第112話 夫人と画策した。
私は、公爵やツァニス、獅子伯に、サミュエルを介して事の報告を行った。
なんでかって?
面と向かって言うと、先んじて『屋敷から出るな』って言われるからだよ。
言われなくないから顔を合わさない。
ニコラの時は我慢したんだ。
それに、我が子を迎えに行くだけだ。何の危険もない。
──なんてね。
「アンドレウ夫人、さっそく出番です!」
アンドレウ公爵夫人の部屋に訪問した私は、第一声でそう伝えた。
部屋で椅子に座りながらも、窓の外を少し不安げに見つめていた夫人は、驚いた顔で振り返った。
「え!? もしや、エリックの件と同時に──」
「そうです。なので今から行動を起こします。善は急げ」
私が早口でそう
「貴女の決断の早さには本当に驚かされます。退屈しないわ」
それ、誉め言葉だよね?
彼女は優雅で柔らかだけど機敏な動きで、
「準備は?」
「私の部屋で」
私の答えに、彼女は小さくフフッと笑う。
「さて、楽しみね。あの人たちはいつ気づくのかしら」
「意外と全く気付かれなかったりして」
アンドレウ夫人の部屋を出て私の部屋へと案内する。
「……そうね。特にあの人は気づかないわ」
そう声を弾ませる夫人に、私は背中で注意を促す。
「すぐに見抜く方もいらっしゃいます。だから、できるだけ──」
「ええ、彼ね。極力近づかないわ」
お。みなまで言わずに分かるんだ。
「だって、あの方──」
夫人が何かを言いかけた口を閉ざす。向いからサミュエルが歩いて来ている事に気づいたんだ。
「セレーネ様」
サミュエルは私に気づくと、小走りにこちらへ近づいてきた。アティがいなくなったと知った時から、落ち着かずにあっちへウロウロ、こっちへウロウロとしていた。
「ツァニス様へのご報告は済みました?」
私がサミュエルにそう尋ねると、彼はコクリと頷いた。
「ええ。捜索隊を出すそうです。そろそろ日が落ちますのでそこそこの人数の。しかしセレーネ様──」
「みなまで言わなくて大丈夫ですよ。分かっております」
言わせねぇよ? 聞いてしまったら逆らえなくなっちゃうからな。
「サミュエルは、アティたちが戻って来た時の為に、軽食とお湯の準備をお願いしてきてください。万が一怪我していないとも言い切れないので、医者も捕まえておくこと」
「かしこまりました」
有無を言わせず彼にそう伝えると、サミュエルは深々と頭を下げた。
私は夫人に目配せして、サミュエルをかわす。
「それでは、私は部屋に戻っていますね」
そう伝えて、そそくさとその場を後にした。
私の部屋では、準備万端のマギーが待ち構えていた。
「さぁ、始めますよ」
ニヤリと笑うマギー。
ねぇ、なんでマギーはこういう時そんなドS臭く笑うの?
怖いんだけど。マギーが笑うポイントが分からない。
夫人と私を招き入れたマギーは部屋に鍵をかける。
そしてゆっくりと振り返った。
マギーは夫人の着替えの介助を始めた。
私は遠慮なくサッサと自分の服を脱いでいく。
コルセットを外して靴を脱ぎ、念のため持ってきていてクローゼットの奥に隠していたアレに着替えた。
「まぁ……見違えますわね」
黒い男性用衣装を身にまとった私を見て、アンドレウ夫人が感嘆の声をあげた。
「そうですか?」
「ええ、どこから見ても殿方です」
……複雑。
私が、アンドレウ夫人が脱いだ服を皺にならないようにしていると
「……少し丈が余りますね」
夫人の着替えを介助していたマギーがポソリと呟いた。
「私の方が身長が高いので仕方がないです。ヒールでごまかしましょう」
夫人の服を私の部屋のクローゼットに隠し、ヒールの高い靴を私の着替えの中から探す。たぶん足も私の方が大きいから、つま先に詰め物しておいた方が良さそうだね。
「……アンドレウ夫人……腰が細すぎて服がすこしダブつきますね。これで出産後とは……少し、布を腰に撒かせていただきますね」
マギー……あの、いちいち報告しないで。
「胸元が少し苦しいかもしれませんが、我慢くださいませ夫人」
「ええ、大丈夫よ」
……だから、あのさ、私に聞こえないようにやって。
知ってるよ! 夫人の方がグラマラスなの知ってるよ!!
