第145話 お見舞いへ行く事にした。

 お見舞いへの準備をちゃくちゃくと進めていると、ドアがさりげなくノックされた。

「サミュエルです」


 サミュエル? アティに何かあったのかな。またドリスなんかやらかしたか?

 そう思いつつ、私は自分の部屋のドアを開いた。

 その向うには物凄く険しい表情をしたサミュエルが立っていた。


 私が招き入れる前に、肩を押されて部屋の中へと押し込まれる。

 彼は後ろ──閉めた扉の向うを気にしながら、小さく口を開いた。

「本来こうして忠告しに来ている事を知られてはヤバイが」

 彼はそう前置きしてから、声を押し殺しながら呟く。

「行くな。これは罠だ」


 サミュエルが口から絞り出した情報に、私は目を見開いた。


 彼は、執事たちが企んでいる事の概要を話してくれた。

 エリックは病気ではなく怪我をしたけれど軽い捻挫である事、私が執事たちにお願いした連絡は行われていない事、そして、これにより執事たちが何をしようとしているのか、という事を。

 エリックは定期的にこのカラマンリス邸に来ていたが、先日調子こいて数段上の階段から飛び降り(何やってんのエリック……)足を捻挫してしまったから、次の訪問は見合わせる、という連絡を受けた事がキッカケだったそうだ。


 私はサミュエルの話の内容を聞きながら、怒りで拳を握り込んだ腕の振るえが止められなかった。

 あンのクソ野郎どもッ……! 私を舐めるのも大概にしろよッ!?

 後妻とはいえ、自分の主人の妻をなんだと思ってんだよ!


「ありがとうございますサミュエル。助かりました」

 私はサミュエルに丁寧に頭を下げてお礼を言った。

 誰かに見られる危険を冒してまで、こうして忠告しにきてくれたのは、本当にありがたかった。


 私は、彼がその情報をもたらしてくれる事に違和感を感じない。

 だって、彼はスパイだって知ってるから。執事側にもぐりこんでいる、ね。

 彼はもともと、執事教育をされてきた人間。アティが生まれなければ、そのまま執事になっていた人間だ。執事側に取り入るのに、こんなに容易な人間はいない。

 だから彼は、なのだ。スパイとしての。

 もし本当に執事たちの味方でこっちのスパイをしている筈であれば、彼は私からの協力要請に喜んで飛びついただろう。

 そうしなかったという事は、つまりそういう事。ま、二重三重のスパイである可能性はゼロじゃないけどさ。


「なんだかんだ理由をつけて、お前には護衛がつかない。俺を護衛代わりに連れて行けと言われるぞ」

 サミュエルが眉根を寄せて、そう悔し気に吐き捨てた。

 ああ、サミュエルも舐められてるねぇ。悔しかろう。

 執事たちの言い分は『強いと豪語してるんだから護衛はいらないよね? あ、サミュエルがいるじゃん! 最近サミュエルを鍛えてるんでしょ!? なら彼でいいじゃん!』って事だろ。

 よかねぇわ! サミュエルは護身術と、アティを守れる最低限の事を学んでるの! 私が最初にサミュエルに教えたのは、いざとなったら大声あげながらアティ抱えて逃げろって事だぞ!? 護身術の基本は逃げる事だ。相手を倒す事じゃない。

