第123話 最後の余韻に浸った。
アンドレウ公爵家の別荘を発つ日を翌日に控えた日の事。
朝食後のまったりとした空気漂う談話室にて、私とアンドレウ夫人、マギーとサミュエル、アンドレウ夫人のメイドたちと、そして肝心のニコラと一緒に、執事見習いとしてまずどんな格好をさせようかと相談している最中だった。
「正直、メイド服は窮屈です」
そんなマギーの言葉に、アンドレウ夫人のメイド達もウンウン頷く。
「しかし、
夫人の言葉に
「私個人的には、執事服のカッチリしている所が好きなんですけどね」
と私は返事をする。
するとサミュエルが
「『仕事服』なので、気合が入る為でしょうか」
そう言葉を重ねた。なるほど。作業着だと思うと仕事スイッチが入ってピシリとすんのか。
うーーーーーん……
みんながみんな、なかなか意見を固められないで悩み始めた時
「上はベストとタイ、下はキュロットでどうかな?」
ニコラがポツリと呟いた。
その言葉に、アンドレウ夫人の目がキラリと輝く。
「なるほど、それはいいかもしれませんね」
パチンと両手を合わせて朗らかに笑った。
キュロットか、なるほどね。
私はピンときたけれど、マギーやサミュエルが首を捻っていた。
「キュロットとは、ズボンだけれどスカートのように見える形をしたものです」
言葉でそう説明したけれど、イメージしにくいのか変わらず疑問顔。
するとニコラが、そばに置いてあったクロッキー帳に、サラサラと絵を描いていった。
「横から見るとこう……ドレープで裾が広がったスカートに見えるけど、上から中を見るとちゃんと股下が縫われていて構造的にはズボンなの」
「なるほど。これなら可愛いらしいですね」
絵を見て納得したマギーが感心する。
「ズボンなら機能的で動きも制限されにくそうです」
サミュエルも頷いた。
「全身だとこんな感じかな……」
今度は全身のイメージ画を描くニコラ。
上はベストとタイで下はキュロット。足元はガーターベルトで止めたハイソックスとなめし皮の靴。
うわ! いいじゃん! 可愛いしカッコいいよ! ニコラにメッチャ似合いそう!!
凄いなニコラ。アイデアの宝庫じゃん!
執事にするより、私専属のスタイリストとか、そういう方が合ってるのかもしれない。
そう考えていた時だった。
「……ニコラ、カラマンリス侯爵家ではなく、アンドレウ公爵家──いえ、私の所に来ませんか?」
ニコラの手をギュッと握ったアンドレウ夫人が、目をキラキラ輝かせてニコラを覗き込んでそう告げた。
時が、止まる。
みんな、夫人のその言葉に驚き動きを止めていた。
いの一番に我に返る私。
「そのお誘いはとてもありがたい事ですが! 先日説明した通り、ニコラはまだ不安定なのですよ!」
そうやって慌てて否定した。
実は
なかなか概念が理解してもらえなかったけれど、人格が解離するメカニズムと父親との事を交えて説明すると、なんとか概要は伝わったようだった。
のに!!
危険すぎるよアンドレウ夫人!!
テセウスは結構柄悪いしさ! 人の事言えないけど!
「うーん、でも正直、ニコラ程の才能をカラマンリス家で腐らせるのも勿体ないですわ」
グサっ!! アンドレウ夫人の言葉鋭利!! 事実すぎてぐうの音も出ない! マギー! 心底楽しそうに笑うんじゃない!!
