第131話 悩ましい事ばかりだった。
不完全燃焼。
子供とのキャッキャウフフは私のストレス発散だったのに。
全然キャッキャウフフさせてもらえなかったわクッソ。
部屋の片づけと書類のチェックに忙殺されていたら、今度は夕食の時間に遅れた。
いつもだとクロエが呼びに来てくれるんだけど、何か用事を言いつけられたとかでクロエは外出していなかった。
慌てて遅れて行ったら、アティ・ゼノとツァニスの食事はもう終わっていた。
マギーから散々「時間に遅れるのは相手に失礼なんですよ」と説教食らいましたハイすみません……
ニコラは私と一緒に食事を摂る。簡単な作法を教える為だ。昼はサミュエルが教えてるけど。
いつもだとアティたちと一緒に食べられるニコラは、私に合わせてお預けを食らっており、ニコラにも可哀そうな事をしてしまったよ……はぁ。
アティとゼノの食事後は、お風呂に入る前までのフリータイムがあるのだけど、今日はその時間私自身が食事をしていたので遊ぶことはできなかった。
私の食事が終わった頃には、二人はお風呂タイムであり、それが終わったらお休みタイムになる。
今日はマギーが寝かしつけの番だから、結局アティ・ゼノと殆ど話す事なく一日を終える事となった。
欲求不満で爆発しそうっ……!
こんな日は初めてだよ!? 一日の中で全然アティやゼノと触れ合えなかったなんて!! エネルギーが枯渇するっていうより、なんか逆で、発散できなかったマグマのようなエネルギーが腹の中に溜まって爆発しそうになったよ!!
悔しかったから筋トレに励んだよ! いつもより多めにな!! ちきしょうっ……!!!
寝る前。
資料の山となった自分の部屋の机の前で、私はニコラが厩務員さんに聞き取りをしてきてくれたリストを、整理して清書していた。
そのリストを見ながら私は感嘆の溜息をもらす。やっぱり厩務員さんは凄い人だった。
文字が書けないし読めないから、彼は仕事で必要な情報の殆どを記憶だけで処理していた。あの年でカクシャクとしてるなぁとは思ったけど、まさかここまでとは。
なんせ馬ごとに全て飼料の配合が違うんだよ。
体重計も読めないのに、針の位置で覚えて長年の経験で体重を知り、基礎値を出してそこに、体質、体調、性別、年齢、季節、ありとあらゆる事を加味する。その為に、独自の計算方法を編み出して。考えただけで気が遠くなるわ。
でも、文字として残せないのでそれを外部の人間は知る事がなかった。
あの厩舎にある黒板の記号。あれは彼が苦肉の策で生み出した『彼にとっての文字』だったんだ。
どうやら、ニコラはその記号について厩務員さんに確認してくれたようで、記号の意味を一部メモしてくれていた。それを少し読解しただけでも、厩務員さんの凄さを改めて思い知った。
たぶん、ちゃんと時間をとって腰を据えて勉強すれば、彼は文字や計算など簡単に覚えられただろう。でも、その時間が取れなかったし、誰も彼にそうしてあげようと思わなかった。彼自身の無知に対する恥ずかしさも、もしかしたらあったのかもしれないな。
──勿体ない。
ある日獅子伯が私の言葉を聞いて、そう漏らした時の気持ちをまざまざ理解した。
こんな凄い人物を、ずっとただ馬の世話だけさせていたなんて。
いや、勿論馬の世話は一筋縄ではいかないよ。繊細な生き物だからね。
でもそれを差し引いても──勿体ないと思った。
そして、それをいち早く見抜いてヘッドハンティングした先々代。彼もきっと凄い人だったのだろう。どうして厩務員さんに文字を教えなかったのかな。何か理由があったのかな。一度話してみたかった。
清書が終わり、書類をフォルダに挟む。
そして後ろを振り返った。
山のように積まれた過去の帳簿と膨大な資料の山。
思わずゲンナリとしてしまった。
誰が百年前の資料まで欲しいっつったよっ……! ここ五年分でいいっつったろうがッ!!!
