本編

第126話 秋の始まりを感じた。

 秋の気配が着々と忍び寄って来ていた。

 朝夕の寒暖差がハッキリとして来て、雲の位置が高くなる。

 太陽の強さが気持ち弱くなった気がした。

 夕日が文字通り空を焦がしてる。

 そんな空を談話室の窓から見上げながら、私は郷愁きょうしゅうに浸っていた。


「柄にもねぇな」

 お茶の淹れ方をサミュエルから学んでいる最中のニコラ──いや、テセウスが、私の顔を見てゲンナリした顔をした。

「集中して下さい。砂時計を使ってますが、使わなくても茶葉によって違う適度な濃さのお茶の色を覚えてください」

 そんなテセウスにサミュエルがピシャリ。

「めんどくせェ……」

 テセウスが心底ウンザリといった顔をした。

「水でいいだろ」

 そう悪態をつくテセウスに

「お茶は毎日飲んで効果がある健康食品です。体の毒素を体外に排出したり、免疫力をアップします。毎日飲むなら美味しい方が良いと思いませんか?」

 そうテセウスに問いかけると

「そうだな」

 納得した。素直かよ。

「じゃあテメェで淹れろよ」

 あ、素直に納得したことに照れて、誤魔化すためにまた悪態ついた!!

 なので私は笑った。

「私はせっかちなので淹れるのが下手なのですよ」

 パッと作ってサッと飲みたい。でもお茶はそんなにサッサと淹れられない。

「セレーネ様には淹れさせてはなりません。折角の美味しい茶葉が勿体ない」

 コラ! サミュエル!! ここぞとばかりに私をディスるんじゃない!

 テセウス! 『確かにな』じゃねぇわ!!


「アティもおちゃいれたい」

 サミュエルにお茶を淹れてもらっていたアティが、彼の持つポットに手を伸ばした。

「なりません!!」

 サミュエルが怒声を上げて手を引く。その声にビクリとするアティ。

「……大きな声を出してしまい申し訳ありませんアティ様。でも、コレはとても熱いのです。ウッカリ触ると火傷してしまいますよ」

 フルフルと震えるアティに、サミュエルが眉毛を下げて困った顔をした。

 なので

「布を当てた上から触らせてみては?」

 火傷は体験しないと危機感持たないしさ。

「は?」

 やめて。睨まないで。サミュエル顔怖い。最近マギーに態度似てきたぞ。

「いいじゃんソレ。ほらアティ」

 同意したテセウスが、ポットに布巾ふきんを当ててアティに差し出す。アティは布巾ふきん越しのポットに恐る恐る触った。

「あつい!」

「だろ? 布越しでコレだぞ? 直接触ったら熱いを通り越して痛ェぞ?」

「そっかぁ」

 アティは口をホーっと開けて感心していた何ソレ可愛い。

 テセウスがニヤニヤしながらアティのそんな姿を見ている。

 何を思ったのか、アティの手をガッと掴んで

「布ねェ時は、こうやって触らないように手を近くまで持ってくんだよ。そうすっとホラ」

 ポットのすぐそばまでアティの手を近づけた! 危なっ!!

 ──と、思ったけど、テセウスはアティの指がポットに着かないギリギリの距離でピタリと止めていた。

「あったかい」

「だろ? こうやって手を近づけるだけで熱いかどうか分かんだよ。だからポットにはいきなり触るなよ?」

「はい!!」

 ……テセウス……意外と教え方上手いじゃん。

「べ……別に。俺、昔火傷させられたからさ」

 何も言ってないのに、テセウスが頬を膨らませて言い訳をする。

 そんな彼に、私とサミュエルはニヤニヤしてしまった。不満げに私たちを睨みつけるテセウス。

 その瞬間、彼がブルリと身体を震わせた。


「……?」

 テセウスの顔がキョトンとする。

 ──あ、これは。

「ニコラ。今は夕方のお茶の時間で、貴方はお茶の淹れ方をサミュエルに教わってたんですよ」

 テセウスとニコラが入れ替わったのに気づいて、先にニコラに今の事を解説した。

 ニコラは、手にしたポットをカートに置いて両手をマジマジと見る。

「そうなの?」

「そうですよ。ニコラはお茶の淹れ方は分かりますか?」

 サミュエルが、ニコラの置いたポットの蓋を開けて中を覗く。

「……普通に」

 ニコラは首を傾げて返事をしつつ、サミュエルの顔を見上げた。

「今は茶葉を蒸らしておりました。ここから続きをお願いしてもよろしいですか?」

「うん──あ! ハイ」

 返事を言い直したニコラは、テキパキと茶漉ちゃこしを用意し始めた。ホントだ。ニコラの方が手際がいい。ただし手順は少し雑。まぁ、執事の手順で普通は淹れないしね。面倒くさい。