「なら、こうすればよろしいのでは? 貴族使用人としての所作をカラマンリス家で身につけた後、アンドレウ家へ被服関連の仕事を学ぶ為に奉公に出る、というのは。
確かに才能を腐らせるのは勿体ないですし」
そうサミュエルが進言すると、夫人がなるほどという顔をした。
「確かに、子供の扱い方はカラマンリス夫人の方が上手いですしね」
ああ、エリックの事言ってるね。でも、執事教育とか私した事ないけど。なんせ、令嬢教育した筈の妹達はレンジャーみたいに育ったし。
「それに、奉公に来るまで全く会えないという事もありませんしね。エリックも毎回毎回遊びに行ってるワケですし」
夫人がそうコロコロ笑った時だった。
バタンという音を立てて扉が勢いよく開き
「あそびじゃないぞ! しゅぎょうだぞ!!」
そこから姿を現したエリックが抗議の声を上げた。
「アレ? エリック様、何かお忘れではないですか?」
私のその声に『そうだった!』という顔をして、また勢いよく扉を閉めるエリック。
そしてガンガンと扉が叩かれ
「エリックです! はいっていいですかっ!!」
「どうぞ」
という、一種儀式のような事が繰り返された。
その様子を見て、ニコラは驚きに目をまん丸にし、サミュエルが顔を抑えて笑いを堪えていた。我慢してあげて、笑ったら傷ついちゃうから。
「だんちょう! すごいぞ!!」
エリックは頬っぺたを真っ赤にしつつ、鼻の穴を広げて興奮していた。
その後ろから、イリアスが肩で息をしながら現れる。
「どうしたのです?」
ま、また何か見せたいんだろうな。なんだろう。デッカイカブトムシでも見つけたか? 蛇か? トカゲか? ダンゴムシか?
「レオとたーにすがたたかってるぞっ!」
え?! どういう事?!
両手をブンブン振って大興奮のエリック。でも彼に聞いても要領は得ないな絶対。後ろにいるイリアスの方へと視線を向けてみた。
「ああ、ええと。ツァニス様とレアンドロス様が手合わせしてるんですよ。結構激しくって、それを見たエリックが興奮しちゃって……」
イリアスが額に浮かぶ汗を拭いながらそう解説してくれた。
なんと! 二人が手合わせ!!
それはちょっと見てみたい!!
イリアスの言葉を聞いて思わずソワソワしてしまうと
「いいですよ。行ってきて下さい。
ニコラの衣装については是非私からプレゼントさせて頂きますし。これからニコラと詳細を詰めておきますから」
察したアンドレウ夫人がウフフと笑った。
わぁやったぁ! と、思ったけど。
要は詳細詰めする時に私は役立たずって事ですよねハイ……知ってました。
私はソファから立ち上がると、待ってましたとばかりに私の手に飛びついてくるエリック。
「だんちょういくぞ!」
そのまま部屋の外へとグイグイ引っ張られて連れて行かれた。
***
庭に出ると、男二人が模擬刀を持って戦っている姿が遠目からも見てとれた。
そこから少し離れた木陰でゼノとアティが、そして更に別の場所では護衛達が手に汗握って観戦していた。
私はアティとゼノの所に近寄っていく。
「おとうさまがんばって!」
ゼノに肩を押さえられて、前に出ないようにされたアティが、顔を真っ赤にしてツァニスを応援していた。
アティたちの横に腰掛けて、戦う二人──ツァニスとレアンドロス様の方へと視線を向ける。
私の戦いと違って、二人は模造刀で激しく打ち合っていた。
これは確かにエリックが見たら興奮するわ。
私も思わず見入る程の激しさだ。離れたここにまで、模造刀がぶつかる音が響いてくる。
それに。
二人のこんな真剣な顔を見た事がない。
一見、ツァニスが打ち込み続けて優勢に見えるが、レアンドロス様はその全てを上手く弾いている。つまり、ツァニスが攻めあぐねていて、手数で押すしかないという状況なんだ。
恐らくあれでは、ツァニスの体力がもたない。現に、ツァニスは一度後ろに引く度に、口を開けて粗く息をしている。
一方、レアンドロス様は必要最小限の動きでいなしているように見えた。
「ツァニス様も無茶をなさる。レアンドロス様に真っ向勝負を挑むなんて」
私が二人の戦いを見ながらポロリとそうこぼすと
「いえ、もともとは叔父上がツァニス様に相手をお願いしたんです」
隣に座っていたゼノが、横目で私を見ながらそう答えた。
そうなの?! レアンドロス様から?! また意外な展開!!
うーん、そうか。私では剣での真っ向勝負ではないものな。打ち合いがやりたいならツァニスの方がいいかも。
二人が都度都度、打ち合う度に何か言葉を交わしているようだった。ただ、こちらにはその内容までは聞こえないけれど。
一度大きく弾かれて後ろに飛び退いたツァニスが、鋭く息を吸って大声で叫ぶ。
「貴方にそんな事を言われる筋合いはないッ!!」
そして再度レアンドロス様に突っ込んだ行った。
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