第108話 キャラの事を思い出した。
アンドレウ公爵様とレアンドロス様に、すぐにニコラの家に人を行かせて確認してくれとお願いした。
私の言葉にお二人も納得してくださり、すぐに二人の私兵を送って下さった。
その代わり、部屋にいろと厳命されたー。何度もしつこく言われたァー。
特にレアンドロス様にはぶっとい釘を脳天から何本もぶっ刺されたよ。
仕方ないね……前科があるからね……
私は大人しく、寝室で既に夢の彼方にまっしぐらのアティの頭を撫でながら、私兵の帰りを待った。
ツァニスは自分のベッドで本を読んでいる。
……寝ちまえばいいものをっ。私が部屋を抜け出さないように監視してんな? 信用ないな……正解だ!!
アティはこの騒ぎを知らず、スヤスヤとよく寝ている。ベッドサイドにはニコラが刺繍したハンカチが綺麗に折り畳まれて置かれていた。
今日はマギーが寝かしつけてくれた。きっと彼女が置いてくれたんだな。
アティの頭を撫でながら考えた。
ニコラの事を。
無事だと良いけれど……でも。
もしニコラは殴られていないとしても、父が母を恒久的に殴る家庭で育ったニコラの、精神衛生が心配過ぎる。
自分が殴られなくても、常に目の前で誰かが殴られる姿を見せつけられたら、心歪むわ。
どう歪むかは多分それぞれで、『必ずこうなります』とはないけど。
──ああ、そういえば。
何かで見たな。虐待を受けた事により、解離状態──解離性同一性障害、つまり多重人格を引き起こして、生活に支障が出たっていう話。
私自身はそういう人には出会った事はないけれど、ノンフィクションの本や創作系の物語とかではよく見たね。
例えば、そうそう。ゲームとかさ。アレには驚いたよなぁ。
だって、ゲームでサブキャラの代表の筈の女の子のサポートキャラが、実は男の娘で多重人格でしたー。しかも、隠し攻略対象でしたー、とかさ。予想外の変化球過ぎてドン引きしたわ!!
解離? 覚醒? 状態になった時は、人を人とも思えない超危険人物でさぁ。設定盛り過ぎ。
悪役令嬢が事故をワザと引き起こして主人公を害しようとした時に覚醒して、主人公を助けてくれて、かつ、勢い余って悪役令嬢を殺しちゃうんだよね。
アレはやりすぎ──
……あれ?
そういえば。
そのキャラの名前って、
確か……ニコラ……
……。
…………。
………………。
あーーーーーーーーー!!!
思い出しちゃった!
思い出しちゃったよ!!
ニコラ!
乙女ゲーム主人公のサポートキャラで、確か子爵令嬢になった時に、身の回りの世話をしてくれるっていう設定で、ゲーム開始直後に出会うキャラ!!
侍女のニコラはナイーブで大人しく、女の子女の子してて自己主張せず可愛らしく、なんちゃって貴族令嬢の主人公に尽くしてくれて、如何にも『ハイ! 乙女ゲームのサポートキャラです』って感じなのに!
実は男の娘で! 多重人格で! 覚醒状態の時はサイコパスかよってぐらい危険なヤツ!!!
実は侍女も解離した人格の一つで、本来のニコラは心の奥に眠ってて出てこなくて、トゥルーエンドの時にチラッと出てくるとかって!!!
設定盛り過ぎだし無理設定だろ男が女の子の侍女って! ってゲームにツッコミ入れてたアレやん!!
ニコラって結構ありふれた名前だったから、ゲームのキャラと紐づかなかった!
しかも、あの覚醒状態にパンチがあり過ぎて、もう、なんか、色々吹き飛んだアレね!!
しかも! アティ殺されるやーん!!
いや、待て私。
落ち着け私。大丈夫だ。アティが殺される恐れはない。
まず一つ目の理由。恐らく、ゲームの主人公は子爵令嬢にならない。私がシンデレラフラグをへし折ったから。
二つ目。そうなれば、ニコラは乙女ゲームの主人公の侍女にならない。なら、そもそも出会わない。
三つ目。アティはニコラが大好き。だから万が一再会しても、敵対しない。
四つ目。このニコラがあのニコラとは限らない。
そうだよ! そもそもあのニコラがゲームのニコラか分からないし!
だから大丈夫。大丈夫……大丈夫……だよね?
確かに本名はニコラじゃなくてニコラオスで──って設定だったけど、全然違う人間の事かもしれないしー? よくある名前だし!!
そうそう! よくある名前よくある名前!
仮の名前がニコラで本名ニコラオスで、虐待されてる男の娘なんてそんなにゴロゴロいてたまるかいッ!!!
