第110話 助けるという事を考えた。

「内密の相談があります」

「なんですか改まって……」

 昼過ぎ。アティやエリックたちが外で遊んでいる時。

 私は誰もない部屋にマギーを引っ張り込んで、相談を持ちかけた。


 窓の向うから、はしゃぐエリックやゼノの笑い声が聞こえてきている。

 晴れた空と穏やかに浮かぶ雲。とてもうららかな午後のこと。

「あのですね、実は──」

「お断りします」

 早いよマギー。まだ何も言ってなーい。

「何企んでいるのか分かりませんが、どうせロクな事ではないでしょう?」

 うっ……図星。

「以前言った筈です。私はアティ様の為にしか貴女に協力しません」

 ですよね……知ってました。マギーはアティにしか興味ないって。


「でも……ニコラをこのまま放っておけないんだよ……」

 私が苦々しくそう呟くと、マギーは絶対零度の視線で私を射抜いてきた。

「だと思いましたけれど、拒否します」

 ズバッときたね。取りつく島もねぇ。いつもどおりかっ……


 ふと、マギーは窓の外へ視線を向け、庭で遊ぶアティを見て微かに微笑んだ。

 しかし、すぐに厳しい顔に戻って私を睨みつける。

「いい加減にした方がいいですよ。貴女、今自分がやろうとしている事がとんだ偽善だって分かっています?」

 えっぐい鋭利な言葉……私は喉を詰まらせる。

「例えニコラをあの父親から引き離したとして、どうするんです? カラマンリス邸に置きます?

 まぁそうするとして。貴女はこれから、何人の虐待被害者の子供に出会うんでしょうね? その度に屋敷に引き入れますか? 子供を殴る親がどれだけいると思っているんです? カラマンリス邸を孤児院にでもする気ですか?」

 マジでどぎついド正論。マギーは本当に容赦ない。ぐぅのも出ない。

「貴女一人ならいくらでもどうぞ。それで破滅したとしても私は全く構いません。

 しかし、アティ様がいるでしょう。貴女、アティ様とそこらの子供、どっちが大切なんですか? 他の子供にかまけて、アティ様をないがしろにする気ですか?」

「そんな事は──」

「したでしょう? 貴女、川で死にかけたの忘れたんですか? アティ様を残して他の子供の為に死ぬって、馬鹿なんですか? しかも、また同じ事をしようとするとかって。貴女にとってアティ様はその程度?

 どうやら私は、貴女を買いかぶり過ぎていたようですね」

 ちょっと待て。

「アティが大切なのは決まってんでしょうが」

 私を侮蔑の色を込めた目で見るマギーを真っすぐに見返した。

「比較すればアティの方が大切に決まってんでしょうが。

 そりゃ、川にアティと知らん子供がおぼれてたら、真っ先にアティ助けんに決まってるわ!

 で!? じゃあアティ助けたらおしまい、とか!? なるか!! もう一人の子供も助けんだよ!!

 それで確実に自分が死ぬって分かってたら、下手したら子供は見捨てるかもね!?

 でも、今は違う!!」

 そう強く言ったが、マギーの表情は変わらない。いっそう侮蔑ぶべつの色が濃くなったように見えた。

「で? 助けた後。貴女に面倒が見れますか? 助けた子供全ての面倒が見れますか? 面倒も見れないのに助けるのはただの自己満足なんじゃないですか?」

 そう嘲笑されたので

「この世の全ての子供を助けたいとか思ってねぇわ! 無理だし! 私は神様じゃねぇし! 見るモノ全てってのも無理なのは百も承知! だから選別するわ! 面倒見れる範囲までって線引きするわ! それが偽善だというのなら偽善者で結構!! 残念ながら私は自分の手の届く範囲でいっぱいいっぱいですからねェ!? 私には世界を変える力なんてねぇし!?

 でも! 私の偽善で一人助かれば、助かった子供がゼロよりマシだと思う自己満足ですがそれが何か問題がァ!?」

 勢いで言い切ったった。肩で息をする。

 そんな私を、マギーは呆れた顔で見ていた。そして、ふふっと笑う。

「とんだ欺瞞ぎまんですね」

 なにおう。

「でも、嫌いじゃないですよ」

 マギーが珍しく、眉を下げてほほ笑んでいた。

「綺麗ごと並べるだけなら誰にでもできますからね。そうだったらさっさと屋敷から叩き出しやるところですが。

 ……貴女は命をかけますからね。ホント、バカなんじゃないですか?」

 あはは、と笑うマギー。声出して笑う事あるんだ。レアー……

 少し笑って息をついたマギーは、キリっとしたいつもの顔に戻る。

「アティ様に絶対迷惑をかけない事が条件です。あとは……まぁ、ここで売った恩に利子付けて返していただければい結構です」

 え、何、利子って。何払わされんの?

