第133話 協力を仰いだ。

「どうぞ」

 メイド長が返事をすると、開けられた扉の向うから現れたのはサミュエルだった。


「セレーネ様がこちらにいらっしゃるとお伺いしたので。アティ様の事で相談したい事があります」

 沢山の本を抱えたサミュエルが、固い表情でこちらの様子を覗き見てきた。


 いた。私に遠慮なく物が言えて、しかも、執事長が手出しできないヤツが。


 サミュエルは執事長の人事外。雇っているのはツァニス本人だから。

 やだ☆ 灯台もと暗し!


「ちょうどいいところに来ましたね、サミュエル」

 思わず私がニヤリと笑ってしまうと

「お邪魔でしたね。失礼しました」

 と言ってサッサと扉を締めようとする。

 させるかァ!!

 慌てて扉に足を挟んで閉めるのを阻止!! 私の足を挟んでしまった事に驚いたサミュエルがひるんだスキに、彼の肩口を掴んで部屋に引っ張り込んだ。

「なっ……何す──」

 思わず批難の声を上げようとした彼の口をサッと塞ぐ。

 驚いた彼にそっと顔を寄せて声を落とした。

「内密の話があります。大声を出さないで」

 そう言われたサミュエルは目を白黒させている。口を塞いでいた私の手を無理矢理退けると

「何なんだ突然!?」

 サミュエルが顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「奥様……」

 その声に振り返ると、メイド長が呆れた顔をして椅子に座ったまま私を見上げていた。

 やだ! 見られちゃった☆

 私はサミュエルから離れ、元の椅子の位置に戻る。そして扉の前に立ったサミュエルを手招きした。

「サミュエルに折り入って相談があるのです」

 改めて超真面目くさった顔でサミュエルを見上げると、彼はふとあらぬ方向に視線を泳がす。一瞬間が開いたあと、ゴホンと一つ咳払いをして

「なんでしょうか」

 真面目な顔に戻って、私とメイド長のそばまで歩き寄って来た。


 私は、今からやろうとしている事の概要をサミュエルに説明する。

 途中途中で、メイド長も自身の意見を挟み込んできてくれた。

 サミュエルは黙ったまま、真剣な眼差しで私たちの話に耳を傾けてくれる。

 その時間は、酷く長くて濃密な時間だったように感じた。


 一通り説明し終わったあと。

 サミュエルは口元を抑えて視線を落とし、ずっと何かを考えていた。

 暫くの沈黙の後、サミュエルがおもむろに口を開く。


「ご協力は出来ません」


 彼の返答は、意外なものだった。

「なんで!?」

 私は予想外の答えに思わず腰を浮かしてしまった。

 サミュエルはそんな私の慌てた表情に少し嬉しそうに顔を崩す。コラ。なんでここで喜ぶ。

 私がちょっとイラッとしたのに気づいたのか、サミュエルは一瞬顔を手で覆ってから、またゴホンとワザとらしい咳払い。

 そして改めて私とメイド長の顔を交互に見た。

「申し訳ないのですが、のですよ」

 彼の言葉は、なんだか妙に『出来ない』の部分に力を入れたように聞こえた。

 眉間に皺を寄せて苦い顔になるメイド長。

「むしろ、執事たちの邪魔が入らない立場であるサミュエル様でないと、あの執事たちの圧力からは逃れられないのですよ」

 なんとか彼を説得しようと言い募った。

 しかし、サミュエルは首を横に振るだけ。

「無理なのです。のです」

 あ、また『出来ない』にアクセント置いて言ったな。

 ──そうか。


「分かりました、残念です」

「奥様!?」

 私がアッサリ引き下がった事に、今度はメイド長が驚いて腰を浮かせた。

「いいのですか!? 彼ほどの適任はおりませんよ!?」

 そうだね。確かに。サミュエルはだよね。

「そうですね。本当に」

「じゃあ何故!?」

 意味が分からないと仰け反るメイド長。……リアクション派手だな、意外に。

 彼女は説明を求める視線を私に向けてきたが。

 私はサミュエルをチラリと一瞥する。彼の何か言いたげな視線とぶつかった。

「……今は言えません。

 期待外れの私の答えに、メイド長は少しイラっとした顔をする。そんな顔しないでよォ。汲んで! 私の言葉の意味を汲んで!? は、理由を言えないんだってば。

 なんだって。


 私とサミュエルの顔を交互に見たメイド長。

 私とサミュエルが小さく頷いた事を見て、浮かせた腰を椅子へと落ち着けた。

「……残念ですね。それでは、どうしましょうか」

 彼女は頭が痛いと言わんばかりに額に手を置く。こころなしか、この数秒でちょっとやつれた?

