第127話 教育方針を話し合った。

「え?」

 マジで? という顔をするサミュエル。

 なんだその顔。考えた事もなかったって顔だなオイ。


 世間ではそういう風潮があるけどさぁ。

「そもそも、まだあまり女子教育に力が入れられていませんよね。貴族令嬢も、数学より詩だの音楽だのマナーだの刺繍だの編み物だのばっかり。

 それは、周りがそう仕向けているだけではないですか? 本腰入れて女子に数学を教えている場所はどれぐらいありますか?」

 教えられなければ出来ない、知るチャンスがなければ自分が得意であるかどうかも分からない。

 そもそも、最低限買い物をするのに困らない程度の算数しか教えられないじゃないか。

『学ぶ必要がない』とする濃厚などこぞの意志が、透けるどころかメッチャ前面に出てんだよ。


 事実、現時点だと本格的に女子に対してしっかりとした教育を施そうとしている場所は、もンンンンンンンの凄く限られている。

 読み書きを教えてくれる初等学校──寺子屋みたいなものあるにはあるが、それは基本的な読み書き計算を教える最低限のもの。義務教育ではないので、通わせてもらえない子もいて、圧倒的にそれは女子の方が多い。

 その先の事を学ぶ為の女学校は『良妻賢母の育成』の看板が掲げられているしね。

 良き妻、良き母になる為の事を学ぶ場所で、それ以外の女性を育成する事は目的ではない──女性にはそれしか求めていない、と見る事ができる。

 例えそこに通う子たちの目的が違くても、看板がそうなのでは自分が他に学びたい事があっても難しいだろう。

 まぁ、多分『良妻賢母の育成』は表向きだよなって思うけどね。

 だって、そういう看板を掲げないと、そもそも女学校の運営が許されないんだから。

 勿論、家業が医者であるから医者を目指す女性もいる。しかしあれは特例だしな。医者は国の財産だから。家が医者ではない女子は医学を学ばせては貰えない。

 あれは完全に『医者という特殊な職業を継ぐ為』であり、婿を貰うまでの『繋ぎ』として見られている側面も強い。


 そこを私の力ですぐなんとかする、なんて事は不可能だし。

 でもだからといって、アティに才能の芽があるなら潰したくない。


 サミュエルが、口元に手を置きながら視線を机に固定させてポツリと呟く。

「……じゃあ、研究職等に女性が少ないのは──」

「研究職につく為の教育を、女性が受けられないからですね。門戸も狭ければ、継続していくにも様々な邪魔が入りますし。

 例外もいらっしゃいますが、あの方々はもともと貴族令嬢です。個別で家庭教師をつけていたでしょうし、家や家庭教師の方針で、色々学ぶ事が出来たからだと思いますよ」

 彼女たちは、本人の資質以前にそもそも環境に恵まれていたのだ。学ぶチャンスがあったのだから。そこに本人の資質と死ぬほどの努力が重なって、結果を残すに至った。

 普通の女子には、そもそもそのチャンスがない。


「数字に強いかどうかは、どう判断するのです?」

 何かを思ったのか、サミュエルが真剣な眼差しで私を見返して来た。さっきの顔とは全然違う。何か思いついたな。

「簡単な事からでいいんですよ。やり方にこだわりはありませんし。

 例えば、十個ある同じ大きさのリンゴをアティとサミュエル二人で平等に分けるとした時、どうやって分けるか? 分けたらアティの手にはいくつあるか? とかですかね」

 私もここら辺は試行錯誤して、妹たちにはこうやって教えたなぁ。

 途中脱線して、全然違うところに引っかかって教えるの大変だったけど。

『ねえさまとワタシでわけるなら、ワタシのほうがおおいのがふつう! だってワタシのほうがリンゴがすきだから!』と変な理屈つけられた時には頭抱えたわ。

 気持ちは分かるし普段ならそうするけど、今はお前のリンゴの好き度は勘定に入れないでくれ……と、説得するのが大変だったよ。結局、ドングリに変更して納得してもらった。

