第111話 子供たちがいなくなった。

「エリック様! アティ!! ゼノ! イリアス!!」

 私は子供たちの名前を大声で呼びながら屋敷の中を歩き回る。

 走ったらが聞こえないので、呼びかけては耳を澄まして、また歩き出す、を繰り返していた。


 途中であったアティの護衛やエリックの子守に聞いてみたが、サミュエルと同じようにてっきり私と一緒にいると思っていたそう。

 しかしさっきまで庭で遊んでいたし、その時には見ていたんだろうからと、その時の事を思い出してもらう事にした。

 彼らの話では、エリックとアティとゼノは庭中をゴロゴロ転がっていたりしており(受け身の練習だね)、イリアスは木陰で本を読んでいたそう。

 その後、子守や護衛たちに『かくれんぼする』と言い出したとか。

 護衛達はお誘いなのかと思ったらしいが、「おまえたちがいるとすぐみつかっちゃうからつまんない!」とエリックから不満が出たと。

 屋敷の一階や庭でやるみたいだったので、護衛達はその場に残って待機していたらいしんだけど──


 いつまで経っても、子供たちが戻って来なかったそうだ。

 だから途中で私と合流して、他の事をして遊んでいると思ったらしい。


 かくれんぼか……普通幼児がやるかくれんぼって、「見えてんぞ」という所に隠れたりが多いけれど、時には箱の中に隠れて出て来れなくなったりする事もある。

 または暗いところでじっとしている事で、そのまま寝ちゃったりね。エリックならやりそうだし。

 なので私は、屋敷の中を重点的に探す事にした。


 テーブルの下、カーテンの裏、大きな戸棚の中など、色々な所を名前を呼びながら探す。

 しかし、誰も見つけられなかった。


 おかしい。

 だって『かくれんぼ』って事は、見つける人がいる筈だよね? 誰が見つける子だったのか分からないけれど、その子までいないっておかしくね??

 それとも、ウチの妹たちのように『それ、かくれんぼじゃなくてサバイバルだよね?』ってレベルで、ヤブの中とか木の上とか穴掘ってそことかに忍んでいたりする? いや、でもまだ四歳だし……

 私は立ち止まって考える。

 屋敷は今、子供たちを探して屋敷を走り回る使用人たちの声と足音で騒がしくなっていた。


「──」

 何か聞こえた?

 私は目を閉じて、大人の足音や声から意識を外し、聞こえた気がした音に集中する。

「…… レーネ……」

 やっぱり、何か音がする。音というか、声? それとともに、何かくぐもった音がする。

「誰!? 誰かいるの!?」

 私は再度叫んでから耳を澄ます。

「…… セレーネ……」

 私の名前だ! 誰かが私の名前を呼んでる! 私はすぐさまその場に四つん這いになって床に耳を付けた。

 響いてくるバタバタという足音ではない、他の音に集中する。

 すると、かすかに、一定のリズムを刻むドンドンというくぐもった音が微かに聞こえた。

 私はすこしずつ床の上を移動し、音が大きくなっていく方向を探す。

 こっちだと思われる方向へと進んでいくと、くぐもった音とともに私を呼ぶ声も次第に大きくなっていった。

 辿り着いたのは階段下にある物置の前。


 そこの前に立った時に私は驚く。物置の扉の前に、別の場所にあったと思われるサイドテーブルが置いてあったから。床には机を引きずった跡がある。

 私はそれをどかして中に入った。

 中は物置になっている為か埃っぽく、大きな荷物が積みあがっていて暗い。明かりもなくてよく見えなかった。しかし

「セレーネ!」

 奥から私を呼ぶ声が聞こえた! しかもこの声は──


「イリアス! 大丈夫ですか!?」

 私は荷物を手前にある崩れた荷物をどかして奥を覗き込む。

 するとそこには、荷物の狭い隙間に閉じ込められるように縮こまったイリアスの姿があった。

 私の姿に気づいたイリアスが、涙目の顔をこちらに向けてなんとか喋ろうとする。

「セレーネ! ゴホッ……エリックがっ……!」

 なんとか荷物をどかし終わって、隙間にはまり込んでしまっていたイリアスの腕を取って立たせた。

 物置から出たところで彼の身体を叩いて、体中にかぶったホコリを払う。

「げほっ……」

 イリアスが咳き込みつつも、私の手をぎゅっと掴んだ。

「大丈夫ですかイリアス」

 あんな場所に閉じ込められていたら気管がやられている筈。早くうがいをさせないと。

 そう思ってイリアスの手を引こうとしたが、逆に手を引っ張られた。

「エリックが危ない……」

 え? どういう事?