……。
もし、ニコラが解離する程酷い虐待を受けてる、これから受けるとしたら……
ニコラ、ヤバイんじゃね?
生き残れはするみたいだけど、解離する程って……ヤバくね??
ああ、早く様子見しに行った私兵たち、帰ってこないかな。
予想が、外れてると良いな……
***
戻ってきた私兵たちの報告結果は『問題なし』だった。
そんなワケあるかい、と詰め寄ったけれど、私兵たちは首を横に振っただけだった。
「外から見たのでは少年の姿は確認できなかったので、直接訪問して確認してみましたよ」
私兵の一人がそう答える。ああ、ちゃんとそこまでやっててくれたんだ。
「最初に出て来たのは父親でしたが、息子を呼べと言ったら少年が出てきました。顔が少し腫れていましたが、本人から『階段から落ちただけですから』と言われてしまったんで」
ああ、やっぱりテンプレ回答。
「少年自身から『何も問題ありません』と言われてしまったら、引き下がるしかできませんでした」
私兵たちは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、ニコラが生きている事が確認できればそれでいいのです。ありがとうございます。お疲れ様でした」
私は丁寧にお礼を述べ、彼らに頭を下げた。
私兵たちがアンドレウ公爵などから慰労を受けて下がろうとした時、一人が何かにふと気づいて振り返る。
「あの子、短髪でしたっけ?」
私兵のその言葉を聞いて、背中にゾワッとした悪寒が走り抜けた。
その話、聞いた事がある。
ゲームで。
ニコラが隠し攻略対象だと知った時に、彼の口から語られた昔話の中にあった。
初めて解離の症状が出たのが、父親に髪を切り刻まれたからだったって。
私はその私兵に、確認の為に問いかける。
「……もしかして、その時のニコラは、酷く落ち着いていませんでしたか?」
すると一人がコクリと頷く。
「ええ。笑顔で『何もないですよ大丈夫です』と……」
彼のその言葉を聞いて、パズルのピースがパチリとハマった音が頭の中で響いた。
やっぱり、あのニコラはゲームに出てきた侍女兼隠し攻略対象のニコラだ。
そして、私兵と話をしたのは髪を切り刻まれて目覚めたもう一人の人格。
そのもう一人のニコラはヤバイヤツで、人を傷つける事自体はなんら抵抗がない。
そう、だって──
ゲーム開始時には、ニコラの父親は行方知らずになってて、母子家庭になってんだよ。
ある日突然消えた父親。
『でも、大丈夫。もうアイツは母さんもニコラもニコラオスも、傷つける事は出来ないから』
そう優しい笑顔で笑ったゲーム中のニコラに、薄寒さを感じたし。
あれってつまり、ニコラが父親を──
ダメじゃん!!!
アカンよアカンて!
乙女ゲームとしてもダメじゃんて思ったけど、そうじゃなくってもダメじゃん!!!
ゲームの中では、父親をアレコレした記憶は本当のニコラの人格にはないので、なんか良い感じの終わり方してたけど、よくよく考えるとヤバくねーっ?!
ホント! 出てこいゲームの脚本家っ!! お前の脳内一回見せてみろ!!!
どうしよう。
今すぐニコラが父親をあーだこーだはしないとしても。
もう解離してしまったとしたらヤバイぞ。
解離してる時は記憶が共有されないと聞くし、そうすると生活に支障が出始める。
何より、そんな状態のニコラを放っておくとか……
──でも。
私に何が出来る?
ニコラをあの父親から奪う?
そんな事許されるんか? 許されないわ。
この世界では、子供は親の所有物だ。子供個人の人格や人権を考慮された法律はまだない。その動きは見え始めているけど、まだ本格化してない。
親の了解がなければ、私はただの窃盗犯になってしまう。
だからといって。
心を壊して崩れていくニコラをこのまま放っておくの?
今のままならアティが殺される事は起こらなそうだから?
それで、私は、納得できんの?
──出来るわけなかろうがッ!!
今、私の近くに、目の届く範囲に心を壊した子供がいるってーのに!
見て見ぬふりしろってか?!
無理だ!
気づいてしまったら無視できん!!
今後ずっとニコラの事を心に引っ掛けたまま生きろって?!
精神衛生上悪すぎる!
私の自己満足かもしれない。
ニコラ自身に拒否されるかもしれない。
それでも
出来る事はしておきたい。
目の前で、ニコラが無事で良かった、母親の方も夫婦の問題だからと、口々に『終わった事』的な空気を出す公爵やツァニスの視線を笑顔でかわしながら。
私は、自分ができる事をひたすら考え続けた。
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