第119話 見つかった。
いかーーーーーーん!
いるならいるって早く言ってよ!!!
玄関の所に立つレアンドロ様は、物凄いジト目で私を見ていた。
絶対これ、途中から見てたでしょう!? どっから見てた!? どっから見てたァ!?
私は慌てて、逃げようと辺りを素早く見回すが
「周りは包囲してある。逃げ場はないぞ、セルギオス殿」
レアンドロス様の地響きのような静かなお怒りの声に、私の背筋に冷たいものが走った。
しまった。そうか。ゼノたちをレアンドロス様の所へ行かせたから。
そりゃ経緯を彼に話すよね。んで、セルギオスがいてがニコラオスの家に向かった事も説明するわな。
思ったよりも時間くっちゃったし、そりゃ見つかるって!
どうしたもんか……逃げ……られる? レアンドロス様から? 周りは包囲されているのに?? ふふ。無理☆
どうせここで逃げたって、屋敷でとっつかまって説教されるに決まってる。
嫌な事はサッサを終わらせたい。
私は逃げるのをやめて、おとなしくレアンドロス様の方へと向き直った。
「言いたい事は山ほどあるが、ひとまず事を収束させたい。この状況の説明をしろ」
腕を組んでブッスリとしたレアンドロス様が、ここの状況に視線を投げる。
なので私は大人しく説明する事にした。
「ニコラオスを迎えに来ました」
「誰にも相談せずにか」
ぐふぅ。さっきアティに行ったことがブーメランとして返ってきてるゥ……
「あと、母親も望めば連れて行く予定でした。父親は、二度と暴力を振るわないように脅しました」
「それは知っている。見ていた」
マジすか。
「先ほど、アンドレウ夫人の名前が出ていたが、事実か」
鋭くそう問いかけられ、私は一瞬考えてからコックリと頷いた。
「なんだ、今の間は」
突っ込まないで。
「先に
そう白状すると、ものすっごい大きなため息を漏らされた。
「まったく。どうしてこうご婦人方は勝手に動きなさるのか……」
いいかげんにしてくれ、というような感情のこもった声だったので、私は思わず顔を上げた。
「お言葉ですが、あなた方も何か行動を起こそうとしていらっしゃいましたが、何故夫人たちに何も伝えなかったのでしょうか?」
知ってんだぞ。男たちだけで何か相談してたの。
そこを突っ込むと、レアンドロス様が苦い顔をした。
「……それは後で説明する」
逃げたな。
「それはそれとして。まだもう一つ大きな問題が残っているだろう」
彼は眉間に深い皺を刻んで、チラリとニコラオスを見た。
くっ。そっちか。
そっちは──
私はその場で両膝をつき、両手と額を床にくっつけた。
ザワリ、と周りがさざめく。
私は構わず土下座を続けた。
「今起こっていた傷害事件のことは、これ以上深掘りしないで下さい。お願いします。
怪我をされた方々への治療費は、私の個人資産から出させていただきますので、どうか、お願い致します」
今ここで、ニコラオス──テセウスが捕まってしまったら、不安定な彼が余計に危険になってしまう。少年院のような更生施設もなくはないけど、前世の頃の少年院とは比較にならないほど人権は無視されるし、今は彼をそこに閉じ込めるべきじゃない。少なくとも私はそう感じてる。
「償わせないつもりか」
頭上から、そんな厳しい声が降ってきた。
罪を犯したら償うべき、そうレアンドロス様は言いたいんだよね。分かってる。分かってる。本来はそうすべきだし、そうした方が本来は良い。でも──
「詳細は追って説明しますが、ニコラオスにはその時の記憶がないんです。自分がやった覚えのない事で罪に問われるという風に、ニコラオスが感じる事になってしまう。それは避けたい」
「記憶がない?」
レアンドロス様のそんな
それに、記憶がないからといって罪が消えるワケでもない。ニコラオスが事件を起こした事は揺るがない事実だし。
それも分かってる。それを考慮した上でも、ニコラオスを捕まえるべきではないと個人的に思う。
だから主張はする。しかし、私には決定する権限がない。