しかも。百年前の出納帳とかって……何このデカさ!? こんな場所だと開く事すらできねぇわクソがッ!!! でも丁寧に製本されてる……さすがカラマンリス侯爵家。
あー。さっそく嫌になってきた。
終わりが見えねぇっ……
やっぱり余計な事だったのかな……こんな事しててアティたちと一緒に居れないなんて、本末転倒じゃんか。
余計な事にまで首を突っ込むな、か。マギーの言葉が痛い……
こんなところでメゲてたまるかぁ!!
執事たちの嫌がらせに膝を屈するってか!? NOだNO!! 絶対NOだ!!!
奴らの思うツボにそのまま誰がハマってやるかコンチキショウ!!
まずは整理だ! 百年前の帳簿なんていらん!! 全部外に出してやらァ!!! そのためには全部中身を確認しないとだけどね☆ ぐぅっ……
いや、物事の整理ってこういう事だし。
いるいらないをするには、まず情報の棚卸から必要だし。
そう、これは必要な事。ここでやっておけば後が楽になるんだから!
全部片づけて、執事たちに靴の裏の方がマシだったと思うような辛酸舐めさせてやらァ。
そう思うと楽しくなってきたァ……
「うっし!!」
私は両頬をパァンと叩いて気合を入れた。
やっていけばいずれ終わる。途方に暮れてる時間はない。
そして、手始めにそばにあった資料から開いていった。
***
「セレーネ様!!」
「ッ!?」
扉をガンガン叩く音と、私を呼ぶ声で目が覚めた。
慌てて飛び起きると、そこはベッドではなく机の前だった。どうやら資料整理の途中で、そのまま机に突っ伏して眠りこけてしまってたみたい。
っていうか首がっ……痛いっ……寝違えたっ!!
痛む首を抑えながら部屋の扉を開けると、そこにいたのはクロエだった。
「ああ良かった生きてた!」
え、どういう事?
「朝食の時間が終わっても気配すらないと聞いたので心配しておりました! ああ本当に良かった……」
生きてるよ──って?! そうかしまった!! また遅れたんだ!! 今度こそはと思ってたけど、つい集中してしまって……やらかした!!
「奥様申し訳ありません。昨夜から外出しており、私は今朝戻って来たので……まさか、こんな事になっていたなんて……」
え? こんな事ってどんな事?
「本当に申し訳ありま……首、どうなされたんですか? 顔にも跡がついておりますが……」
「机の上で寝ちゃった」
「奥様……」
クロエの呆れた顔。うう、首以上に胸が痛い。
「ところで、こんな事ってどんな事ですか?」
朝食遅れただけで、なんかヤバい事になっちゃった?
「それは追って説明致します。まずは身支度を」
私の肩をグイグイ押して、部屋の中に押し込んでくるクロエ。彼女は、部屋の中を見て少し驚いた顔をしていた。
「……少しスッキリなされました?」
「ええ。必要なものと不要なものを選別して、不要なものは廊下に出しましたから。まぁ、まだごく一部ですけど」
「……まさかお一人で?」
「夜中にやりましたから」
「……」
クロエ、どうした。何、笑顔で固まってるよ怖いよ。
「大丈夫?」
「あ、失礼しました。脳内で少し色々な事を想像しておりましたので」
「……ちなみにどんな想像?」
「あまりに残酷すぎて私の口からはちょっと」
何それ怖い。
「それより、何? 何があったの」
普段は一人で身支度するんだけど、今日はちょっと急いでいたので介助してもらう。
「それが……あまり、嬉しくない状況になっておりまして」
口は動かしつつも、私の着替えの手伝いの手際は良いクロエ。さすが。
「私が帰宅したのはちょうど旦那様がたが朝食が終わった頃でございました」
私が脱ぎ散らかした服を畳みつつ、彼女がポツポツと語る。
「テーブルに奥様のお食事のセッティングがなかったので、てっきり私は奥様は先にお食事をなされた後だと思ったのです」
え?
「しかし、奥様はどこかとメイドに確認してみたら、知らない、と申しまして」
は?
「よくよく話を聞いてみたら、そもそも奥様のお食事のセッティングすら今日はしなかったと聞きました」
ええっ!? どういう事!?
「さらに問い詰めてみたら」
そのメイドさん可哀そうに。
「執事たちからの命令で、今日は奥様は朝食をお食べにならないので、そもそも準備する必要がないと言われたそうです」
「ハァ!?」
信じらない出来事に、思わず声が出てしまった。
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