「ポイントは、その時に必ず『どうしてその答えに至ったのか』をサミュエルが意識する事です。その内容によって、数字に強いのか否かが見えると思います」

 妹たちの中には、私が知ってる計算式ではないものを使って、私より早く答えに辿り着く子もいた。

 間違いなく、あの子は私より数字に強かったね。


「では、その内容について少し考えて来ます。同じように、マギーもアティ様に教えたい詩などがあれば用意しておいてください」

 サミュエルのそんな言葉に、マギーもコクリと頷く。

 話がまとまったところで、ドアがノックされてそこからメイド長が顔を出してきた。

「先日ご提案された件について、執事長の方から意見がでています。そのお話をさせていただきたいのですが」

「分かりました」

 私がそう返事をすると、マギーとサミュエルが立ち上がった。

「それではこれで」

 二人が私に深々と頭を下げてその場を後にする。


 それを横目で見送ったメイド長が、手にした書類を私に渡してきてから横に立った。

 立ちっぱなしでは話もできないので、私は自分の向いのソファを勧める。

 彼女は少し戸惑いながらも、そのソファに座った。

「……奥様。お言葉ですが、少しペースを落とされては」

 かなり年配のそのメイド長が、普段は厳しく不機嫌そうな顔を少し崩してそう零す。

「ペース?」

 何の?

 私の顔にそう書いてあったのだろう。メイド長はため息を一つ漏らしてから口を開いた。

「使用人の雇用関係は奥様のお仕事ですので、やっていただくのは勿論として。アティ様の教育やゼノ様の教育、家の修繕計画やメイド・使用人からの情報の聞き取り、馬や車の使用頻度から整備情報、家財や在庫管理を含めた帳簿の確認など……そこまでやる必要はないではないですか?」

 私はメイド長から受け取った書類に目を落としつつ、その言葉を聞いた。

 うーん。そうかもしれないけど。でもなぁ。

「アティとゼノへの教育は、私が気になるのでクチバシを突っ込ませてもらっているだけです」

 本来なら、その仕事はサミュエルの仕事だ。今は、ゼノの方の教育方法にも時間を割いてもらっている。勿論給金上乗せしてもらって。

 最初の時とは違って、サミュエル自身がアティに色々な事を教えたがっているし、その相談に乗っているって感じかな。

 ゼノの方もそう。あとは、個別に獅子伯に状況報告もしてるから。


「それ以外の事は全て、家人たちに元気に働いてもらう為です。間接的に家人の雇用関連の話ですよ。

 その為にはまずヒアリングが必要不可欠です。その中に、家の中にある設備の問題や非合理なルールが潜んでいますからね。状況改善していく為です。

 あと、ガス抜きも兼ねて。貴女には言えない事もあるでしょうし。

 幸い、私はこういう人間なので、結構話してくれる事も多いんですよ」

 時々、メイドたちを集めて食堂で女子会をやる。その時に出てくる話なんてもう、ちょっと、ここでは、話せないね。テレビだったら全部にピーって入るね。

 他の家人たちとも慰労会という名の食事会を開いて、話しやすい状況を作って都度都度聞いてる。結構良い情報貰えるもんだよ。

 食事をする時って、どうも人はガードが下がるみたい。

「家人が楽にならないと、殺伐とした屋敷になるではないですか。

 アティにそんな鬼の家で大きくなって欲しくないですし。

 あ、別に家人の作業が楽になったからといってお給金は引きませんよ? それで余暇を謳歌おうかできれば、その分働く時のメリハリがつけられるでしょう。

 アティは皆さんに遊んでもらえる事や、お土産話をしてもらう事を楽しみにしていますからね」

 ぶっちゃけ、これもアティの為だ。


「帳簿の件は……」

「財政状況の確認と、運用管理の見直しの為です」

 彼女の質問に、私は眉根を寄せて返答した。

 さすがにちょっとこれは言いにくかった。

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