第113話 子供たちを迎えに行った。

 屋敷の裏口でアンドレウ夫人のメイドと合流する。

 あらかじめ厩舎に話を通しておいてくれた為、天下のアンドレウ公爵家の馬を勝手に借りずに済んだ。

 自分の屋敷ならまだしも、他人の家の馬とか勝手に借りたらアレだしね。うん。やらなきゃいけなきゃやるけどね。


 そういえばと思って厩務員さんに確認してみたところ、ゼノが小馬を一頭借りていったらしい。

 エリックとアティに、馬具についても教えたいからと馬具も一式一緒に。

 ゼノ……なんでゼノまで。

 エリックなら分かる。危険などまだ分からない年齢だしね。

 でもゼノはもう八歳だ。ある程度世の中の事が見えてきていると思ったんだけどな。大人と子供の力の差とか。

 なのに、私にも言わずに行くとは……

 男の子は年齢が上がるにつれて、親から自立したいという気持ちが強くなると聞いた事があるけど、もうそれ!? 早くない!? 普通そういうのって十二・三歳ぐらいじゃないの!?


 馬を借り終わり、私はすぐ別荘の敷地外へと出た。

 そこで一度屋敷の方の様子を伺う。

 サミュエルが言っていた通り、捜索隊が組織されているようだった。庭に護衛や私兵たちが集まってきている。

 その中には──

「レアンドロス様……」

 獅子伯の姿があった。どうやら、捜索隊の陣頭指揮をとってるよう。

 くっそう。私には家に居ろと言う癖にっ!

 その場には、ツァニスとアンドレウ公爵もいたが、彼ら二人は屋敷に残るよう。外出するような恰好はしていなかった。

 彼らがふと、屋敷の方へと顔を向けた。二階の方へと視線を上げ……あ、窓の所に私に扮装したアンドレウ夫人がいる。わー。遠目だと確かに私に見えるー。凄いー。

 そうか。ツァニスたちは私がちゃんと家にいるか確認したんだな。

 アンドレウ夫人ファインプレー!

 はははは。本物の私はここじゃ。


 まだ捜索隊は準備が終わっていないよう。

 私はこの隙に、先にエリックたちを探す為に馬に乗って別荘を後にした。


 道の左右に目を配りながら、駆歩かけあしで馬を走らせる。しかし、暗くなり始めて来ていたので林の奥まで目が届かなかった。

 まぁ、町へ行くのに道はれないだろう。たぶん。きっと。そうであって。

 いくらゼノが馬の扱いが上手いといっても、エリックやアティを乗せた状態での早駆けは無理だ。おそらく単純に疲れないように馬を連れて行ったんだな。エリックとアティを馬に乗せて、自分は横を歩くとか。

 なら、まだ町についていないんじゃないかな。

 ……そもそもさ。ニコラの家知ってんのかな? なんか、そこまでしっかり考えてなさそうなんだよなぁ。


 まさか子供たちだけで先に助けに行こうとするなんて夢にも思わなかった。

 いや、その心意気はヨシ。言われなければ動けない人間が多い中で『自分の判断で動く』事をしてくれた事自体は嬉しい! 凄く嬉しい!!

