第118話 家庭内暴力を片付けた。(※暴力表現注意)
あまりの痛さに床に倒れ込む。
脳がガンガンに揺れた。視界が歪んでよく見えない。
鼓動と同じリズムでズキンズキンと痛む側頭部を触ると、ヌルりと生暖かい手触りが。ヤバイ、出血してる。痛みで身体に力が入らない。クッソ、やられた。
私が床で転がりながら後ろの方を見上げると、ニコラオスの父親が折れた木の棒を持っていた。あれで殴られたんか……いってェ……
「俺の家で好き勝手しやがって! お前らまとめて殺してやる!!」
木の棒を片手に、怒りなのか身体をブルブルと震わせる父親。
「やめてっ……」
そう縋り付いてくる母親を蹴り飛ばした。
「お前が悪いんだ! お前がニコラオスをこんな風にした!! お前がッ!!!」
激高した父親が、床で頭を抱えてうずくまる母親を木の棒で滅多打ちにする。
私はなんとか身体を起こして止めようとして
「俺をこんな風にしたのはお前だッ!!!」
先にニコラオス──いや、テセウスが父親に飛び掛かった。
父親の首につかまり、彼の背中にしがみつくテセウス。その手には包丁が。
ダメだ!!
「やめろテセウス!」
私は起き上がれない状態のまま、なんとか二人にタックルする。
そのままの勢いで私たち三人とも床に倒れ込んだ。
息ついてる暇はない!
どっちを止めても片方が襲い掛かってくる。もう面倒くせぇな!!
なんとか両手で踏ん張って身体を起こす。同時に起きようとしていたテセウスに再度タックル!!
彼の身体を抱き込んで少し離れさせ、すぐさま振り返った。
すると、テセウスが落とした包丁を握りしめて、フラフラと立ち上がる父親の姿が目に入った。
私は背中にテセウスをかばう。
「いいかげんにしろよっ……」
父親が持つ包丁がブルブルと震えている。怒りか、それとも恐怖か、それともアドレナリンのせいか?
母親は、そんな夫の姿を床に
「テセオス、ニコラ、ニコラオス。よく聞け」
私は、後ろにいるテセウスに背中ごしに話しかける。
「お前たちにとっては、あの二人が世界の全てだっただろう。でも違うんだよ。
世界には、妻子を殴らない父親もいるし、子供に依存しない母親もいる。
お前にとってはこれが全てでも、実際の世界はもっと広いんだよ。こんな小さく歪んだ世界に固執してても意味ないんだ。
なら、さっさとこんな世界を捨てて、お前らが認められる世界に行け!
そっちではなぁ! お前は既に認められてる! しかも!! アティやエリックや、ゼノやイリアスが、お前の事心配して待ってんだよッ!!!」
そう叫ぶと共に、私は腰を浮かす。同時に床から拾った皿を父親めがけて投げつけた。
父親が腕で顔をかばってひるむ。
その隙に素早く立ち上がって、ヤツの腹に渾身の前蹴りを叩き込んだ。
「ごふっ!」
変な声とともに空気を吐き出した父親が、後ろに尻餅をつく。
すかさず床に落とした包丁を素早く拾い上げ、その柄で彼の横っ面をぶん殴った。
歯が飛んだが、私が気にするワケもなく。
左腕で彼の襟首を捻りあげて首を軽く締めあげつつ、その頬に包丁をピタリと当てた。
「ねぇ教えてよ? なんで妻と子供を殴るの? 外で感じる理不尽さを、妻子で解消してるの? 殴ると気持ちいいの? スッキリするの? ねぇ教えてよ。
床にはいつくばって謝る妻や子を見て優越感感じた?」
私が手にした包丁が彼の肌に触れる。が、そんなに切れ味は良くないようで、切れる事はなかった。
それでも父親はガタガタと震えている。
「殴りたくなかったとか言い訳しないでね? 殴りたかったんでしょ? 殴らずにはいられないんでしょ? でも殴り返されるのが嫌だから弱い人間選んだよね? 他にも沢山人がいる中で、敢えて自分に絶対逆らえない人間選んだよね?
人を殴るのに殴り返されたくないって、それはズルイよね?