 ま、他の思惑もあるだろ。『サミュエルは執事コッチ側の人間だし、間違いなく事が行われた事を確認する証人にすればいい』とかって。


「今回はいくらお前でも無理だ。俺ではそもそも無理だし……」

 絞り出すような声のサミュエル。彼はちゃんと自分の身の丈を知ってるなぁ。護身術の意味をちゃんと理解してる。それは嬉しいわ。

 確かに、複数人に囲まれたらいくら私でも無理だ。万が一の事もありうる。

 どうするか……

 ──良い事思いついた。


「何か理由をつけて行くのをやめた方がいい……」

 本当に悔しそうな顔をしつつ、私にそう忠告してきてくれたが、私は笑顔で彼を見返した。

 そんな顔してると思ってなかったんだろう。ギョッとして一歩退くサミュエル。オイこら。ビビんなや。

「いえ、行きましょう。良い事を思いつきました」

「今の話聞いてたかッ!?」

 聞いてたよ。忍んでんだろ、大声出すな。耳痛っ。

「対抗策を立てます。罠に罠をしかけ返すんですよ。ふふっ……一網打尽にしてやらァ」

「語尾が崩れてるぞ」

 あ! いっけなーい☆

「サミュエルには後で内容を伝えますので、とりあえずすぐに執事たちの元へ戻って怪しまれないようにしてください。私は準備と根回しをしておきますから」

 自分の身を守る為でもあるからな。なりふり構っていられるか。

 私は、まだ事態が把握しきれていないサミュエルの身体をグイグイ押して、部屋から叩き出す。

 そして、部屋で一人になってから今までの事を振り返ってみた。


 ……恩情、とまではいかないけれど、執事たちが今までツァニスの力になり、カラマンリス邸を維持してきた事自体は評価していた。歴史深い侯爵家だ。国の情勢、貴族同士の軋轢あつれき、大小さまざま、内外問わず──大奥様に振り回されたりとか、過去大変だった事も沢山あった筈だ。

 なんとかしのいできた事は凄いと思う。

 でも、それとこれとは話が別じゃ。

 私は、私をないがしろにするヤツには容赦しない。

 特に、こんな低俗な事を画策するような奴らはな。

 これで遠慮なく罪悪感も感じる事なく、叩き潰させてもらうわ。


 泣いて屈服して足にすがってきたところの顔面を、渾身の力を込めたヒールでブチ抜いて潰してやるから覚悟しとけよ。


 ***


「それは楽しゅうございますね」

 クロエが、顔はめっちゃ朗らかで清楚な笑顔なのに、殺気を駄々洩れさせてそう笑う。

「カラマンリス家も堕ちたものですね。ここで膿を全て出してしまいましょう」

 マギーが絶対零度の無表情でそう吐き捨てた。

 なんで私のまわりにはこう、ドSな女性しかいないんだろう。……なんだ、今『類友』って言葉が脳裏に浮いたぞ? 違うもん。違うったら違うもん。


「しかし、今回はサミュエルが傍にいるのですよね?」

 色々なモノの準備をしつつ、マギーがそう眉根を寄せた。

 しかしクロエがコロコロとその言葉を笑顔で吹き飛ばす。

「少しわざとらしくしましょう。ああ楽しみです。奥様のお顔をアレコレできる日が来ようとは」

 ……クロエ? なんで、そんな、うっとりした顔してメイク道具を並べてるの?

「そうですね。……さ、セレーネ様。さっさと脱いでください。いちいち言わせないでいただけます? かれたんですか?」

「お手伝いしますよっ」

「待ってやめて自分で脱げる!!」

「遅い」

 あああああ待ってって言ったのにっ!!!

 上着をひん剥かれてコルセットを流れるように外され、ひとまずパンツ一枚の姿にされる。

「奥様、腹筋割れていらっしゃる。うふふ」

 クロエ、なんでそんな嬉しそうなの……?

「ほら、さっさと両腕上げてください」

 マギーの言葉に渋々万歳すると、今度はサラシで胸をギュウギュウに潰された。痛いって! ささやかだけど脂肪がちゃんとあるんだからねっ!!

「さ、次にこれをお履きになってください」

 そう言われてクロエから差し出されたもう1枚のパンツ。

 え? マジで?

「なんで?」

「ふふ。を仕込むからでございますわ」

 ええっ!? そこまでする!?

「ああ、そうですね。万が一組み敷かれた時に、それがあった方が相手が驚くでしょう」

 ……ああ、そういう事ね。なんか、微妙な気持ち……

「今回は厚着できませんね。でも万が一胸元をはだけさせられないようにしないと」

 マギーがベッドの上に広げられた洋服を見ながら思案している。

「服を破られないように皮製のものを選びます。ふふっ用意しておいてよかったですわ」

 ……クロエ? そのピッチピチの革パンと革製のシャツ、何? いつ何の為に用意したの? ねぇ、それ、何の用途??


 そんなこんなを二人からされている間に、あっという間に私はセルギオスの姿になった。

 ただ一点、いつもと違う事があるけど。

 いつもは革のジャケット等を着たり、革製の胸当てをつけていたりするけど、今回はかなりピッチピチ。かなり細身の男性の姿になった。


「さて。じゃあここからですよ」

 マギーが、すでに若干疲れ気味でベッドに座り込んでいる私を見下ろしてきた。

「ああ本当に楽しゅうございます」

 クロエがその隣に立ち、少し頬を染めて同じく私を見下ろして来た。


「あの……手加減してくださいね」

 若干怖くなってきてそうお願いしたが

「しませんよ。身を守る為です」

「奥様の為ですわ」

 二人の目が嗜虐しぎゃく的に輝いて、私のお願いを一蹴した。




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