こうしてお願いするしかない。
しばしの沈黙。
長い時間だった。まわりがザワザワしている声だけが聞こえる。
そして
「顔をあげよ、セルギオス殿」
レアンドロス様のその声で、私はゆっくりと頭を上げて、彼を見た。正座したままで。
彼は、物凄く深い皺を眉間に刻んで、私を見下ろしていた。
「つまりセルギオス殿が、ニコラオスの後見人になるという事か」
「はい」
彼の質問に速攻で返答する。
ニコラオスが何かやらかしたら、その全ての責任は自分が取る。彼の生活の面倒も私が見る。私の執事として教育する。金が必要なら、個人の物全部売っ払ってそれでも足りなきゃ身分を隠してどんな仕事でもやって稼ぐ。
その覚悟をして、私はここに来たんだ。
「見知らぬ子供の責任を負うという事か」
そう重ねて問われた為、私はコックリと頷いた。
「そうです。でも、元々アティも見知らぬ子です」
そう。アティは夫の連れ子、私はただの義理の母で、出会ってから一年も経ってない。私がツァニスと離婚したら、赤の他人になってしまう程の弱い繋がり。
でも、私はアティが義理の娘だから可愛がってるんじゃない。アティがアティだから可愛いし大切なんだ。
ニコラオスも、きっとそうなる。そんな気がする。
例えそうならなかったとしても
「子供を、自立して生きていけるようにしてあげる事自体が、大切なのだと私は思うんです」
……あわよくば、アティの友達になって欲しいし。
私の答えに、レアンドロス様が目頭をギュウギュウと揉む。頭が痛いって言いたそうだな。
「……全ては救えないぞ」
そう、いつかのマギーと同じ事を言われた。やっぱりそう思うよね。
だから私は敢えて切り返す。
「ではレアンドロス様は、全ての国民を救う事ができないと思ったら、そのまま傍観するのですか?」
彼が喉を詰まらせた。
彼は常に人の命の取捨選択をしてる。
それが軍人であり、軍隊を率いる長の役割だから。
どこかの町が襲われていたとした時、全員を救えないなら手出しをやめよう、なんて事は絶対に思わない筈。可能な限り救い出すだろう。
彼はしばし逡巡した後、盛大な溜息を一つ漏らした。そして
「分かった」
そうポツリと呟いた。
やったね!!
一番の難所を攻略したぞっ! あとはどうとでもできそうだし!
「後の事はこちらで片をつける。いいな」
「はい!! ありがとうございます!!」
私は改めて、深々と頭を下げた。
顔を上げて立ち上がりざまに彼の顔を覗き見てみたら、苦笑していた。
しかしそんな表情をすぐに消し、レアンドロス様は手で家の外に合図する。するとワラワラと屋敷にいた私兵たちが部屋の中へと入ってきた。
ニコラオスを保護しようと兵が手を伸ばすと、ニコラオスがビクリ身体を震わせて引いた。
なので
「大丈夫ですよ。外でアティ様たちが待っています。彼らと一緒に行ってください」
ニコラオスの背中をそっと押す。彼は私の顔を見上げて、少しホッとした顔をしていた。
私も一緒に外に出ようとしたが、その二の腕をガッと掴まれた。
「セルギオス殿。怪我をしているのではないか?」
掴んできたのはレアンドロス様。アカン。バレた?
「大した事はありま──」
「気づいていないかもしれないが、肩から背中にかけて血まみれだぞ」
ええ!? マジで!? ああ、そうか。頭の傷って出血多いしね。
服も黒いから血も目立たないし、気づかなかった。痛いなぁとは思ってたけど、正直それどころじゃなかったし。
「救急セットを!」
レアンドロス様が私兵にそう声をかけ、家の奥──裏口の方へと私の腕を掴んだまま移動した。
「あの、屋敷でやりますから……」
そう言って彼を止めようとしたが
「屋敷で治療したらアンドレウ公爵やカラマンリス侯爵に知れるぞ。いいのか」
良くない。
私兵をかきわけ裏口に向かうレアンドロス様の後を、渋々とついていった。
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