第136話 ピクニックは波乱の幕開けだった。
私は舌を噛まないように気を付けつつ、横を走るゼノに声をかけてみた。
「ピクニックはいつ決まったのですか?」
クロエが知ったのは今朝だったらしいけど。
「今朝です。朝食の後に言われました」
馬に乗って超上機嫌になってるゼノが、ニコニコしながら答えてくれた。
ほら、ゼノは馬に乗るのこんなに楽しそうなのに。何で乗せないという選択をしたのか、理解に苦しむ。ゼノが乗馬上手い事を知らないのか、それとも万が一怪我をさせたら、獅子伯に申し訳ないからか。
でも、怪我をさせたくないからって、子供の行動の制限をしたのでは、いつまでたっても上手くならないじゃないか。完璧になってからってか? そんなんいつだよって話。
そして。
ピクニックが決まったのは今朝だと!? また凄い急だな。私かよ。
よく料理長が対応してくれたな。いや、彼は有能だからな。言えばやってはくれるだろうけど。前に私が急にお願いした時だって、完璧に対応してくれたし。
そういえば、今日の朝食は私も同席してたけど、食事の最中にはその話題が出なかったな。そもそもその場には流石にドリスはいなかったし。だから知らなかったんだけど。
凄いな。私がニコラと、今日の厩務員さんからの聞き取りについて、話しに行った間に伝えたのかな。油断ならねぇな。
「ツァニス様にはいつ声をかけたのでしょう?」
続けて私はゼノに問いかけてみる。ツァニスは仕事があるしな。急に声をかけても無理だろう。
「詳細には分かりかねますが」
その言葉はゼノではなく、ゼノの護衛さんから飛んだ。
「様子から
なるほど。根回しはしておいたんだな。で、子供たちにはサプライズってか? ま、上手いな。子供たちもそれで喜んだかもしれない。
サミュエルとマギーには伝えてあったのかな。いや、そっちは微妙だなぁ。
後で聞いてみようっと。
そうこうしているウチに、カラマンリス邸の車が道の脇に停車しているのが見えた。
運転手をしている執事の一人が、車に背を預けてタバコを吸っている。周りにツァニスやドリスの姿はなかった。
ははぁ。ここから道を逸れて行ったんだろ。車では入れないし、かといって車を放置してどっか行くワケに行かないから置いてきぼりくらったな。
っていうか。ドリスここまで考えて車を選択したのかな。それとも他の人間の指示か。どっちにしたって、ピクニック中の運転手の扱いまで考えていたとは思えないな。
だから車は(以下略
私は暇そうにしている運転手の横まで馬を乗りつけ、そのまま馬から降りずに彼を見下ろした。
「お待たせしました。皆さんはどちらに?」
私がとってつけたような笑顔を向けて確認すると、執事(兼運転手)の彼は首を巡らせてから
「あちらの方角です」
と、なだらかに下る丘と徒歩用の狭い道がある林道の方を指さした。
「ありがとうございます」
私は簡単にお礼を言うと、軽く辺りを見渡す。それから、執事が指さした方向へと馬を向けた。
後ろをついてきていたゼノとゼノの護衛さんも馬を止めた。
「奥様」
ゼノの護衛さんが私の背中に声をかけてくる。
「申し上げにくいのですが──」
彼が言いにくそうに、でもシッカリとした声で何かを言おうとしたので
「大丈夫ですよ。方向は分かっています。こちらではないですね」
そう笑顔で彼に振り返った。
ゼノの護衛さんは驚いた顔をしていた。ああ、気づいていないと思った? 大丈夫、私はそんなに甘くない。あの執事に直接抗議したり、彼が見える場所で方向転換すると角が立つからしなかっただけ。
執事め。私を舐めんなよ。道に残った
ま、執事がどうするかを見たかったから、分かっててわざと聞いたんだけど。
ホント、やる事がちゃっちぃなぁ。どうせその事を責めたって『ああ、途中で方向を変えたんですね』とか言うつもりだったんだろ。
ムカつくを通り越して、呆れる。やる事が幼稚すぎる。完全に私を舐めてるんだな。
ま、舐められたままで結構。その方がやり易い。
私は振り返って、車や執事の姿が見えなくなっている事を確認する。
「おそらく、あっちに行ったのでしょうね。少し迂回になりましたが、こちらから向かいましょう」
馬を本当の方向へと向けた時
「セレーネ様」
ゼノが私に声をかけてきた。
その声に振り返ると、心配そうに眉根を寄せたゼノの表情が飛び込んできた。
あ、しまった。
ゼノがいるのに、イジワルされている姿を見せてしまった。
気づかれないように自然と方向転換すればよかったな。余計な心配をさせてしまった。失敗。
にしてもだよ? そもそもこんな雑な事をしないで欲しい。やるならもっと本人にしか通じないような陰湿な感じにしろよな、まったく。マギーを見習え。
しかもあの
「ちょっとでも長く馬に乗れたと思えば儲けものですね!」
私はゼノに対して
これから、ゼノがいる場所でも気を付けなければ。彼に、
それでも、少し不安そうなゼノ。
なので
「あ。ちょうどいいから競争しましょうか? 思いっきり馬を走らせるのはいつぶりですか? 腕は鈍っていないですか?」
私が少し挑戦的にそう問いかけると、ゼノはビックリした顔をした。
私と、そして自分が乗る馬、それを交互に見てからキリッとする。
「もちろんです。やります」
いい顔。そうでなくっちゃ辺境伯の跡目は継げないぞ?
ゼノが身構えた事を確認してから、私は馬の腹を蹴る。
「行きますよ!!」
馬のいななきと私の声を合図にして、ゼノと競争を始めた。
***
どんな運命のいたずらか。
それとも。これが乙女ゲームの強制力というヤツか?
私の目の前で繰り広げられている状況に首を捻る事しかできなかった。
どうなったらこうなるんだろうか?
ツァニスとドリスが見つめ合ってる。
片膝をついたツァニスが、その腕にドリスを抱いている。
息がかかるほど寄せられた顔と顔。
止まる時間。
これがゲームだったらスチルになってるな、間違いなく。
私はそんな事をボンヤリ考えながら、その光景を馬の上から見下ろしていた。
どうしてこうなったのか見てたよ。
私とゼノ、そしてゼノの護衛さんが、アティたちがいる場所まで馬で来た時。
私に気づいたアティが、手にした空のカップをピクニックバスケットの上に落としたのだ。
運悪く、そこに準備途中だった皿があってその上に落ちて派手な音を立てた。
それによって馬が驚いて
それをツァニスが抱き留めたのだ。
どんなピ○ゴラス○ッチだよ。見事すぎだわ。凄いな。
「大丈夫か」
そう、優しく声をかけるツァニス。
それをドリスはうっとりとした顔で見上げていた。
「……はい、大丈夫です」
そう返答をして、手をとってもらって立ち上がるドリス。
……なんか背景にここぞって時のメロウなBGMでも流れてそう。
完全にそこだけ別世界が展開されている横を、アティが通り過ぎて私の方へと駆け寄って来た。
「おかあさま!」
アティが腕を伸ばして『だっこ』のポーズをしてきたので、馬から降りた私は遠慮なくアティを抱き上げる。頬ずりしてついでにデコの匂いをコッソリ嗅いだった。うーん。いい匂い。
アティのその声に、その場にいた人間たちが弾かれたように私の方を見た。
……なんだよ。そのこっそりエロ本読んでるところを見つかったみたいな顔は。
逆に私がここに居てはいけないような空気になって、私まで気まずくなってきてしまった。
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