな!?

 ヤツが銃を抜いて私の方に向ける前に、私は横に大きく飛んで避ける。

 さすがに銃と正面から戦って勝てねぇわ!

 猛烈な破裂音がして耳がキーンとなった。しかし弾は私をかすりもしていない。

 しかし、そいつは仲間が倒された事で油断を捨てたのだろう。

 一発外しても冷静に、私の動きを追尾した。

 私がダッシュしてソイツに近寄る前に、銃口がピタリと私に合わされてしまった。

「なめやがって……」

 さすがにこの距離では外れない。

 私は突きつけられた銃口に動きを止めざるを得なかった。

 アレが発射されたら、私は死ぬ。おそらく助からない。


 銃と私がにらみ合っている間に、最初の大柄な男が私を後ろから羽交い絞めにしてきた。

「テメェ……ぶっ殺してやる」

 男は、私の首にぶっとい腕を絡ませて締め上げてくる。おそらく男はそのまま身体を後ろへ反らせたのだろう。首つり状態となって足が浮いた。

「グッ!!」

 私の喉から変な音が漏れる。しかしそのまま首つりにされてはかなわない。私はナイフを捨てて男の腕に両手をかけて自分の体重をなんとか支えた。

 でも、長時間はもたない。


「死体はバラバラにして埋めてやる。これであしがつかねぇ」

 私の耳元にそう囁く男。だから息がくせぇんだよっ!!

 私はなんとか身体を振ってみるがびくともしない。

 私は苦しい中なんとか目を開いて周りを見回した。


 二人は倒して地面で呻いてる。

 一人は私を吊り上げてるし、もう一人は私に銃を向けてゲラゲラ笑っていた。

 残りの一人は……あ。


「それは困ります」

 落ち着いた声が、男の笑い声の隙間に聞こえた。

 次の瞬間、銃を構えた男の身体が横へと吹き飛んだ。

 見えたよ。側頭部を思いっきり殴られたんだ。


「な!?」

 私を羽交い絞めにした男が驚きの声をあげた。

 その瞬間を私は見逃さない。

 私の首に回された腕の小指を両手でつかんで思いっきり捻じ曲げてやった。

「ぎゃあ!」

 たまらず私から手を放す男。身体が自由になったその瞬間を狙い、私はヤツの足の甲を思いっきり踏み抜く。

「ッ!!」

 声にならない悲鳴をあげて顔を下げる男。

 待ってましたその瞬間。

 私はクルリと半身をかえし、ヤツの下がった顔のど真ん中に膝を叩き込んでやった。


 ヤツの身体が後ろにグラリと揺れる。

 それを見送らず、私は顎と鳩尾に一撃ずつ入れた男が立ち上がる前に、そいつの顔を下から思いっきり蹴り上げた。

 よし、完了。


 四人が地面に転がりながらうめく。

 姿が見えないもう一人は、馬車の所ですでに気絶し、サミュエルに縛られている最中だった。

「助かりました、ありがとうございます」

 私は、銃を向けていた男を吹き飛ばした人に軽く頭を下げた。

「いえいえ。さすが、獅子伯に勝っただけはありますね」

 私が頭を下げた人は、地面に転がる男たちに縄をかけながら、私を見上げて優しく微笑んだ。


 彼は御者に扮していた、ゼノの護衛さん。

 全ての事情を話して、万が一の時の為に協力を依頼していた。

 襲ってきた奴らの油断を誘う為、怯えて何もできない御者を演じてもらったのだ。

 あの屋敷の中で、執事の息がかかっていなさそうな、信頼できる強い男性が彼しかいなかったから。もともと獅子伯の所に居て、ゼノの護衛を任されている彼であれば、協力してくれると思って全てを話した。

 私が男装している事も、全て。

 あー。危なかった。彼がいなかったらヤバかったね。顔面に穴が開くところだったよ。

 本当に、本当に助かった。彼の協力が得られて本当に良かった。


 さてと。最後の締めだね。

 私は、護衛さんが縛り上げる男にニッコリとした顔を寄せる。

「生きて地元に帰れると思うなよ」

 私が笑顔で放ったその言葉に、男は小さく悲鳴をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る