第140話 起きて欲しくない事が起きた。

 執事たちが私への敵意を隠さなくなってきた。

 ついでに、メイドへの当たりも強くなってきた。


 メイドからメイド長や私へ、仕事がやりにくいと不満の声があがるようになってきたし。執事たちがさぁ、まるでドラマのしゅうとめのように、仕事に対してミスがないか、漏れがないかと目を光らせるようになったんだってさ。

 メイドたちに余計な負担かけてんじゃねぇよ、まったく。

 でも、私はメイドたちに我慢を強いるつもりは毛頭なく。執事たちから何か言われたら私から文句言うから、遠慮なく私に報告して来いと伝えた。

 ……しかしその数の多さといったら。執事たち、暇なんかな。


 私の部屋を埋め尽くしていた古い帳簿や資料たちは、不要なものは全て書庫へと戻した。ま、整理整頓もできて煤払すすばらいができたと思えば儲けもんだよね。

 部屋に残したのはめぼしい情報がある帳簿と資料だけ。そこから必要な情報をピックアップしてメモしていた時の事だった。


 クロエがをしに私の部屋へと訪れた。

 彼女からの報告書を手渡されたのでそれに目を落とす。クロエ、どうでもいいけど超字が綺麗。見習いたい……

「思った以上に成果をあげております。マギーの発案だとか。彼女もとても優秀でございますね」

 クロエがコロコロと笑いながら楽し気にそう報告してきてくれた。

「ホントですね。つくづく、この世の中は非常に勿体ない仕組みになっていると思います」

 人は何にも勝る財産なのに。何故活用する場所が少ないのだろうか。本当に勿体ない。

「そういえば、クロエもあの本読みました?」

 私は報告書を確認しつつクロエに問いかけてみた。

「ええ勿論。いの一番に読ませていただきました。とても面白かったです。早く続きが読みとうございます」

「ですよね。私もです。あの作家さん、女性だそうですよ」

「まぁ! そうなのですか?」

 ま、それを教えてくれたのは、実はこっそり裏で相談した時にこの本を紹介してくれた、アンドレウ夫人なのだけどね。

「もともとは歴史の研究者だそうです。色々あって研究者の道を諦めざるを得なかったそうですが。その知識を物語という形に昇華しょうかしたのでしょうね」

 こういう人、実は多いみたいなんだよね。

 前世の記憶の中に、一部残っているものがある。遠い記憶だから詳しい話は忘れたけど、確かその人は学会を後にした後、ウサギの絵本童話を作ってベストセラー作家になった筈。

 私は思わず笑う。

「もしかしたら、これをキッカケにして家人の中から作家が生まれるかもしれないですね」

 そうなったら面白いのにな。


「少し休憩を。そろそろエリック様もご到着の筈です」

 クロエの言葉にハッとした。そういえば今日はエリックが遊び──違った、修行しに来る日だったね。

 エリック久々~! エリックとキャッキャウフフしてストレス発散するぞ~!!

 今日は何を教えよっかな!? もう無意識に受け身が取れるようになってきたから、そろそろ護身術に手を出しちゃう!? 楽しみー!!!

 私は資料を革のフォルダに納めて閉じ椅子から立ち上がった。あー。身体がゴリゴリ。

「お着替えなさいます?」

 クロエはそう尋ねつつ、先にクローゼットをあけて服を物色し始めていた。さすが分かってる。

「じゃあ、いつもの格好で」

 つまり、動きやすいパンツスタイルって事。

 私はクロエが出してくれた服にサッサと着替えて部屋を出た。


 ***


 私は笑顔で、庭でワチャワチャと遊ぶエリックとアティたちを見る。

 なんて微笑ましい光景なんだろう。

 ……既に出来上がった楽し気な雰囲気に、混ざりにくい状況である事を除けばね。


 なんでこれから到着する筈のエリックが既に来てんだよ。

 クロエが背後で殺気放ちながら立ってるのがメッチャ怖いんだよ。

 おそらくだけど。クロエ自身もエリックの到着時刻について嘘つかれてたんだな。

 クロエ。落ち着いて。飛んでる鳥もその殺気で気絶して落ちて来そうだよ……


 ドリスが率先してエリックとアティと遊んでる。おいかけっこ的な事なのかな? なんか良く分からない。何か新しい遊びを作ったのかもしれないし。何か手に持ってそれをなんかしてる。ルール分からん。


 イリアスとゼノは木陰で将棋を打っていた。別荘で遊びに行って以来、イリアスは小さな携帯用の将棋盤を持ち歩くようになっていたからね。それでゼノに教えてるんだろう。イリアスに教えてもらえるなら、ゼノも将棋に強くなるぞ。

