第116話 犯人を見つけた。(※暴力表現注意)
悲鳴?!
なんだろう。ちょっとした事、というレベルの悲鳴ではなかった気がする。
子供達も驚いて路地の奥に振り返っていた。
「やめろっ……やめてくれっ……!」
そんな声が悲鳴に続いて聞こえて来た。
男性のそんな必死な声。
まさか?!
いやでも、子供達がいる。この子たちを置いて様子は見に行けない! でも、恐らくコレって……!
「だんちょう!」
エリックが、ワタワタソワソワしながら私を見上げてくる。
「せるぎおす……」
アティも、懇願するかのような、そして不安そうな顔で私を見た。
ゼノも私と路地の奥を交互に見ている。
……もう!!
「エリック様アティ様ゼノ様! お互いで手を繋いで絶対離さないで下さい!
特にゼノ様! 二人が勝手にどこかに行かないように見張る事! 貴方が三人の中で一番年上なのです! エリック様とアティ様への責任は、今貴方にあるのです! いいですね?!」
「はいっ!!」
ゼノが被せ気味に返事をした。そしてアティの手をギュッと握る。アティとエリックも手を繋いだ。
「私に何があっても、私を助けようとしてはなりません!! 他の大人に助けを呼びに行くんですよ!!」
それだけを告げて、私は路地の奥へと走った。
路地を進んだ突き当たりの角、悲鳴の主と悲鳴を上げさせている人物の所に辿り着いた。
地面にへたり込んで、鼻血が出た顔を抑え込んだ男性と、その前に──
ぱっと見女の子に見えた。
少し汚れたピンクのワンピースを着た背中、足は裸足で傷だらけで汚れている。
手には鉄製の歪んだパイプ。栗色の髪は短く、後ろ側がザンバラでガタガタになっていた。
……やっぱり。
「ニコラ……」
私がその名前を呼ぶと、少女はゆっくりと振り返った。
顔に返り血を付けたまま、瞳孔が開いているのに何も表情を浮かべていない、幼い顔。
ニコラだった。
「お前誰」
何の感情もこもっていない声。
私が男装しているから気づかないか。いや、もしかしたらそもそも彼は私の事を知らないかもしれない。
ニコラが振り返った隙を狙い、地面にへたり込んでいた男性がワタワタと四つん這いのまま逃げようとする。
しかしすかさずニコラがその男性の背中を、持っていた鉄パイプで殴りつけた。
「逃げんじゃねぇよクズが」
殴られた痛みに、男性が再度床に転がって頭を抱える。
それを見たニコラが、鉄パイプを両手で持って大きく振りかぶった。
「ニコラ!!」
私がその手を止めようと腕を伸ばした瞬間。
信じられない程の素早い動きで私の腕をかわしたニコラが、跳躍して身を翻すと男性の頭のところに着地する。
そして彼の髪を掴んで顔をあげさせると、その眼前に鉄パイプをつきつけた。
「近寄んな。コイツの目から脳味噌までコレ貫通させんぞ」
その恐ろしい声と言い方に、背中がゾワリと粟立つ。
こんなに明確で鋭利な殺意は初めて感じた。
「ニコラ、やめるんだ」
相変わらず瞳孔が開ききってるのに無表情のニコラにそう声をかけたが、彼は首を人形のように傾けただけ。
「なんで?」
本当に素朴な疑問、といった声。
「その人は、アナタに何もしていないでしょう?」
なんとかニコラから男性を逃がそうと言葉をかけるが、今度は反対側にクキリと首を傾げるだけのニコラ。
「しようとしたよ? 路地でうずくまってたらさ。声かけてきたんだよ? ウチに来るかって。こんなに汚れて、風呂に入れて家で休ませてあげるよって。ベタベタ身体触ってきてさ。
でもね? 俺が男だと分かった瞬間さ、殴ろうとしてきたんだよ? 『気持ち悪い』って言いながら。
ほらな? だから自分の身を守っただけだよ。それがダメなワケ?」
言葉が出ない。
彼は正当防衛を主張してる。でも……
「アナタ、わざと相手がそうするように仕向けたでしょう。それは正当防衛とは言わない」
女の子に見える格好をして優しくしてくる男性を釣り、男だと正体を明かした時に殴りかかってくる男性を返り討ちにする。
これが、おそらく今発生している『傷害事件』の真相。
そんな事をニコラが……ニコラのもう一つの解離した人格が行う理由なんて一つしかない。
「その人は、ニコラの父親ではありませんよ」
私のその言葉に、キョトンとするニコラ。
私と、自分が髪を掴んでいる男性を交互に見て、また首を傾げた。
「だから何? コイツも同じじゃん。俺は最初から自分を女だと言ってねぇよ? ただこの服着てるだけ。相手が勝手に勘違いして気持ち悪いとか言うからいけないんだろ?」
彼が、薄い唇をニヤリを引き上げた。
「ニコラオスは弱虫でやり返せないからな。俺が代わりにやってやってんだよ」
ああやっぱり。解離したもう一人の人格だ。
自分の事を名前で呼んでる。これはアティが自分の事を名前で呼ぶのとはワケが違う。アティはまだ自分の事を『私』と言わないだけ。周りが自分の事を『アティ』と呼ぶから一人称が『アティ』なだけで。
彼は違う。完全に、自分を他人事のように呼んでいる。
完全に解離してしまってる。
「ニコラオスも馬鹿なんだよ。殴られるって分かってんのにさ。可愛い恰好したいとか言いやがってよ。学ばねえし。なのに殴られたら逃げて俺に押し付けやがって。救えねぇよ。バカなんじゃねぇの?」
ニコラが笑みを消して、完全に無表情でそう吐き捨てた。
どうしよう。どうすれば、彼は手を下げてくれる?
