第135話 ピクニックへ行くらしかった。

 またお前ドリスか。ホント最近よく見るな。


 私はアティを抱きあげたまま、ドリスの方へとゆっくりと歩いていく。

「こんな事はワガママでも何でもないですよ。むしろ私のワガママです。是非一緒に行きたいっていう」

 はははは。だから速攻で着替えて来たんじゃ。こっちもお前と同じく既にパンツスタイルじゃ。

「それに」

 私はチラリと横目で他のメンツを見た。

 マギーと、サミュエルと、アティとゼノの護衛たちと──あと、ツァニスを。ツァニス誘ったんだ。へー。へー。へー。

 あれ、ニコラがいない。ああそうか。ニコラには厩務員さんの聞き取りをお願いしているからね。ここ毎日ニコラは厩務員さんの所にいるからな。

 ……でも。声、かけなかったのかな? かけなかったんだろうな……ちっ。


「今日はいいのか?」

 目が合ったツァニスが、少し目をしばたいて私に問いかけてきたので、大仰おおぎょううなずいた。

「勿論」

 そう返答すると、ツァニスの顔が少しほころんだ。

 アティとゼノとのピクニックに、私が同席しないとか有り得んわ。絶対行きたい。


 私は、そろそろ準備万端になるであろう辺りを見回した。

 ふと、気になってドリスに確認する。

「馬の数が少なくないですか?」

 そこに用意された馬の数が……人数と合わない気がした。

 大人が六人に子供二人。なのに馬が三頭しかいない。

「ああそれは、車も使うからですよ」

 そう言ってドリスが指さした先に、確かに車が止まっていた。

 あ、てっきり掃除する為にここにあるんだと思ってた。乗ってくんだ。車に。──ピクニックなのに??

「私がアティ様を馬に乗せてお連れします。ツァニス様も久々馬に乗りたいとおっしゃるので。護衛様の一人も馬で、後は車での移動となります」

 え? どういう事? ドリスの言葉に私は納得できずに首を傾げた。

「ゼノを馬に乗せないのですか?」

 ゼノ乗馬上手いのに?

 私はチラリとゼノを見た。困ったように眉毛を下げて笑うゼノ。あー。うーん……そういえばゼノ自身は、もともとあんまり自己主張するタイプじゃなかったし。

「ゼノ様は八歳でいらっしゃるので、馬はまだ早いかと」

 だよね。普通、そうなるよね。普通八歳で一人で馬には乗れないもんね。普通はね。

「いえ、ゼノは乗馬が上手ですし馬が好きです。是非馬で行きましょう」

 確かに大きな馬は無理だよ? でもウチには獅子伯から送られたゼノ専用の体の小さな馬がいるじゃんか。

 そうじゃないなら、護衛と一緒に乗せればいい。

 それに、ピクニックって移動時間も楽しいじゃん。車で移動したら味気なくね?


「しかし準備が……」

 私からの提案に困った顔をするドリス。そうだよね。突然そんな予定変更を言い出されてもってことだよね。

 私はアティを地面におろし、ゼノに向かって膝をついて目の高さを合わせる。

「私もこれから馬の準備をして後からみんなを追いかけますが、ゼノはどうしますか?」

 勿論私は馬で行く。しかしいつも私が可愛がっている馬は今日はドリスが乗るようだから、別の馬をこれから準備しなければならない。

 ゼノは、私の顔を見てから、困り顔のドリスへと振り返る。そこから、護衛の方を向いてツァニスを見て──と、それぞれの大人の顔色をうかがうように視線を巡らせた。

「ゼノ」

 そんな彼に、私は再度声をかける。その声に再度私を見るゼノ。

「大人の顔色を伺う必要はないのです。貴方の好きにしていいのですよ。せっかくのピクニックですから、是非楽しくしましょう?」

 私がそうにっこり笑うと、ゼノもつられて顔を崩した。

「僕も馬がいい」

 そしてそうポツリと呟く。

 うん。素直で可愛い。


「じゃあ、そういう事なので、私とゼノは馬を準備して後から追いかけます」

 私が立ち上がって笑顔で振り返ると、ドリスもつられたのか笑顔になる。

「あ、でも──」

 何かに気づいたドリスが、馬に括りつけられたピクニックバスケットを見た。

 あ、お弁当的な事? それも問題ないよ。

「それも気にしなくて大丈夫ですよ。何とかしますから、貴女がたは先に行っててください」

 そう言って一歩下がると、そばにいたアティが不安げな視線で私を見上げてきた。

 なので再度膝をつき、今度はアティに視線を合わせる。

「アティ。私はゼノと後から追いかけますからね。アティが乗る馬はいつもの子なので安心ですし、乗り手が違うとまた違った感じがすると思います。是非楽しんでくださいね」

 落ち着いた声でそう伝えると、アティの顔から不安が消えた。もうっ! 可愛いんだからっ! 大丈夫よっ!! ツァニスも馬だしアティの護衛くんも馬だしねっ!


