第132話 下手な手を使われ始めた。
なんだとどういう事だ!?
私が着替えの手を止めてクロエの顔を見ると、彼女も困った顔をして私を見返してきた。
「それだけではなく、そもそも昨夜から、メイドたちに奥様をお起こしになってはならないと厳命が下されたそうなのです」
……そういう事か!
膨大な資料を押し付ければ、私はなんとかしようとするだろうと読み、その上寝坊するだろうと踏んでわざと起こさないように厳命するとかって!
排除する気満々だなオイ!?
しかも!? そもそも食事のセッティングまでさせないとかって!? とんだ存在否定のやり方だな!! やり方がジメってんぞ!? 陰湿だぞ!! 舐めてんのか?!
もし私が寝坊しなかったら、『摂らないとお伺いしておりましたので』とか適当な事ぶっこくつもりだったんか?
で、私がキレれば私の評価が下がるだろうって?
キレねぇよそんなあからさまな挑発に。
むしろ、そんなあからさまな事して、自分たちの評価が下がると思わないのかな?
思わないからするんだろうけど。その超ご都合主義の思考やべぇな?
着替えが終わり、最後私の髪を
「私がいないばかりに……申し訳ありません」
手を止めずに、そうポツリとこぼした。
「気にしないで下さい。これぐらいではダメージ喰らいませんから」
私は笑ってその暗い空気を吹き飛ばす。
ははははは。最初の結婚の時の針のムシロっぷりに比べたら『アラお上品ねフフフっ』ってレベルだわ。
「それに、クロエへの用事もおそらく私への対応の一環でしょう。相手の要求は無視しないようにしてください。私の立場は揺るぎませんが、貴女は気を付けなければなりませんから」
執事たちでは、私を退かす事はできない。そんな権限はないからな。
しかしクロエは違う。クロエの雇用の管轄は本来はメイド長だけど、執事長がゴリ押しする事ができてしまう。
身支度が終わり、私はクルリと身を
そして後ろに立っていたクロエを真っすぐに見た。
「貴女は自分の身を守る事を最優先にしてください。そうすれば、私は前だけを見て相手を強襲──違った、ええと、色々やる事ができますから」
クロエを守りながらでは上手く戦えない。
できれば、彼女は彼女自身で可能な範囲で身を守って欲しい。彼女ではどうしようもない事については、私が何とかするから。
「何か無理強いをされた時には、何らかの方法でその内容を私に伝えていただければ、私は自身で対抗する
例えばさ。クロエが起こしに来ないと分かっていたら、無理してまで夜更かししないし。目覚まし時計もかけるよ。……持ってないから買ってもらわないといけないけど。
私が力強くそう伝えると、クロエが一瞬目を見開いた。
そしてパチンと両手を合わせてニッコリとほほ笑む。
「良い事を考えました。でしたら、こんな方法はいかがでしょう?」
そして続いて提案された内容に、私も思わず笑ってしまった。
さぁて。面白くなってきたぞ。
そのうち吠え
***
午前中のお茶の時間に呼ばれなかった。
ちょうどその時間に、執事たちはクロエを含んだメイドたちにつまんねぇ用事を言いつけ、私に連絡しないようにしていた。
しかし当然読んでたので、自分の足で談話室へと足を運んだったわ。
しかし、そこには誰もいなかった。
クッソ! 執事たちの方が一枚上手だったか!!
庭を見ると、バラ園の東屋の方で執事たちがメイドを従えて、ツァニスやアティ、ゼノに給仕しているのが見えた。
やるなクソッ。上手いわ。そこまで読めなかった。参考になるわ。
ただ一つ気になったのは──
その場に、あの元洗濯婦のドリスが同席していた事か。
やはりメイド服は着ておらず、木綿のワンピースを着ていた。それに、給仕もしていない。つまり、彼女はメイドとしてあの場にいるわけじゃないって事だ。
……これはどういう事だろう?
彼女の意志ではないはずだ。当然勝手にそんな事をする事は許されていない筈。許可されていたとしたら、メイドたちは
と、いう事は。
あの場にあの恰好をして、本来の仕事をしない事を許可した人間がいる。
ツァニスがするとは思えない。そして私もしていない。
という事は──執事たちしかいねぇわな。
なんでだろう? なんでそんな事をする?