 はぁ~~~と、メイド長は盛大な溜息をもらした。ま、確かに困ったよね。どうしよう。

 そんな私たちに、サミュエルは笑顔を向けてくる。

 え、何。サミュエルのそういう笑顔久々見たけど、彼の本性を知ってるとちょっと気持ち悪い。

「何をおっしゃっている事やら。私より適任がいるではないですか」

 乙女ゲームとか少女漫画だったら、背中だか背景だか空間だかに、花かキラキラ背負ってそうな笑顔だな、オイ。

「難攻不落過ぎて、最初から協力を諦めている人物が、一人いらっしゃいますよね?」

 サミュエルが言う人物に気づけない私たちに、サミュエルはヒントを出し続ける。

 もう、そんな風に言うぐらいなら答え言っちゃえよ。


「あ」

 メイド長が何か気づいた顔をした。え。何。誰?

「そうでしたね。そういえば一人いました」

 なんで? 誰? 私察しが悪いのかな。


 難攻不落すぎて、最初から協力を諦めてる人? 一人いるけど、でも彼女は──あ。

 そうか。


「そうですね。彼女ほど適任はいませんでした」

 私もやっとその人に思い至り、メイド長とサミュエルと一緒に、まるで同じ事を企む悪代官と商人たちのように笑い合った。


 ***


「嫌ですよ。私はアティ様の為以外には貴女に協力しないと、何度、口を、酸っぱくして、言えば、理解するのですか? 貴女の耳は節穴ですか?」

 節穴って、普通目に使わない? まぁいいけどさ。


 私からの懇願を、速攻で却下したのはマギー。

 そう、忘れてたよ彼女を。サミュエルの言う通り、難攻不落過ぎて最初っから避けて通ってたわ、この道。


 昼食後の時間。アティの食事の介助が終わったマギーが、アティのお昼寝の準備をしに部屋に行こうとしていたところを、とっ捕まえて人がいない部屋へと引きずり込んだ。

 そしてお願いして速攻で断られたところ。うん。知ってた。断るだろうって事。分かってたから最初からお願いしてなかったんだよ。

 私がやろうとしている事を勿論彼女は知ってて、『余計な事』と一刀両断したんだもん。そんな人に協力が期待できるワケがねぇ。

 でも、もう彼女しかいない。


「お願い。マギー以上の適任はいないの」

「嫌です」

 一秒ぐらい考えて。

「そんな事言わずに」

「無理です」

 ちょっと被せ気味かよ。

「これもア──」

「名前出しても無駄ですよ。嫌です」

 無駄じゃないから言わせてくれないんでしょう!? 知ってるよ!!

「アティの為だから!」

 遮られない程の超高速で言い切ってやった!!

 すると、やっぱりマギーは苦虫を千匹ぐらい噛み潰したかのような顔をした。効果は抜群だァ!!

「ウソ言わないでください」

「嘘じゃないよ!?」

「そんな事のどこがアティ様の為になるのです」

「色々な事が上手くまわるようになれば、ツァニスがアティと接せられる時間が増えるじゃない!」

 私の必死の言葉に、彼女の目の端がピクリと動いた。

「ツァニスは確かに、つい最近まであまり良い父親じゃなかったけど、それでもアティはずっと大好きで居続けた。アティのそんな健気な気持ちに応えてあげたくない!?」

 更に言い募ると、マギーの鉄仮面にヒビが入る。

 彼女は眉根を寄せつつ私から視線を外した。アティの顔を思い浮かべてるだろ! 知ってるぞ! マギーはアティが大好き!! 私と一緒!!!


「……何故私なのです」

 マギーは、視線を横に外したまま、とても小さな声でそう絞り出す。

「私も一介の子守でしかないのですよ」

 悔し気なそんな声。彼女自身も、自分の出来る事の範囲の狭さを痛感してるんだよね。分かってる。だからアティに注力するって事も。マギーには、それしか許されていないから。

「覚えていますか? 貴女を雇ったのが誰だったのか」

 私が静かにそう問いかけると、マギーはふと私の顔を見る。少し不思議そうな顔をしていた。

 何故知ってる事を尋ねる? そんな顔だった。


 私は、会心の笑みを顔に浮かべた。

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