第114話 子供達を捕まえた。

「さっきまで裏でお茶を飲ませていたんですが、気づいたらいなくなっていて……」

 なんだって?!


 駐在さんは困ったようなイラついたような、そして面倒くさそうな顔で、あーと天を仰ぐ。

「名前を聞いても教えてくれなかったんですが、見た目で身分が高そうだなと思ったんで。待たせている間に調べようと思ってたら……他の人間が別件で呼ばれてしまったので見張ってられなくてね」

 抜け出したんか! 行動力半端ねぇな! 誰に似た!? 私かっ!?

「すみません! 子供たちにニコラ──ニコラオスの家の場所や、その『別件』について話ましたか!?」

 私が若干前のめりになってそう尋ねると、駐在さんは驚きつつ上半身を仰け反らせながらも頷いた。

「ああ、ニコラがどうとか言ってたんですが、特徴を聞いたらパパスさんのトコの息子だったんで、教えるだけは。でも、突然押しかけるのはどうかって説得したんですよ。別件については子供たちに話したんじゃないが、子供たちがいる前で同僚と話したんで……」

 なるほど。子供たちは、監視が薄くなった隙をついてニコラの家に向かったか、もしくは──

「その別件とは、もしかして新聞にも載っていた傷害事件の事ですか!?」

「ああ、そうだが……また起きたって話で」

 だとしたら、そっちに行った可能性もあるか!?


 考えろ。エリックなら、ゼノなら、アティならどう動く?

 今回のこの件が、エリック主導であるのなら……『別件』の方へ行きそうだな。『わるいヤツがいるならお(↑)れ(↓)がやっつける!』とか言い出しそう。

 ゼノなら? ゼノならニコラの家に向かうな。もともと、ニコラを助ける事が目的だろうから。

 アティはどうなんだろう。

 そもそもどうしてアティがついてきた? エリックが無理矢理連れて来た? ……違う。エリックもゼノも、『誰かを助けに行く』のに女の子を連れて行こうなんて思わない筈──

 まさか、もしかして、今回のこの件はアティ発案じゃ……?

 アティが発案し、エリックが乗って、ゼノも了承した。

 ならアティも来た理由になる!

 アティマジか!? マジなのか!? そうなのか!? どうなんだい!?


 アティならどっちに……

 普通に考えたらニコラの家だろう。だってニコラを助けに来たんだろうし。

 でも、本当に?