 私は彼の前へ回り込んで膝をつく。涙とホコリで汚れた顔をハンカチで拭いてあげた。

「エリックが危ないって、どういう事です? どうやってあそこに入ったのですか?」

 喉をヒューヒューいわせながら、イリアスはかすれた声でなんとか喋ろうとする。

「かくれんぼしてて……僕が鬼でっ……ゲホゴホッ……エリックとアティを見つけた後……ゴホッ……ゼノを探していたらっ……」

 何度も咳き込みながらも、泣きそうな顔で私を見下げてくるイリアス。

「突然……グッ……後ろから突き飛ばされて……あそこに閉じ込められたんだ」

 ハァ!?

「この屋敷に不届き者が!?」

 私がそう尋ねると、イリアスがフルフルと首を横に振った。

「違うッ……たぶん、ゴホッ……犯人はエリックとゼノッ……」

 え? どういう事?

「さっき庭で遊んでいた時に、三人に言われたんだ……ニコラを助けに行こうって……」

 イリアスの言葉に、背中にゾワリという悪寒が走り抜けた。

「勿論止めたんだけど……そのあと、なんか三人がコソコソ相談してて……」

 まさか。

しばらくは……普通に遊んでいたから諦めたのかと思ったんだけど……ゴホッ、その後かくれんぼに誘われて」

 一度そこで言葉を切るイリアス。大きく深呼吸して息を整えた。

「油断していたらこの通り閉じ込められた。たぶん、三人は町に行ったよ」


 マジか!? お茶の時間のあの時の話っ……!

 エリックはアレを聞いて『ニコラが危ないなら助けなきゃ』とか思ったんだな!?

 まったく! まだ四歳のクセに! 正義感は一丁前だな! 嬉しいけど喜べねぇ!!

 子供の足なら町に辿り着く前に追いつくかも。

 連れ戻さなきゃ!

「誰か! イリアスがいました!!」

 私は大声をあげて人を呼ぶ。その後、イリアスに向き直ってその顔を見上げた。

「イリアス、ここで待っていてください。三人を連れ戻して来ます」

 そう言い聞かせて立ち上がった瞬間、またイリアスから手を引っ張られた。

「僕も行くっ……」

 彼が強い眼差しで見上げてくる。

 私は再度膝を折って彼の顔を見て、首を横に振った。

「まずは身体を清めて休んでください。あんな場所に閉じ込めれていたら喉や肺をやられている可能性があります。最悪肺炎を起こす可能性もありますよ。

 私が必ず三人を連れ戻して来ますから」

 彼をそう説得する。イリアスが珍しく顔を歪めて唇を噛んでいた。

「僕がついていながら……」

 その顔は……あ、泣きそうになってる。あのイリアスが?

「ごめんな──」

 彼が謝ろうとしたので、私はその前に彼の身体を引き寄せて、ぎゅっと抱き締めた。

「謝る必要はありません。確かにイリアスはエリック様の世話係ですが、貴方もまだ子供なのです。貴方が頭の良くてシッカリしているので、ついつい私もその事を忘れてしまいますけどね」

 私は、彼のホコリまみれの頭をゆっくりと撫でる。

「期待に応えようと頑張ってくれてありがとうございます。貴方は充分つとめを果たしています。充分過ぎるぐらい。

 貴方のお陰で、エリックは元気すぎるほどになっていますし、アティも貴方を尊敬していますよ。ゼノもイリアスの話をよくしますし。

 それに──」

 震えはじめた彼の身体を、更に強く抱きしめた。

「こんな事ぐらいで、貴方に幻滅したり、ガッカリしたとか言いませんよ」

 優しくそう伝えると、ダラリと下げられていた彼の腕が私の背中に回る。

「……本当に……?」

 イリアスの言葉に、嗚咽が混じる。

「言うワケがないでしょう。イリアスは私よりよっぽどシッカリしてるんですから。

 誰かに言われたら、それは貴方の事をよく見ていないだけです。そんな人の言葉を聞く必要はありません。

 イリアスのお陰で、私も、エリック様も、アティも、ゼノも、他のみんなも、とっても助かっています。みんな貴方の事が大好きです」


 イリアスは、声は出さなかった。

 出さなかったけれど、彼が感じている感情は痛い程伝わってきた。

 悔しくて、不安で、悲しくて、怒りもあるね。分かるよ。

 イリアスは私の身体にしがみついて、ずっと身体を振るわせて泣いていた。

 彼が落ち着くまで、私はイリアスの身体を抱いて背中をさすり続けた。

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