私を
まさか──
私は二階の窓から見下ろす。
誰も私には気づかない。楽し気に談笑しお茶を飲んでいた。
お? ニコラに教えながら給仕していたサミュエルが気づいたぞ? ちょうど視線を上げた時だったんだな。その後彼が何かを言ったのか、その場にいた誰しもがこちらを振り返った。
私はニッコリとして手を優雅に振る。
するとアティが、手が肩からモゲるぞというほど振り返して来てくれた。
もうっ! 可愛いんだからっ!!
ゼノも恥ずかしそうにしながらも、小さく手を振ってくる。
こっちもこっちで可愛いなっ!! 何そのはにかんだ笑顔っ! メロメロだぞ!
ニコラは一瞬手を振ろうとして──あ、口をひん曲げてやめてプイッと横を向いてしまったぞ。アレはニコラじゃなくてテセウスなのか。くぅ。またゼノと違った可愛さじゃないかっ!!
もう私は色んな可愛さを堪能できて胸いっぱいだよっ!!!
それと同時に、メイドたちの微妙な表情も目に入った。
……後で、この事を私が気にしていないと、メイド長から伝えてもらおうっと。こんな事で八つ当たりするようなタイプじゃねぇわ。相談のついでだし。ちょうどいい。
あのメイドたちの表情……最初の結婚先──メルクーリの屋敷でよく見たな。
あの時の経験がなかったら、私は無駄に傷ついていたかもしれない。
メイドたちのあの表情は、権力に怯えているのと同時に、私を
やっぱり。
自分の中に確固たる自分への評価がないと、
他人からの評価で自分を支えようとすると、こういう時に負けそうになる。
私は負けんぞ。
私の価値は、これぐらいでは落ちない。
私が私を評価しているからな。
私は私を
……よし、自分励ましはこんぐらいでいいかな。
私は窓辺からスルリと身を
***
「……それは、どういうおつもりでしょうか?」
私の提案に、メイド長が
私は、他意はないのだと示す為に、少し大げさに笑って見せる。
「メイドたちの識字率を知りたいのです。あと、受けた教育のレベルと個人が本来持ってる資質の確認の為です」
最初の面接の時に、文字が読めるかどうかなどを簡単にチェックはされるだろうけれど、私はそれを知らない。彼女たちの紹介状等を読めば書いてあるかもしれないけど、高く評価されようと嘘が書かれている可能性もあるしな。
しかも、文字が書けたとしても、その子がどのレベルの頭脳を持っているかも分からない。逆に文字が書けないとしたって、本人が賢くないという事にはならない。
「それによってメイドたちをランク付けする気はありません」
個人の資質は画一的なランクではかれるものじゃないしね。
「文字が読めるにこした事はないので、もし読めない子がいたら学ぶ場を提供したいのです。その場の規模を考える為に、まず現状を知りたい」
家人たちの基礎能力向上の為。いわばベースアップ。
ベースが上がれば手間というコスト削減に繋がる。本人の資質を確認する事で、適材適所の仕事につかせる事ができる。
「あともう一つ。こういった事を相談するにも、私と貴女だけでは足りない。もう少し意見を出せる人が欲しい」
三人寄れば文殊の知恵と言うじゃん。せめてあともう一人欲しい。
でも、できればYESマンじゃない方がいい。
私が欲しいのは同意ではない。『それは効率が良くない』『もっとこういう方法がある』という意見が出せる人だ。
私の言葉を受けて、メイド長が難しい顔をして黙りこくってしまった。
色々考えてくれている顔だ。
彼女が味方で良かった。いや、正確に言うと私の味方なのではないな。彼女は他のメイドたちの味方なのだ。そして、私がやろうとしている事に今は賛同してくれているだけ。
全ては『余計な手間を減らして仕事を効率よくこなす為』だから。
「正直、メイドたちでは荷が重いかと」
やっぱそうか……人事権はメイド長にあっても、執事長がゴリ押せるってだけで、参加したくなくなるよなぁ。立場が悪くなる事は当然避けたい筈。死活問題だかな。
はぁ……どうしたもんか。
少し煮詰まってしまった時だった。
コンコンコン
メイド長と話し合っていた彼女の部屋が扉が、少し遠慮気味にノックされた。
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