 アティは……襲われる恐怖を知ってる。そして、誰かに助けてもらえた経験も。

 なら──

「すみません! そのパパスさんの家と、別件が起きたという場所を教えてください!」

 私は半ば掴みかかるようにして、駐在さんを問いただした。


 ***


 馬は駐在さんに預けてきて、傷害事件が発生したという場所へと走って来た。


 そこはひとだかりができていて、中は伺い知れない。

 しかし。

 私の目的は傷害事件の内容ではない。そこにいるであろう、子供たちを見つける事。


 簡単に見つかった。

 ひとだかりの中に入れず、馬を連れたまま少し遠巻きにしてオロオロしているゼノは、馬を連れている事もあって、なんだかとっても目立っていた。

 私は、人だかりの中心の方を心配そうに見るゼノの背後にそっと忍び寄る。

 そして、声をかけた。

「ゼノ様」

 その静かな一言で、ゼノはビクーン! と身体を硬直させて飛び上がった。本当に、文字通り、飛び上がった。

 恐る恐る振り返り、顔の下半分を隠しなおした私を見上げる。

「あ……あのっ……」

 しどろもどろになって言葉が出て来ないゼノに、私は冷静に言葉を続ける。

「セレーネの指示でお迎えに上がりました。私の事を覚えておいでで?」

 そう尋ねると、ゼノの顔を真っ青になった。

「せ……セルギオス様……」

「正解」

 私は、ゼノの馬の手綱を持っていない方の二の腕をガッと掴んだ。

「エリック様とアティ様はどちらですか?」

 言い訳も有無も言わせぬ圧力でゼノに問いかけると、ゼノは目を泳がせる。

 もう、まったくどいつもこいつも。

「ゼノ様。ここから動かないでくださいね。──まあ、動いても、どこへ逃げても、私はすぐに貴方を捕まえる事ができますけどね」

 そう忠告すると、ぴゃっと肩をすくめたゼノ。私が手を離すと、更に人だかりから離れて、道の片隅で馬に寄り添って縮こまった。

 次に私は、人だかりの中へと無理矢理身体を捻じ込んだ。

 すると、人だかりの中心部分──おそらく今回の事件の被害者であろう中年男性が地面に座り込み、他の人から介抱かいほうされている場所──から少し離れたところに。

 物凄い場違いな男の子と女の子が、駐在さんに肩を掴まれた状態でギャーギャー喚いていた。いや、喚いていたのは男の子──エリックの方。

「はなせ! お(↑)れ(↓)がやっつけるんだ!」

 その場で地団太を踏むエリック。膝をついた状態で肩を掴んだ駐在さんが、どうしようかと困り果てた顔をしていた。

 なので、私はその前にサラリと回り込む。


 視界に突然入ってきた私に、エリック・アティ・駐在さんはビックリして私を見上げた。

 そして、エリックとアティが、目と口をあんぐりと開ける。顎外れそうだな、オイ。

「エリック様、アティ様」

 私は二人を立ったまま見下ろす。

 私が怒っている事に気づいたんだろうな。名前を呼ばれたエリックが小さく「あう」と口をへの字の曲げた。

 アティは不思議そうな顔で私を見上げている。

 そうか……そういえば。アティは怒られた事がないんだな。だから人の怒りが分からない。

「ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

 私は二人を捕まえている駐在さんに深々と頭を下げた。

「ああ、良かった」

 駐在さんは、心底ホッとしたような顔をして、二人から手を離す。

 すかさず私は二人の手をガッと掴んだ。

「行きますよ」

 私の空気に飲まれたエリック、そして少し不満そうな顔をしたアティだったが、人だかりを割って外へと向かう私に渋々ついてきた。


 人だかりを抜けてゼノの前へと戻って来た私は、顎をしゃくって道の向う──人だかりから離れた路地の方を示す。

 すると、ガックリと肩を落としたゼノが、馬を引き連れてトボトボとそちらの方へと歩き出した。

「なんでだんちょうがいるんだ!?」

 手を引かれながら、ゼノの後ろを歩くエリックが、ちょっと嫌そうに私の手から自分の手を抜こうとする。

 しかし許さない。潰さない程度に強く彼の手を握って引っ張った。


 人がいない路地の部分に少し入ったところで、手を放して路地の奥に三人を入れる。道を背にして私は膝をついた。

「先に伝えておきますよ。私は怒っています」

 私が背中から発するオーラに、身体をビクリとさせる三人。

 特に、大人から怒りをぶつけられた事がないアティは、私の感情が何なのか分からないのか、オロオロと目を泳がせていた。

「私が怒っている理由はいくつかあります。

 まず一つ目。エリック様、アティ様、ゼノ様が、イリアス様を物置に閉じ込めたからです。

 イリアス様は埃っぽい場所に長時間閉じ込められてしまったせいで、喉を傷めてしまいました。病気になってしまうかもしれません。

 貴方たち三人は、イリアス様を病気にしてしまったかもしれないのですよ」

 それを伝えると、三人はハッとした顔をしてお互いを見合う。

「病気で苦しむのはイリアス様です。許してくれないかもしれません。でも戻ったら必ず謝る事。いいですね?」

 そういうと、アティとゼノがションボリという風に肩を落とす。

 そこまで頭が回っていなかったんだろう。短絡的なのは子供なので仕方ないとして。

 次からは気を付けてもわらないといけない。

 しかし、エリックがぷぅっと頬っぺたを膨らませた。

 なんだ不満か。

「イリアスがだめっていったのがいけないんだ」

 お? 相手のせいにしちゃうのか? 私がそんな理由で納得すると思ってんのか?

「イリアス様は、エリック様が危ない目に遭うからダメだと言ったんですよ」

 そういうと、エリックはキッと強い目で私を見返して来た。

「イリアスとおんなじこというな!」

 彼は自分が今怒られている事を完全に忘れて、私を怒り返す。


 私は一つ大きく呼吸をしてから、真っすぐに彼の顔を見返した。

 強く彼を見つめ、そして、彼を傷つけるであろう、その一言を口にする。


「でも、事実です。エリック様、貴方はまだ弱いんですよ」

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