「それも簡易的な淹れ方で悪くないですが、こうするとより美味しくなりますよ」

 ニコラの手順を見ていたサミュエルが、やんわりと手順を訂正する。

「蒸らし終わったものは、こちらに移し替えます」

 サミュエルがテキパキと見本を見せていく。

 そんな姿を、アティとニコラがマジマジと見て感心した顔をしていた。

 可愛いなぁもう。


 私は再度、窓の外へと視線を向けた。

 樹木が少しずつ色づき始めているのが見える。


 ──そろそろ、時期だなぁ。


 胸に広がるどうしようもない切ない気持ちに蓋をして、私は膝に置いていた本を再度開いた。


 ***


「アティ様は簡単な単語が既に読めます。ですがまだ数字にはあまり強くない。苦手意識を持つ前に、もっと数字に触れさせたらどうでしょうか?」

 サミュエルのその言葉に、マギーが眉間にシワを寄せた。

「長所を先に延ばしておく、という事も必要ではないですか? せっかく文字が読めるのですから、詩を学んで情操じょうそう方面を伸ばしてもよろしいかと思います」

 なるほど、マギーの言い分にも一理いちりある。


 夕方、アティの教育が終わったサミュエルの帰宅間際、私とマギーとサミュエルの三人で、談話室でアティのこれからの教育についてを話し合っていた。


 私は、自分がされた令嬢教育、そして妹たちにした教育、ついでに前世での小学校教育についての記憶をなんとか掘り起こそうと躍起やっきになっていた。

 特に、前世の頃の小学校教育って合理的な部分があった筈なんだよな。詰め込みはダメっていう意見もあったけど、流れに任せるだけでは習得できない部分もある。

 ベースアップする為に必要な事も中にはあったハズだ。


 言葉を学ぶ『国語』、数字を学ぶ『算数』、物事の仕組みを理解する『理科』、歴史と現状を学ぶ『社会』、運動神経を養う『体育』、芸術関連の『図画工作』と『音楽』、基本はこれぐらいか。

 あとは身の回りの生活の事が最低限出来るようになるための『生活』や『家庭科』。でもそれだけじゃ足りないなぁ。外国の言葉もやった方がいいし、貴族だけではなく庶民の生活の流れを知っておく必要もあるしィ……

 わぁ、やることいっぱい。

 でも、大切な『遊び』の時間も減らしたくない。

 どっからどの順番にどれだけやっていった方がいいのかなぁ。

 個人的には……

「両方やりたいですね。ただ……数字はこちらの言葉の意図が上手く伝わらないと理解できない事があります。なので、先に言葉の方の習得を進めたいところですが……」

 相手が何を言わんとしているのか、それを言葉から理解できるようにならないと話が始まらない。でも、勿論簡単な計算ぐらいはサッサとできるようになるに越したことはない。

「ただ……もしかしたら、アティは数字に物凄く強い可能性もあるので、そっちの芽も潰したくないですね」

 もしかしたら、IQが物凄く高いかもしれない。この時点ではまだそこらへんが良く分からないから、そうかもしれない事を考慮しておきたいところだし……


 と、ポツリとそう呟くと、二人は意外そうな顔をした。

「え……なんですか?」

 何か、私変な事言った?

「アティ様が数字に強い可能性……ですか?」

 なんで聞き返すんだよサミュエル。

「そんな事、ありうるのですか?」

 なんでそんな変な顔すんのマギー。

「え。あり得ますよね? まだ四歳ですし。逆に、なんで数字に強くないと思ってるんですか?」

 アティやぞ。あのアティやぞ。全てのジャンルにおいて超絶天才かもれいないやん(※親馬鹿上等

 そう問い返すと、サミュエルまで難しい顔をして私の顔をジロジロと見てくる。正気か? って言いたいの? 正気ですが何か?

「女性の方が数字に弱いではないですか」

 そうサラリと告げたサミュエル。

 思わずイラっとした。

 ウチの祖父じい様と同じ事言うなや。


「数字の得意不得意に性別は関係ありませんよ」

 私はゲンナリとして、ウチの祖父じい様にそうしたように速攻で言い返してやった。

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