「セレーネ」

 イリアスが、私の存在に気づいたのか顔を上げた。ゼノは変わらず将棋盤を睨みつけてウンウン唸ってる。うん、いいよその集中力。頑張れゼノ。

「遅かったね。仕事そんなに忙しいの?」

 将棋盤の前にゼノを残したまま、イリアスが私の方へと近寄ってくる。

「そうですね。色々やっておりますから」

 笑顔で彼にそう返事をすると、イリアスの目がキラリと光った。

「カラマンリス邸は面白い事になってるね。僕、来るのが本当に楽しみで仕方がないんだ」

 ……何、その、輝かしく清々しい笑顔。

「思ったより早く、セレーネが手に入るかも……」

 そう、喉の奥でクククと笑うイリアス。なんか私の周り、悪役みたいなヤツが多いなぁ……

「だからごめんねセレーネ。僕は協力できないんだ」

 私の手を取り、その甲に唇を寄せるイリアス。コラ。乙女ゲームみたいな事はやめなさい。乙女ゲームの世界だけど。

「僕は僕で、アンドレウ公爵の協力を得てテオドラキス家の方に働きかけを始めたよ。待っててね。早めに状況を整えるから」

「……イリアス。前にも言ったと思いますが、そういう事は自分の為に行うのですよ」

 そうゲンナリとして苦言をていすると

「僕の為に決まってるじゃないか。セレーネと結婚するのが僕の夢なんだよ?」

 ……違う、そうじゃない。そういう意味じゃない……

「それもよろしいかもしれませんわね。宰相家ですよね? 手っ取り早く国から変えてしまうというのもアリかと思いますわ」

 クロエまで何言い出すの!?

「その時には是非私めも──」

「ああ、貴女も非常に優秀そうですよね。分かりました」

 分からないで。やめて。ここで裏取引みたいのしないで。


 イリアスとクロエの黒いやり取りに気を取られている間に──

「ルーカスいや!!」

 アティのそんな声が聞こえてきて振り返った。

 ルーカスとは、アティの護衛くんの名前だ。どうしたどうした?

 声の方を見ていると、アティが膝をついた護衛くん──ルーカスの腰に下げた剣の柄を掴んで引っ張っていた。

 ルーカスは困った顔をして剣を抑え、アティをなだめている。

「アティ様、これはダメです。危ないです」

 アティ、なんでルーカスの剣に興味を──あ! アレか!!

 よくよく見てみると、エリックが彼の護衛が持っていたであろう、鞘におさまったままの剣を振り回していた。危なっ!! いくら傍にエリックの護衛とドリスがいるからといって危なすぎるわ!!

「何しているのです!!」

 私は声を張り上げ、慌てて二人の方へと近寄って行った。

 私が近寄り切る前に──

「ルーカスばか! いじわる! だんしゃくけのくせにっ!!」

 アティがそんな事を口走った。


 ……なんだって? 今アティなんてった?

 困った顔でアワアワするルーカスを後ろに下がらせ、代わりに私がアティの前に膝をつく。

「アティ。ルーカスの剣は本物です。人を殺す事ができるものですよ。まだアティが持つには早いのです。ルーカスはイジワルでアティに貸さないのではないのですよ」

 私は横で、護衛の剣を持って浮かれていた──が、私の剣幕にビシリと固まっているエリックの方を向いた。

「エリック様もです。それは人を殺す道具。間違って鞘から抜けてアティに当たったら、アティは死にます。

 それに、剣を持つという事は、相手に『お前を殺す事ができる』と伝えている事になります。つまり、相手から反撃されて殺される事も覚悟しなければなりません。

 エリック様はその覚悟がおありですか?」

 そう伝えた瞬間、身体をビクリと震えさせたエリック。自分が手に持つ剣に恐る恐る視線を落とし、震える手でゆっくりと護衛に手渡した。

「誰がエリック様に持たせたか分かりませんが、責任はエリック様に許可した人間にありますよ」

 エリックには責任がない事は分かってる。だって剣を持ちたいよね。気持ちはわかるよ。だから悪いのは、渡した大人。

 あとでガッツリ詰めてやるわ。


「アティ」

 私は、目を大きく見開いてフルフルと震えるアティの顔を、真剣に真っすぐに見つめる。

「ルーカスはアティが剣を持つ事が危ないから止めてくれたのですよ。そこにアティやルーカスの肩書は関係ありません」

 私は彼女の顔をじっと見つめ、ゆっくりと説明する。

「ましてや、侯爵家や男爵家という爵位は役割の違いを表すものであり、相手を見下す為のものではありません」

 間違っても、相手をバカにする為のものではない。


 私はゆっくりと、アティ、そして後ろに立つルーカスを見てから、アティに視線を戻す。

「アティ、貴女が今言った事はルーカスを傷つけました。ルーカスに謝りなさい」

 真摯しんしな、そして厳しい目でアティを見据えた。

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