第124話 最後の波乱の予感がした。

 何の事?!

 打ち合いながら何話してんの?!


「修羅場」

 そばに座ってエリックの肩を掴んだイリアスが、そんな言葉を吐きつつ清々しく微笑んだ。なんでこのタイミングでそんな風に笑えるの?! イリアスの将来が心配だよ?!


 ツァニスの一撃を下からの攻撃で弾き上げたレアンドロス様が、脇が空いたツァニスに横薙ぎの蹴りを叩き込む。

 吹き飛ばされたツァニスは、地面に転がりつつも、なんとか立ち上がって反撃に出ようとして──

 レアンドロス様の模造刀が、ツァニスの首筋にピタリと当てられた。


「それまで!!」

 他の場所で観戦していたアティの護衛くんが、そう声を張り上げて試合を終わらせた。

 肩で息をした二人は、暫く睨み合う。

 暫くすると、レアンドロス様から差し出された手を、ツァニスが掴んで立ち上がった。

 その瞬間、レアンドロス様がツァニスの耳元で何かを囁いていたのが見えた。

 二人で、何を話してるんだろう。

 ……いや、まさかな。


「おとうさますごかった!」

叔父おじうえさすがです!」

 アティとゼノが、おのおのの父親に歓声を上げながら走り寄っていく。

 やっとイリアスから解放されたエリックも、二人の元へと駆け出した。あ、コケた。

 私とイリアスもその後に続いて二人の方へと近寄って行った。


 子供達の頭を撫でたりしていた二人が、私に気づいた瞬間──

 え……ツァニスに、睨まれた……何で?


 ちょっ、ちょっと待ってちょっと待って。

 まさかレアンドロス様、治療してもらった時の言葉をツァニスに言ってないでしょうね?!

 言うわけないよね?! ウチの夫婦関係に亀裂入るような事は言いませんよね?!

 私が不安に駆られてレアンドロス様を見上げると、彼は私を横目で一瞥いちべつして

 ふ、と笑った。

 何その微笑み?! 意味いみしんすぎんぞなんだソレ!!


 何だろう何だろう何だろう。

 ツァニスのあの叫び、そしてその後睨まれて、レアンドロス様に微笑まれた。

 何なのどういう事なの何の話してたのさっ!!

 聞けねェ! 聞けるワケがねェ!! そんな勇気は私にはねェ!!!

 そんな墓穴掘りそうな事出来るワケがねェ!!!


 ツァニスは微妙に私を避けつつ、アティを抱き上げて屋敷の中へと戻っていく。

 レアンドロス様はエリックや護衛たちに囲まれて、次は自分とと迫られていた。


 結局二人どちらとも話をする事はできず、私はモヤモヤと不安を抱えたまま、一人屋敷にトボトボ帰る事しか出来なかった。


 ***


 結局、あの後も二人と話すチャンスには恵まれず。

 寝室でアティを寝かしつけた後。

 私はモンモンと考えていた。


 もう、考える事多すぎ。ニコラの今後の事を集中して考えたいのに、他の事が気になって集中できん!!

 当のツァニスはまだ寝室には戻って来ていなかった。

 どっかで仕事しているのか、酒でも飲んでいるのか。もう深夜なのに。

 この部屋は寝室の隣の客用リビングと一体になっている作りだから、本当に仕事や酒を飲むだけなら、そこのリビングでいい筈なのに! 何故いない!? どこいった!?

 うー……モンモンとする悶々もんもんとするよ!

 こういう時じっとしていられない自分の性分を呪うぞ!!


 私はそっとベッドから起き上がる。アティを起こさないようにそっと動いて、かけてあるガウンを羽織った。

 ランタンに火をともし、そっと部屋を出て辺りを見回す。

 どこにいるのかな。談話室とかかな。お酒ならシガールームかもしれないけど……あそこクセェから行くの嫌なんだよなぁ。

 部屋を出たはいいけど探すところが分からねぇ……

 まあじっとしているよりはマシなので、ツァニスを探しつつも色々な事を考えておく事にした。


 ツァニスが私を睨んだり避けたりする理由……そんな理由……うわぁ、思い当たる節が多すぎてどれだか分かんねぇ!

 セルギオスの事か!? 勝手に抜け出してアレコレしてる事か!? それとも獅子伯とのアレコレとか!?

 何なのかは分からないけれど、間違いなく、レアンドロス様が何か言ったからだわな。

 ……何を、言ったんだろう。

 何が『貴方にそんな事を言われる筋合いはない』なのかな……


 そんな事を考えながら歩いていたら、自然とあのバルコニーの所にたどり着いてしまった。居心地良かったしね。私のお気に入りの場所だから。

 ここでまた考え事してもいいな、そんな事を思って視線を上げると、ふと、バルコニーに出ている人影が見えた。

 誰だろう? バルコニーのガーデンテーブルに置かれたランタンに浮かび上がるその姿は──え?!