このままではニコラ共々自滅して終わってしまう。
どうしたら──
「ばかじゃないもん!!」
そんな甲高い声が、私の背中の方からなげかけられた。
ああもう! 見張っとけって言ったのに!!
素早く振り返ると、私のすぐ後ろには、エリックとゼノと手を繋いだアティが、物凄い形相でニコラを睨みつけていた。
「だんちょうをたすけにきたんじゃないぞ! にこらをたすけにきたんだぞ!!」
エリックが、私の批難の目に反論してくる。
違う、そうじゃない! そういう意味じゃなかったんだけどな!!
「アティ様、エリック様、ここは危ないから──」
「ニコラはばかじゃないもん! すきならスカートはいていいんだもん!!」
私の言葉を無視して、ニコラに激しくつっかかっていくアティ。
その話今じゃないとダメェ!? 今それどころじゃないんだけどなァー!?
「よくねぇよバカ。女の服着たら殴られるって分かってんなら着るべきじゃねぇんだよ? 分かる?」
「そんなのなぐるほうがいけないだけだ! ニコラがスカートはいちゃいけないんじゃない!」
今度はエリックがニコラに食ってかかっていった。
「イリアスがいってた! おんなはズボンはいちゃいけないってところがあったんだって! でもおれたちのくにはちがうんだぞ!」
そうだね、確か別の国がそういう文化で──って、だから今その話は──
「その国の影響でそういう認識がウチの国にも広がっていますがっ……違うんですっ!」
ゼノまで何を言い出すのかな!?
「その国でだって、女性がズボンを履いてはいけないってなってるだけで、男性がスカート履いてはいけないってなってないんです!
そうみんなが思い込んでるだけで、本当は違うんです!」
……これ、宿題の話じゃね!?
「だから! ニコラはばかじゃないもん! ぶつほうがばかなんだもん!!」
アティが叫んだ。精一杯の声で、顔を真っ赤にして。
「ニコラはへんじゃない! へんなのはきまってないのにきまってるっておもってるほうがへんなんだ!! それでひとをなぐっちゃいけないんだぞ!!」
エリックも一緒になって顔を真っ赤にして叫んでいる。
これが、彼らが自分達で色々調べて出した宿題の答えか。
今はそれどころじゃないんだけどっ……私は嬉しいぞっ……
「アティ……エリック……」
ニコラの表情が、ふと緩んだ。しかも、二人の名前を呼んで……
今、もしかして本当のニコラが出て来てる!?
「ニコラ! その人を離して!!」
ここぞとばかりに声を張り上げる私。
ニコラはハッとして男性の髪から手を離し、鉄パイプを地面に落とした。
「え……? 僕……私は……何を……?」
ニコラが返り血で汚れた両手を愕然とした顔で見ている。
その隙に、掴まっていた男性はコケつマロびつ逃げて行った。
いけない。あの人は近くにいる駐在さんに助けを求めに行くだろう。ここにずっとい続けたら、ニコラが犯人として捕まってしまう。
彼は自分がやった事を恐らく知らない。
「ニコラ! 今のうちにこっちに──」
私がそう言って手をニコラに伸ばした時だった。
「うるせぇな。血を見て怖がるぐらいならニコラオスはひっこんでろよっ……」
彼の顔が瞬間的に凶悪な顔に変化した。
また交代した!?
「でも分かったよ。確かにニコラオスは悪くない」
ニコラは地面に転がった鉄パイプをもう一度拾いなおし、ユラリと立ち上がった。
「だから、元凶をヤる」
無表情になったニコラが、そうポツリと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます