第128話 屋敷の管理について話し合った。
「お金の管理はツァニス様のお仕事ですが、その判断の詳細全てを彼にやっていただくのは
そもそも、物理的に領地から離れているというデメリットがある。
ただでさえ色々面倒クサイのだから、せめてこの屋敷の事は情報を整理して判断するまでの時間を短縮させたい。
そうして彼の負担を軽くして、空いた時間にアティを構って欲しくって。
なんだかんだ改善はしてきたものの、やっぱりアティとツァニスの時間は短い。
「帳簿はありますが、全ての管理は執事が行っております。そもそも見せてもらうのが酷く大変でしたし、結局一部しか見せてもらえなかったし、それでも結構非効率だなって感じたんですよね」
ちょっと属人化しすぎてんだよね。
全ての管理を数人の執事だけが行ってるって、ちょっと非効率だし。執事の間で風邪やノロが蔓延したらどうすんじゃ。その間全然お金使えなくなるんか? それやばくね?
勿論、私には簿記の能力なんてない。
でも私は帳簿を綺麗に作る事や、管理権限を私に移譲しろって言ってるわけじゃない。
まずは風通しを良くしたいだけ。
必要な人間が必要なタイミングで情報にアクセスしやすくしたい。
「例えば、ここ」
私はメイド長に書類を見えるように広げて指をさす。
「この野菜の仕入れの情報ですが、ここには一括でしか記載されていないので詳細が分かりません。金額が一定ですよね? それっておかしくないですか?」
野菜なんて仕入れた量や季節によって普通変動するだろ。
「これはつまり、詳細を考慮せず均一予算でやっている事を示しています。
勿論、この事自体が悪い事ではありません」
都度都度細かい事をやらずに、均等化して長期目線で見た時に採算がとれていれば問題ないって事だけどさ。
「これ、おそらく執事たちの仕事が多すぎて『いちいち野菜の仕入れの詳細まで確認できない』と考えてる可能性があるって事ですよ。
それなら、いっそ食べ物関連の仕入れについては、料理長をはじめそちらの方々に一任してしまった方が、細かい情報も集められる。
っていうか、実際きっと料理長は行っている筈です。じゃないと上手く仕事できないでしょうし。
でも、執事たちとは連携されていない」
そこまで伝えると、メイド長が
「野菜の仕入れの詳細を、料理長以外が把握する意味があるのですか?」
ああ、なるほど。確かにね。
「確かに、その手のプロに一任してしまうっていうのも良いと思います。何せ相手はプロですからね。こっちが細かく
ただこの方法だと、『変動のリズム』が第三者には把握できないんですよ」
多分、変動のリズムは料理長の頭の中にしかない。
「第三者が変動のリズムが把握していないと、料理長から『もう少しお金を出して』と言われてもすぐに判断できなくないですか? 根拠が提示しにくいですし。
信用しているからいい、という考え方もありますが、そうすると料理長が他の人間に代わったらどうするって事になるし、そもそもそれだと他の人間からの提言も出来ないです。
特に野菜等やその時その年によって大きく変動します。高騰する年もあれば下落する年もある。
今は恐らく、料理長が独自にやってると思いますよ。下落した時のお金をプールしておいて、高騰した時にまわすっていうのを。もしくは少し野菜のランクを落としたりとか。
ただ、それが明確化されていない。頑張ってくれているのに、誰もそれを把握してないって変じゃないですか?」
私の言葉を聞いてウンウンと頷いていたメイド長だったが、最後の一言には首を捻った。
「それがプロというものではないですか?」
いや、そうなんだけどね。
「プロでも仕事を褒められて喜ばない人はいないと思いますよ。
それに、万が一料理長が倒れて、他の方がその業務を引き継ぐってなったら、その人には同じ事が出来ますかね? お金はどこにプールされている? 今いくら残っている? やり方を口頭で伝えるのでしょうか? 喋れない状態になっていたらどうします?
そうじゃなくても、料理長だって家族に何かがあって暫く
これが属人化の弊害。その人がいなくなったら困る状態。いざという時に余計なコストがめっちゃかかってしまう。
「別にコスト削減とかケチな事をしたいから把握したいわけじゃないんです。明確化したいのは金額の方じゃなくて、そのやり方とやり取りの方法だけ。既に確立されたやり方があるのであれば、それをちゃんと目に見える形で残しておいて欲しい。万が一の時の事を考慮して。
それに、方法や詳細を明確化する事により、第三者の目が入ってより効率化する事が可能になるかもしれないのですよ」
全ての事を料理長が全部一人でやってるとしたら、彼の仕事がメッチャ大変って事になる。一部分業できるなら分業して負担を減らせる。そしたらその辣腕を他の事にも利用できるようになるかもしれない。
他人の大変さを理解する。
これは、どんな事が必要で、その人が何をやっているのかを明確化する事で、ある程度が可能になる。
それにより、他人を思いやる事もできるようになるし、相談もしやすくなるし、時には是正する事も可能になる。
『風通しが良くなる』とは、つまりそういう事。
ウチの実家のベッサリオン伯爵家ではそれが自然と行われていた。
いつ、誰が、どうなるかなんて誰にも分からない、という事を自然と理解しているからかもしれない。そして、それによって常に効率化が図られてカスタマイズされてってる。
そうしないと上手く事が運ばないから。余裕がないのだ。ホントに。マジで。笑えないぐらいに。
それでも、メイド長は難しい顔をしたまま。
まぁ、彼女にも長年やってきた経験と実績とプライドがあるからね。
「円滑に動いている事に口出しする事は、反発を招きませんか?」
正解。
めっちゃ招くよ。現に執事たちから猛反発くらってるよ。
ま、想定の範囲内。
「そうですね。でも、私がやりたいのは円滑な時の事ではなく、万が一の時のリスク回避です。人生、全てが円滑に動くわけじゃないですからね」
万が一なんて、ないに越した事はないんだよ。万が一の事を望んでる人間なんていない。……ごく一部のニッチ層を除いては。
でも、防災もそう。機械のメンテもそう。農業もそう。
絶対に防げない万が一の時に、リスクを最小限にとどめる為のもの。無駄になっていいじゃない。
「リスク回避方法が無駄に終わる事が、一番の幸せの証になるんですよ」
そう笑うと、メイド長も釣られたのか厳しい表情を崩して笑ってくれた。
が、一瞬にして厳しい表情に逆戻り。怖っ。
「……だから心配なのです」
長い溜息とともに、彼女はそんな言葉を吐き出した。
え? 何が『だから』なの?
「執事たちからの反発が大きいでしょう。それこそ無駄な労力であるのに。この書類にも難癖つけているだけなのですよ」
そう言って、メイド長は苦々しく私が持つ書類を睨みつけた。そうか、私に渡す前に一読してくれてるもんね。
確かに確かに。今までそういう事をしていたのは執事たちだしね。彼らからしたら、自分の仕事にケチつけられたようなもんだ。面白くはないだろう。
ま、本当にケチつけたんだけどさ。一応、笑顔と丁寧な言葉でな。
「そうでしょうね。変革しようとすると反発心が生まれます」
例えそれが素晴らしい事だとしてもね。人間、変化は苦手だよ。私だって、何かあるとまず嫌悪感を感じるよ。分かってるから、冷静に自分をなだめてるだけだし。
「だから、ペースを落としてください。このペースでは誰も奥様をサポートできません。動きが早すぎて」
なるほど。メイド長が言いたかったのは、そういう事か。
「それに、お身体も心配です。これ以外の事も沢山やられているでしょう? ちゃんと身体をお安めください。
クロエも心配していますよ」
クロエ──私の側仕えの女性ね。確かに、彼女にも色々お願いしまっくっていて、結構こき使ってる。前に、超絶笑顔で『寝てます?』って聞かれたな。顔とは裏腹に声にドスが効いてたよ……
筋トレの為にベッドの淵に足をかけて腹筋してるところ見られて、物凄い顔された事もあるし。
アティの頭皮の匂いで癒されてたから、あんまり気にしてなかったけど。
……そういえば、風邪ひいて迷惑かけた事もあったしね。
「分かりました。少しペース配分を見直します」
私が笑顔を頷くと、メイド長は満足げな笑顔になった。
「それでは本題に移りましょう」
そう言って、彼女は資料についての話を始めた。
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