「それじゃあ、私たちは準備しに行きますから」

 アティをマギーに託して、私はゼノたちと厩舎の方へと体を向ける。

「ご一緒します」

 ゼノの護衛さんも一緒にこちらに来た。

「……マギーと私が車とは……」

 なんだか微妙な表情をしたサミュエルだったが

「同乗者が私では不満、と」

 マギーがそうサラリと吐いた毒に口を閉ざした。


「それでは、気を付けていってらっしゃいませ」

 私がそう手を振ると、マギーと手をつないでいたアティがブンブンと手を振り返してくれた。


 ***


 厩舎の所には、勿論ニコラと厩務員さんがいた。


 実は、クロエは私にピクニックの情報をもたらしたとほぼ同時に、弁当の手配・馬の手配、そしてニコラへの伝言も行っていた。クロエ有能過ぎてちょっと怖くなってきた。彼女、めっちゃ秘書向きじゃん。

 なので、てっきりニコラもピクニックへ行くのかと思っていたら。

 ニコラ──いや、その時はテセウスだったんだけど、テセウスからアッサリ断られた。

『ピクニックなんてつまんねぇよ』なんて口では言ってたけど、本心は『こっちの方が楽しいから』だとすぐに気づいた。

 なんかニコラとテセウスは、すっかり厩務員さんに懐いてしまった。厩務員さんも彼らを物凄く可愛がってくれているし。厩務員さんの聞き取り調査のハズが、テセウスから厩務員さんへの文字勉強会になっていた。


「だからぁ、ここの文字逆だって。……まぁ、読めなくはねぇけどさ」

 テセウスが悪態つきつつも、黒板で文字の練習をしている厩務員さんに丁寧に教えてる。

「そうか? うーん、難しいもんだなぁ」

 そう言いつつも厩務員さんの顔は、目が完全に見えなくなるぐらい目元をシワシワにして、完全にトロけさせっぱなし。

 もしかして、この二人とっても相性が良いのかも。思わぬ収穫だなぁ。


 勿論、二人だけの世界を展開しているのは、全ての準備が整っていたからだ。

 厩務員さん仕事早い……『年齢なんてただの数字』と言っていたイリアスの言葉が(あの場合はちょっと意味が違うだろうけど)、まざまざと理解できるね。

 一応念のため聞いてみたら。クロエからの連絡が来る前、ドリスがピクニックに行きたいから馬を出してくれって言いに来た時に、既に準備始めておいたんだってさ。

 大人全員が馬に乗るだろうと予想して。勿論ゼノのも。もし使わなければ、そのまま練習場を走らせてあげれば、馬のストレス解消にもなるしって。

 ホント、厩務員さんの有能さに誰も気づいていなかったってのが信じられないわ……


 私とゼノ、そしてゼノの護衛さんは、既に準備万端だった馬にまたがる。そしてその場に用意されていた私用のお弁当を持って出発した。

「調子乗って馬から落ちんなよ~!」

 とか、去り際にテセウスに言われたけど。誰に言っている! 落ちる時はどうしたって落ちるんだから無理だ!! でも分かった気を付ける!!! ありがとう!!!


 私は先行してまずはゆっくり、馬にストレッチをさせながら歩く。いつも乗ってる子じゃないから、まずは感覚を掴みたいし。

 後ろを見ると、ゼノも同じようにしていた。いや、ゼノはもうその子とツーカーじゃん。でも手を抜かないって良い事。更に良い乗り手になるね。

 私は馬が慣れてきてから徐々にリズムを上げて、速歩はやあしで走らせた。


 先行部隊からは、たぶんさほど離れてはいないと思う。だってアティ連れてるし。

 だから車と聞いて『は?』と思ったんだよね。まず速度が合わないし、車では道以外の場所を走るのに適していない。

 道なりのどこかを選ぶのか。それとももうアタリをつけてんのか。


 私は頭の中で色々な事を考えながら、付いてくるゼノの方にも気を配りつつ、前を向いて馬を走らせた。

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