第137話 波乱だらけで面倒くさくなってきた。

 いや、別にそんなシーン目撃しても平気なんだけど。

 だからそのバツの悪そうな顔やめて。こっちがいたたまれない。


「セレーネ、遅かったな」

 ドリスから私の方へと振り返ったツァニスが、少し気まずそうな表情で私を見る。だからやめてその顔。

「ええ。せっかく久々馬に乗れたので、遠回りしてゼノと競争してきましたから」

 ホントはお前お抱えの執事に嘘の方角ほうがく教えられたんだけどな。別に構わないけど。

 ツァニス、執事の人事考え直した方が良い時期に来てるかもしんないよ。まだそんな事言わないけど。


 っていうか。マギーとサミュエルは流石さすが慣れてるって感じで表情はすぐに戻ったのに、アティの護衛くんだけ変わらずアワアワしてる。落ち着け。別に見られちゃマズイものじゃないってばっ。

「ゼノときょうそうしてきたの?」

 私に抱っこされたままのアティが、馬を降りて傍まで寄って来たゼノと私の顔を見比べる。

 そしてぷぅっとほっぺたを膨らませた。

 何その顔っ!? ちょっと何なの可愛すぎるよ!? 突っついてその頬っぺた風船割ってもいい!?

「ずるい」

 嫉妬!? ゼノに嫉妬してんのアティ!? やだもうちょっとヤメて鼻血吹くよ!?

「……アティ。そういう時は『ズルイ』じゃなくて『うらやましい』だよ……」

 奥歯を噛みしめつつ、顔が嬉しさでフニャけないように頑張りながら、私はアティにそう伝える。

「うしい。アティもやりたい」

 ちょっ……どこぞのエリックと同じ間違いしないでよっ……私の萌えツボ連打しないでッ……! アカン、腰砕けになるッ!! すでになり気味ッ!!!


「アティはまだ一人でお馬さんに乗れないから、もう少ししたら僕としよう」

 萌えの応酬おうしゅうで言葉が出ない私の代わりに、アティに応えてくれたのはゼノ。

 私の手からアティを受け取って地面におろし、そう言ってアティの頭を優しく撫でた。

「やだ。アティおかあさまときょうそうしたい。すぐ」

 そんなアティのワガママも

「じゃあ大きくなってから、僕とセレーネ様と三人はどうかな?」

 ゼノは笑顔でそうかわす。しかしアティも言いくるめられない。

「アティとおかあさま。すぐ」

 そんな無茶をっ! でもゼノは困ったように眉毛を下げただけ。

「じゃあ、アティは僕と乗ろう。僕とアティ、それでセレーネ様に勝つんだ。どう?」

 するとアティは輝くような笑顔になって、コクコクと首を縦に振った。

 もうダメ。立ってられない。やめて。コレ以上萌えツボ押さないで。身体の形が保てなくなるっ!


 ああ思い出す。

 セルギオスがまだ生きてた時の、妹たちの無茶ぶりに応える彼の姿を。身体が弱いセルギオスに、小さな妹たちはいっつも無茶言って困らせてたっけ。

 でもセルギオスはいつも優しくさとして、時にはそのワガママに付き合ってたなぁ。

 ゼノとアティもまるで兄妹きょうだいみたい。ヤバイ。今度は泣きそう。アカン、情緒不安定かよ。


「奥様……その、違うんです」

 萌えと感傷で震えてうつむいていた私に、申し訳ないといわんばかりの声をかけてくるドリス。

 え? 何が?

 ……。

 …………?

 ああ、さっきのヤツ? ごめん、忘れてた。今それどころじゃなかったから。

「別に構いませんよ」

 いやホント、そんな事どうだっていい。今の見た? ゼノとアティのやり取り見てた? もうとうと過ぎて動画で残しておきたかったッ……!

「ホントに、違うんです!」

 ドリスが顔を真っ赤にして首を横にブンブン振る。

 え? いや、だから別に構わないってば。何も勘違いしてないし。

「大丈夫ですよ」

 そう、優しい笑顔でドリスに返事をしたが、何故か彼女はシュンと肩を落としてしまった。

 なんでだよっ!?

 あー……なんか、冷めるわー。乙女ゲームの出来事って、第三者から見るとこう見えるんだー。なんか、それを楽し気にやっていた自分に冷めるわー。

 乙女ゲームって、その世界に没頭してないと楽しめないもんなんだなぁ。……知りたくなかった。


「さて。今お昼の準備していたんですよね? 皆さんで楽しみましょうね!」

 私が気を取り直して、パンッと手を打つとビクリとするドリス。だからなんでだよ!?