「それに。やるなら徹底的にやる事。中途半端に終わらすなら私がニコラを父親の元に返しますからね。やりますよ? 私はアティ様以外、どうなろうと知った事ではないので」

「分かった」

「覚悟は?」

「ある」

 そう強く返事をすると、マギーがニヤリと笑った。

 その次の瞬間──


 コンコンコン


 ドアがノックされた。

 驚いて振り返る。誰だろう? しまった。声、外にガン漏れしてね??

 私は素早くマギーに目で合図する。マギーは小さく頷いた。

「どうぞ」

 ドアの方へとそう声をかけると、扉がゆっくりと開かれた。

 そこに立っていたのは


「面白いお話をなさっているようですね? 是非混ぜていただけないかしら?」


 メイドを引き連れた、アンドレウ夫人だった。


 ***


 アンドレウ夫人、そしてマギーとの密談が終わって部屋を出た後の事。

 なんだか屋敷の中がざわついている事に気がついた。


 パタパタと走るメイドさんを捕まえて、事情を聞く事にした。

 しかし、捕まえたメイドさんはゴニョゴニョと言葉を濁す。

 後ろに立つアンドレウ夫人が怖いのかな? それともマギー? 分かるよ、怖いよね。……まさか私がじゃないよね?

「何か、大変な事なのですか?」

 あくまで柔らかく、笑顔で遠回しに聞いてみる。

 すると、私から視線を外したメイドさんはエプロンをイジりながら小さく口を開いた。

「あの……お子様方のお姿が……」

 え? お子様方って、エリックやアティたちだよね? さっきまで庭でキャッキャウフフしてた筈だけど……

 あ、でも確かに。途中から密談に夢中だったし。最初は遊ぶ声が聞こえてたけど……どうかな?

 私は先ほどいた部屋の中へと戻って、そこの窓から庭を見下ろしてみた。

 確かに今は誰もいない。

「エリック様の子守や、護衛たちは?」

 私は再度部屋を出てメイドに確認してみたが

「すみません、私には……」

 メイドは困惑した顔でオロオロするばかりだった。

 ま、そうだわな。全部把握してるワケでもなし。

 私はお礼を伝えてメイドを解放した。


「またどこかを走り回っているのでしょう」

 アンドレウ夫人が、大きなため息をつきながらそう零す。

 ああ、いつもの事なのね。

 確かに。エリックがじっとしてるところなんてほとんど見た事ないね。

 ……でも、そんな目立つエリックが見つからないって、どういう事? 行く先々で騒ぎ起こしてそうだけどなぁ。

「じゃあ、私は散歩がてらアティとエリック様を探しに行きますね」

 私は密談の為縮こませていた身体を伸ばした。あー。最近またちょっと身体が鈍り気味だなぁ。また思いっきり身体動かしたいなぁ。

 エリックやゼノと一緒に訓練でもしよっかな。

「それでは、またに」

 アンドレウ夫人はそうサラリと挨拶すると、優雅な足取りで廊下を歩いて行ってしまった。


「それじゃあ、私たちも行きますか」

 私は、先ほどから黙って控えていたマギーに声をかける。

「……まさか、アンドレウ夫人を巻き込むとは……」

 マギーが呆れたと言わんばかりの第一声。

「違うやい。私が巻き込んだんじゃなくて、彼女が──」

 私がそう言い訳をしようとした時だった。


 バタバタという激しい足音。

 何かと思ってそちらに目をやると、サミュエルが走り寄ってくる姿が目に入った。

「セレーネ様!」

 珍しく慌ててる。どうしたのかな。

「サミュエル。どうし──」

「アティ様とご一緒ではないのですか?!」

 私がサミュエルに尋ねる前に、サミュエルから尋ねられてしまった。

 え、どういう事?

「てっきりアティ様やエリック様とご一緒かと……」

 サミュエルは私の後ろに控え立つマギーにも声をかけたが、マギーもフルフルと首を横に振った。

「そんな……じゃあどこに……」

 サミュエルが額を抑える。


 嫌な予感がした。


「どういう事です?」

 私はザワザワという予感を背中に感じながら、サミュエルを問いただした。

 サミュエルは周りに目を泳がせてから、大きなため息を一つ。

 そして口を開いた。


「アティ様とエリック様イリアス様もゼノ様も、姿が見えないのです」


 その言葉に、私は頭を殴られたかのような衝撃を感じた。

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