 ま、判断した後問題ないのかを、出来れば大人に相談して欲しかったけれど……

 ちゃんと相談してくれたら、子供達の周りを護衛でガチガチに固めつつ、連れて行くことも考えたのに。


 でも、私も子供達のこと何も言えないよなぁ。

 現にこうして夫たちに何も言わずに出て来てるんだし。

 私が子供達を止めたいと思うように、夫たちが私を止める気持ちも分かるんだ。

 危ない事をして欲しくない、安全な所にいて欲しい、傷ついて欲しくない。

 大切にされてると分かってる。

 でも、私は子供じゃない。

 慢心するつもりもないし、確実に自分が死ぬと思う事には手を出さない。

 だから、『一緒に行こう』『協力してくれ』と言って欲しかった。


 まだ夫たちの中では、私は『自分たち未満の存在』なのだろうな。自分の隣に立たせる人間ではない、と、そう無意識に。

 私が子供たちを無意識にそう思っているように。


 あとは──ニコラの事。

 本当は、アンドレウ夫人に協力を仰いで別荘を抜け出すのはもう少し後──ニコラを助け出す時の手段だった。

 母親が戻ったばかりだと父親が警戒しているだろうから、少し落ち着いてからと思っていたけれど。


 別で行動を起こした方がいいのかもしれないけれど、子供たちが騒ぎを起こしてしまった後だと、私も動きにくくなる。場合によってはもう帰ろうと言い出されかねない。

 だから今日行動を起こした。


 エリックたちを先に捕まえて帰し、その足でニコラを助けに行く。

 助けに──

 実は、少し気になる事があった。

 アンドレウ夫人が言っていた、町で起こっているという傷害事件の事。

 あの後私も新聞を読ませてもらって事件の概要を知った。

 どうやら町で、三・四十代の男性ばかりが襲われている、という事だった。

 これは不自然だ。普通、こういう事件でまっさきに被害にあうのは十代の女性。しかし今回は違うらしい。

 被害者は殺されたりはしていないものの、棒状の物で滅多打ちにされるんだとか。

 しかも、目撃された犯人は──だとか。

 少女が路地等でうずくまっているところに男性が声をかける。

 油断しているところをやられるらしい。

 ……これってもしかして──


 考え事をしながら馬を走らせていると、丘を迂回したところで眼下に町が見えた。

 さほど大きくはないとはいっても、アンドレウ公爵の別荘があったりして避暑地として人気なので、そこそこの大きさがある。

 ここまでの道のりに、ゼノたちはいなかった。

 考え事しながら走ってたから追い抜いた? いやいや、さすがにそれはない。

 だとしたら、もう町に辿り着いてしまったのか。

 ニコラの家が分からないとしたら、町中をウロウロしているハズ。

 危険な目に遭う前に回収せねば!


 私は馬の速度を上げて、町へと降りて行った。


 ***


 馬に乗ったまま町へと乗り入れる。

 農作業に従事する人間も多い為か、私以外にも馬を連れた人は多く、馬自体は目立つ事はなかった。

 が、農作業用の馬ではないし、私の黒づくめの恰好も目立っていたのだろう。

 町の人たちが奇異の目を私に向けていた。

 ここには私を知っている人がいないし、ま、いっか。私は口元の布を下げて顔をさらす。

 そして、道行く人に声をかけた。

「突然で申し訳ありません。少しお尋ねしたいんですが……ここに、馬を連れた子供三人が来ませんでしたか?」

 突然怪しい人間から声をかけられた為か、声をかけられたおばちゃんは、ビックリして馬に乗った私を見上げる。そして無言でブンブンと首を横に振った。


 うーん。総当たりで尋ね歩いても時間ばっかりかかるか。

 子供だけで歩いているのは目立つだろうから……駐在さんがもしかしたら声をかけているかも。

 私は馬を降りて改めて問いかけてみた。

「すみません、駐在所はどこですか?」

 すると、おばちゃんは町の奥の方を指さす。

「ありがとうございます」

 私は丁寧に頭を下げて、おばちゃんが指さした方へとゆっくりと歩いて行った。


 何度か人に尋ねながら駐在所にたどり着く。

 そこでは駐在さんが机の上で難しい顔をしていた。

「あの、すみません。お尋ねしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

 そう声をかけると、壮年の駐在さんが弾かれたように顔をあげる。

 私の姿を認めると、少しぎょっとした顔をした。

「……はい、どうしましたか?」

 少しいぶかしんでいる顔をしていたが、私が丁寧に声をかけたせいか、ちゃんと立ち上がって対応してくれる。

「ここに、馬を連れた子供が三人、来ませんでしたか?」

 私がそう尋ねると、彼はまた驚いた顔をした。

「ああ良かった。あの子たちの知り合いでしたか」

 あ、やっぱりここに来たんだ。

 ま、子供だけで誰かを訪ね歩いていたら、確実に駐在さんのところに案内されるわな。危ないしな。

「ええ、迎えに来ました。こちらにいますか?」

 良かった。そんなに苦労せずに連れ帰れそうだ。

 さて。どうしようかあの三人。どう説明すれば分かってくれる──


「それが……」

 駐在さんはガリガリと頭を掻いて、私に困った顔を向けて来た。

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