 レアンドロス様とツァニス?!

 なんで二人でこんな所で蜜月?! 何?! 昼間の続きでも話してんの?!

 私は思わず柱の影に隠れる。


 ……いや、そんな、聞き耳立てるとか、そんな行儀の悪い事……するなんてそんな……いくら私が貧乏貴族出身とはいえ、そんな……北方の暴れ馬と評されるじゃじゃ馬だとしてもそんな失礼な事──

 立てた。聞き耳。

 窓が少し開いていて、そこから声が漏れ聞こえて来ていた。


「──もう、私にはどうしたら良いのか分かりません」

 ツァニスの、そんな消沈したかすかな声。何の話だろう。

「セレーネの考えている事は分からないし……どうすれば──」

 私の話!? 末尾がカスれてよく聞こえなかった。

「ツァニス殿はどうしたいのだ。そなたは彼女をどう思っている」

 レアンドロス様の声。彼の声はよく通るのでしっかり聞こえた。

「──」

 何!? よく聞こえない!! ツァニスもっとハッキリ喋れや!!

「そうか。確かにそうだな」

 何がッ!?

「獅子伯はどうお思いで?」

 ツァニスが少し顔をあげたのか、その言葉はハッキリ聞こえた。

 瞬間、私の心臓が鷲掴みされたかのようにドクリと脈動する。落ち着け心臓。うう、息が苦しい。酸素足りないっ……

 暫くの無音の後、ゴクリという喉が鳴らされた音がした。酒をあおったのかな。

「……痛々しい」

 何が!?

「ベッサリオンは貴族でもそれなりに生活も苦しいと聞いていたな。その上、嫡男である双子の兄を亡くし、末の弟が大きくなるまで彼女が兄の代わりをしていると、ベッサリオン元伯爵に聞いた事がある。元伯爵はさめざめと『あやつが男だったら』と嘆いていらっしゃった」

 お祖父じい様……レアンドロス様に何愚痴ってんだよっ……

「最初の結婚時はウチの弟に散々苦労させられたようだし。熊に襲われて九死に一生を得たが、それで消えない傷を身体中に負ったと聞く。あげく、あのバカは離縁した。若い女性が背負うには重い事だらけだ。自分の意見を面と向かって言うので、他者とぶつかる事も沢山あるだろう。

 セレーネ殿は毅然と構えているが、その姿が逆に……痛々しく見える事がある」

 ……そうか。そんな風にレアンドロス様からは見えていたんだ。

「そうですね……私もそう見える事があります」

 そうなのツァニス!?

「だから、私はセレーネを守りたいのですが……」

「ははっ。やり方が違うのだ」

「やり方?」

「セレーネ殿は奥に閉じ込められて脅威から遠ざけるやり方は好まないだろう。彼女は自分で何かをしないと気が済まないタチだからな」

 仰る通りで。

「彼女の背中を守るのだ。彼女は、外からの攻撃には強いが、内面からの攻撃に酷く弱い」

「内面?」

 内面?

「今まで彼女が散々経験し投げかけられた言葉等だ。その時は毅然として跳ね返すが小さく傷ついている。それが彼女の中で沢山の不発弾のように蓄積されていき、時々何かの拍子に暴発する」

 ……ああ、レアンドロス様と話す時、いつも涙が出てしまうのはそのせいか。

 見て見ぬフリ、傷ついていないフリしてるけど、確かに確実に脳裏にはよぎる。

「……そのようですね……」

 ええ!? ツァニスも気づいていたの!? 自分ですらあんまり気づいてなかったのに!?

「彼女自身は傷つく事を恐れていない。だから、彼女の中に残る不発弾が暴発する前に取り除く、もしくは暴発した時に傍で支えてやる事が大切なのではないか」

 レアンドロス様はそう締めて、また何かを飲んだようだった。


 確かにそれはそう。私は人とぶつかる事は怖くない。他人と生活していたら大小ぶつかるのは普通だから。でも、相手が私のやる事・いう事ではなく、私の身体や私自身を否定してくる時がある。

 どう頑張ったってどうしようもない事を攻撃されたら……そりゃ、キツイよ。

 なるべく自分で自分を励ましてるけど、でも、それでもちょっと溢れちゃう時もある。

 ……ツァニスが、このレアンドロス様の言葉を受けて、また色々と変わるんだろうな。

 私はそう思い、その場を後にしようとして──


「獅子伯。貴方はもしや、セレーネの事を……」

 ツァニスのそんな言葉にピタリと足が止まる。心臓が跳ねて口から出そうになった。

 いや、ダメだ。これは聞いてはいけない。

 でも──聞きたい。

 いや、ダメだ。早くここを去らなきゃ。

 でも──聞きたい。


 私はその場に留まって、レアンドロス様の言葉を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る