私ももっとお前を殴りたい。もっと殴っていい? 疲れるまで殴り続けて、お前の顔の形、変えて良い? 妻にそうしたように」
そこまで言うと、父親が涙目になり鼻水を垂れ流しながら小刻みに首を横に振った。
「俺だって……親父に殴られてきたんだっ……俺だって──」
「被害者だと? そうだね。でも殴った時点でお前は加害者になったんだよ。お前が大嫌いなお前の父親と同じになったんだ。
ああそれとも、お前、自分を殴る父親に憧れて、いつかは俺もああやって子供を思う存分殴りたいって思ってたの?」
「ちが──」
「殴られたくない気持ちが文字通り痛い程分かってた筈だ。自分が我慢したんだからニコラオスも我慢しろって? 同じ苦労を子供にさせてんじゃねぇよ!!!」
私は包丁を振り上げる。
そして思いっきりブッ刺した。彼の、へたり込む横の床に。
父親はショックのあまりか、茫然自失して身体をダラリと弛緩させた。
「お前もだ」
私はユラリと立ち上がり、先ほどから震えて動かない母親の方に視線を向けた。
「子供を自分の代わりにするんじゃない」
そう吐き捨てると、母親はプルプルと首を横に振る。
「違う、ただ私は、本当は女の子が欲しくて──」
「だからニコラオスに女の子の洋服を着せた? 刺繍を教えて、絵を描かせ、ピアノをやらせて歌を歌わせ、料理をさせて。やらせる事は悪い事じゃない。それに、服や絵の事はいいわ。本人も好きみたいだから。
でもお前、ニコラオスがやりたがらない事までやらせただろう?」
そこまで言うと、彼女の目が泳ぐ。私は構わず言葉を続けた。
「自分がやりたかった事を、ニコラオスに代わりに無理矢理やらせて、自己満足に浸りたかっただけじゃねぇの?
ニコラオスから、ピアノが習いたいって言われた? 歌もやりたいって? お菓子作りもしたいって? しかも服だって、恰好だけさせるならまだしも、女らしく振る舞う事まで強制しただろ。
やりたがらなかったら、こう言ったんじゃねぇの? 『私の為にやって』『私の代わりにやって』って。
で、終いにはアレだろ。可憐な少女の姿になったニコラオスをニコラと呼んで、『こんな娘が欲しかった』とか言ったんだろ?
そう何度ニコラオスに直接言った?
片や父親に男らしくないと殴られ、片や母親に女の子になれと強制されたら、ニコラオスがどうなるかって、考えた事、あんの?」
両親二人から、全く正反対の事を強制されて。
混乱どころか、解離してしまったニコラオス。
そうしないと、彼の中で整合性が取れなかったんだ。
「アンタも殴られて辛かったと思うけど、子供をその捌け口にしたら、アンタ。それ、父親と同じ事をしてる事になるんだからな。
やりたいなら自分でやれ。それによる反発が怖いなら諦めろ。どうしてもやりたいなら反発を恐れるな。
自分のアイデンティティを子供で表現すんな。子供は人形じゃない」
言葉で追い詰められ過ぎたのか、母親は頭を抱えてその場に突っ伏してしまった。
私も、アティをそうしないように気を付けている。
アティは私の自己実現の道具じゃない。
選択肢は用意するが、最後に選ぶのはアティ自身だ。
私は大きく息を吐く。言いたい事言った為気が済んだのか、頭の傷がまた痛くなってきた。いってぇ……くそっ。やってくれたな、ホント。これ、家の人間たちに何て説明しよう。
私は痛む頭を抑えつつ、母親に向かって最後の仕上げを伝える。
「あと、旦那の暴力から逃げたいなら、道は二つ。
やり返せ。寝込みに沸騰した熱湯でもぶっかけろ。煮えたぎった油でもいいぞ。それなら腕力はいらない。
さもなきゃ逃げろ。今アンドレウ公爵の別荘へ行けば、夫人が働き口は紹介してくださるそうだ。
相手を愛しててどっちもできないっていうんなら、甘んじて暴力を受けてろ。殺されないとでも思ってるうちに、お前の死亡記事が事故として小さく新聞に載るかもな。選択肢は用意してやった。忘れんなよ。最後、どうするのかを決めるのはお前自身だぞ」
私はそう吐き捨てて、テセウスの方へと向き直った。
テセウスは、不思議そうな顔で辺りを見回していた。
──いや、あの表情は、おそらくテセウスではなくニコラオス。また人格が入れ替わったな。
彼は、荒れた我が家に床に転がる親二人、そして私を順々に見て行って、首を傾げている。
気づいたらこんな状況になってたら、そりゃ驚くわな。
私はゆっくりニコラオスに近づいて、手を差し伸べた。
「エリック様、アティ様、ゼノ様がアナタを迎えて来ています。行きましょう」
ま、と言っても。レアンドロス様もいらっしゃるから、私はニコラオスを適当な場所で解放してトンズラするけどね。
「でも……」
戸惑うニコラオス。だよね。状況が分からないんだから、どうしたらいいのか分からないよね。
「後で全部説明します。ひとまずここから逃げる事をオススメします」
そして再度、母親の方へと振り返った。
「貴女は身の振り方を決めましたか? 逃げるなら一緒にアンドレウ──」
彼女の答えを聞こうとした時だった。
玄関の扉の所にドーンと構えるかのように立つ男性──レアンドロス様とバッチリ目が合った。
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