「申し訳……ありません」

 なんで謝るの!?

「別に、謝る必要はありませんよ?」

 もう、こっちが勘弁して欲しいわ。ドリスがさっきの出来事に固執してそれしか頭に今ないのかもしれないけど、私は、アティとゼノと、ピクニックを、楽しみたい。OK?

「良かった!」

 途端に、笑顔になるドリス。ええっ!? お前も私以上の情緒不安定かよっ!?

「じゃあお弁当広げましょうか! アティ様、また手伝ってもらえますか?」

 すっかり普段通りに戻ったドリスが、アティに向かって両腕を広げた。

「はい!」

 元気よく返事をするアティ。ゼノと手をしっかりと繋いで、またピクニックバスケットが広げられた場所へと戻って行った。


 まぁ取り敢えず場が収まって良かった。面倒くさかった……

 私も自分のお弁当の入った袋を持ってそちらへと近寄って行く。

 ずっと一人、アティの護衛くんだけが、変わらずアワアワとし続けていた。落ち着けって。


 ***


 料理長が腕によりをかけたお弁当を食べた後。

 マギーとアティは、花を使って花冠を作って遊んでいた。もう天使っ! ……片方は悪魔……魔王、魔女? ええと。うん。やめよう。うっかり口を滑らせたら何言われるか分からないから。


 私は本を読みつつマッタリと。サミュエルは自分の手帳を読みながら、アティへの新たなカリキュラムを考えているようだった。


 ゼノとツァニスが、護衛たちとドリスに見守られつつ、模造刀を振り回して剣の稽古をしていた。

 避暑地に行って以来、実はゼノとツァニスはこうして定期的に剣での稽古をしている。勿論、私も変わらずゼノに教えているけれど。

 ゼノは私に身体の使い方──いわば基礎を習い、ツァニスと打ち合う事で基礎を反復練習し身体に染み込ませている、といった感じ。

 ツァニスが相手できない時は、アティの護衛くんやゼノの護衛さんとやったりして。

 ゼノ自身努力を惜しまないから、少しずつだけど着実に強くなってる。間違いなく。


「あっ!」

 ゼノが持つ模造刀が弾き飛ばされた。

 剣を巻き取られたな。あれは仕方がない。でもそういう事もある事を知っていれば、そのうち対応できるようになる。次はそれを教えてもいいかもなぁ。

「ありがとうございました」

 ゼノがペコリとツァニスに頭を下げてから、飛んでった剣を拾いにいく。

 その時だった

「是非今度は私とお願いします!」


 そう声高々に宣言してツァニスの前に躍り出たのは、なんとドリス。

 腰には模造刀が下げられていた。いつの間に。

 へぇ。彼女も剣技が出来るんだ。そういえば、エリックが来た時に教えてたな。

 ほほう。これは面白い。

 私は手元に本を置いたまま、そちらの方の様子を伺う。さて。ツァニスはどんな反応をするかな?

 ツァニスはドリスの言葉に驚いていたが、チラリと私を見る。その後ドリスに視線を戻し

「いいだろう」

 そう頷いた。


「構わないのですか?」

 そう、私に小声で耳打ちしてきたのは、そばに座っていたサミュエルだった。

 何か意味深な視線を私に向けてくる。

 なので私も彼を見返した。

「なぜ?」

 何が『構わないのですか?』なの? 嫌がる要素があるとでも?

 ないわ。そんなもん。好きにすればいい。

 私が問い返すと、サミュエルは微妙な顔をして黙ってしまった。

 ちょっとイジワル過ぎたかな。

「ツァニス様が楽しければそれでいいんですよ」

 だってここはツァニスの家だし。こうして時には息抜きしないと、彼も息が詰まってしまうだろうからね。

 あ。

「なんなら後で私たちも稽古しますか?」

 更にそう言い募ってみたら

「遠慮します……」

 拒否られた。ま、ピクニックに来てまでボコボコにされたくはないか。


 そうこうしているウチに、ドリスとツァニスがそれぞれ模造刀を構えて距離を取っていた。

「いきます!!」

 先に仕掛けたのはドリスの方だった。

 剣を正眼の構えから切り掛かっていく。ツァニスもそれを正面から受けて弾いた。


 あまり、女性の剣士は見かけないから貴重なシーンだな。

 私も思わず注目してしまった。

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