胸がキツイのに腰が余るって! つまりそういう事だろ!? ワザとかコラァ!!
着替え終わり、私と夫人は新ためて対面する。
セルギオスの格好をして顔を隠した私と、
私のドレスを着てカツラをかぶり、私の格好になったアンドレウ夫人。
よし。成り代わり完了っと。
これで、ぱっと見だと夫人は私に見える。
ちなみに、カツラは夫人の私物。時々こうやって髪の色や髪型を変えて楽しんでるんだって。そんな楽しみ方もあるんだなぁ。男装以外も、今度やってみようかな。
私になった自分の姿を姿見で見る夫人の顔は、なんだかとっても楽しそうだった。
「貴女のドレスも良いですわね。シンプルだけれど細かいところに
肌を露出していないのにタイト目なので、余計にスタイルの良さが際立つのですね」
そう見えるのか。そこまで考えてなかった。
私のドレスは軽さ重視で木綿とシルクがベースになっている。布を重ねると重くなるしかさばるので、二つの布を縫い合わせて重ね着風にしていた。
タイト目にしつつも要所要所をレース編みで布を繋ぐ事により、柔らかさと動き易さはバツグンだよ! クロエの刺繍も素晴らしいしね! 『ドレスに動き易さを求められたのは初めてです』ってクロエに言われたけどね。
「これで俯いて本でも読んでいれば、簡単にはバレません。声は気を付けてくださいませ。セレーネ様の方が低いので……ダミ声で話せば丁度良いかと」
オイこらマギー。どさくさに紛れて私をディスるんじゃない。
「最初、こんな事を提案された時には不思議で仕方なかったわ。どうしてニコラを救うのに、入れ替わる必要があるのかって」
夫人は、自分のカバンから本を取り出しつつ、ポツリとそう呟く。
「でも確かに。カラマンリス夫人は目立ちますものね。だから、貴女がいないとすぐに分かる」
「そうですか?」
そんなに目立つ? 背がデカイから?
「貴女の行動は、誰しもの目に入るのですよ。良い意味でも、悪い意味でも。不思議だわ。こうして見ると、貴女の格好は特別目立つワケでもないのに」
だよね。結構シンプルな方だし、幅も取らないよ。
「でも分かるわ。貴女は『動く』から。このドレス一つとってもそれを象徴している。こんなに軽く動きやすいのに、見た目が美しいドレスは初めて。
普通、貴族夫人は置物のように動かないわ。コルセットをしてヒールを履き、何重にも重ねられたドレスを着てるから、動けないと表現しても良いぐらい。
私ですら活動的と言われる程よ。
だけれども、こういった時貴女は誰より先に動きますわね。だから逆に警戒される」
アンドレウ夫人が珍しく饒舌だった。
彼女が饒舌なのは、ファッションの事や絵画の事をニコラとアレコレ話している時ぐらいだったのに。
「ばかばかしい事。貴女を鳥かごに閉じ込めておけるわけがないのに。
何故それが分からないのかしら」
夫人が、私の顔を見てニッコリとほほ笑んだ。
「貴女は美しい真っ白な鳩ね。自由に空を飛び回る。でも、役目を終えれば必ず家に戻ってくるわ。戻ってくるべき場所を知ってるから」
その言葉に、後ろに控えていたマギーがふふっと笑った。
夫人も振り返って一緒になって笑い、そしてゆっくり私の方を見た。
「エリックを──そしてニコラを、無事に助け出して来て。私と一緒に、思うまま偽善者になりましょう」
そう優雅に微笑む夫人に、私は膝を折って頭を下げた。
そしてその手を取り、甲に唇を寄せる。布越しだけど。
「必ずや」
そう応えて顔を上げると、夫人が物凄く目を見開いて驚いていた。
「……やりすぎですよセレーネ様」
後ろのマギーが、嫌そーうな顔をして私を睨みつけていた。
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