第102話 両親が迎えに来た。
ニコラッ……お、男の子だったの?!
いや確かに、本人に確認した事なかったけどさ! パッと見女の子に見えたから、女の子だと思い込んでた……
でもそうだよね。これぐらいの歳の子だと、まだ第二次性徴前後で、まだまだ身体にその特徴は出てない子もいるだろうし……
子供にわざわざ『男の子? 女の子?』なんて確認しねぇし。
あー。私もまだまだだなぁ。無意識の偏見って怖いなぁ。
そういえば。使用人たちが、ニコラのお風呂や着替えについて、頑なに人に見られたがらないと言ってきたのは小耳に挟んだけど……
私もそうだから、あまり変に感じてなかった。
そっか。そうなんだ。
だからだったのか……
ニコラが隠したかったのは、その性別だったんだ。
アンドレウ公爵家の使用人たちに、背中を押されて両親の前に出るニコラ。
その格好は──溺れた時に着ていた、赤いチュニックとハーフパンツだった。髪は後ろで一つに結んでいる。
最後だから可愛くしましょうと、アンドレウ夫人がメッチャ張り切って、ワンピースとかを色々準備してくれてたんだけど、ニコラは頑なに拒否したのでこの格好になった。
拒否した理由が──今なら分かる。
両親の前に出るのに、ワンピースを着るわけにはいかなかったんだ。
ニコラが、ニコラオスであり、男の子だから。
震える足でトボトボと歩き、両親の元へと歩いていくニコラ。彼女──彼は両親の元へと辿り着くが、俯いたまま彼らの顔を見ようとはしなかった。
それに焦れたのか、父親がニコラの腕を引っ張って、半ば強引に横に並ばせる。そして頭をガッと掴んで無理矢理下げさせた。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
強制されたニコラと同じぐらい、深く頭を下げるニコラの両親。
その行動に、思うところがないわけではなかったけれど、何も言わなかった。
「にこら! おとこだったのか?! お(↑)れ(↓)、おんなだとおもってたぞ!!」
エリックーーーーー!!!
イリアスが慌ててエリックの口を塞いだが間に合わず。
途端に空気がビシリと凍った。
大人はこの状況の空気を読んで誰一人口を開かなかったのに!! さすがエリック! そういうところ大好きだけど今は遠慮してて欲しかったァー!! ま、無理だよね?! 知ってた!!!
「にこら、おとこのこ?」
ツァニスに抱っこされていたアティも、首を傾げてニコラをマジマジと見ていた。
アティまで!!
抱っこしてたツァニスがアワアワとする。
しかし、アティはそれ以上は何も言わず、ただひたすら不思議そうな顔をしているだけだった。
レアンドロス様の横に立つゼノも、多分エリックやアティと同じ事を思っていたんだろう。ゼノは驚いた顔をした後、なんか分からんけどワタワタしていた。
あー。多分『男を女の子のように扱っちゃった!』って慌ててたんだろうなぁ。
そんな彼の背中をポンポンと叩き、落ち着かせるレアンドロス様。
イリアスといえば、エリックの口を塞ぎつつ、微妙な顔をしていた。彼の場合は『驚き』というより、なんか、悔しそう?
もしかして、男の子だと見抜けなかった事を悔しがってんの? イリアスの悔しがるポイント、分からないよ??
アンドレウ公爵夫妻は、最初こそ驚いた顔をしてはいたものの、それ以降は表情を崩さなくなった。さすが、公爵家は違うな。エリック以外。
マギーとサミュエルも、さすが。立場的にそうそう驚いてはいられないのだろう。今は何の感情も顔には浮かべていなかった。さすがプロやな。
子供達の様子で、ニコラの両親は何かを悟ったのだろう。特に父親の顔がみるみる間に真っ赤になっていく。
拳をギリリと握りしめて、しかし顔にはなんとか笑顔を貼り付けたまま、父親はまた頭を下げた。
「ウチの愚息がとんだお目汚しをしてしまいました! 申し訳ありません!! しかもそれにより、公爵様がたのお手を煩わせてしまったようで……顔向けできません」
……我慢しろ自分。今、私の大嫌いな言葉が使われたけど我慢だ。
「本当に、ウチのとんだ恥晒しで。お恥ずかしい限りです。母親の教育が行き届いていないからですね。本当にダメな母親です。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
……我慢だ自分。ヨシ。違うこと考えよう。アティが何色のリボンが合うのか、とか。そうだなー。青が一番似合ってたなー。でも青にも色々種類があるもんねー。瑠璃色も捨てがたいけど、群青もいいよねー。
「そろそろ分別のつく頃だというのに、母親が甘やかしてばかりで。このままでとんでもない大人にならぬよう、もっと厳しい教育が必要ですね。愚妻にも愚息にも。精進致します」
「教育が必要なのは、貴方にではないですか?」
あ!! つい口が滑った!!!
ゴメーン! 聞いてられなくって! 耳腐りそう☆
「セレーネ……」
横に立つツァニスが、ゲンナリという顔をしていた。
ゴメン、ツァニス。やっぱりこういう時黙ってられないんだわ。
「いかがいたしましたか?」
ニコラの父親が、笑顔を貼り付けたままの人形のような顔を私に向けてくる。
なので私も極上の微笑みで返して差し上げた。
「先程から妻や息子を卑下しておりますけれど、まるでご自身にはなんら非がない言い方に、違和感を感じてしまいまして。
家族ごと謙遜なさるのなら、まず真っ先にご自身を卑下なさるべきでは?」
本当は妻や息子を卑下すること自体大嫌いだけどな。
ただコイツはよ、ツァニスと違って自分は高みに置いたまま、妻や息子を
それ、ムカつく。
言い返してやると、父親の額にビシリと青筋が走ったのが見えた。あらやだ。怒った? ねぇ怒った? 図星刺されて怒ったの??
「確かに、そうですね。申し訳ありません。愚妻と愚息の不始末は私の責任です。申し訳ありませんでした」
いや、だからさ。そうじゃねぇんだって。全然自分を卑下してねぇじゃん。また愚妻と愚息って、私の大嫌いな言葉使ったし。舐めてんじゃねぇぞ。
私が更に言い募ろうと、口を開けた時だった。
両親の斜め後ろに立ったニコラが、目に涙を溜めた顔で、横に小さく首を振っていた。
私は、何も言わずに口を閉じる。
ニコラが嫌がってる。何も言わないでくれって。
ニコラ自身ににそうされたら、これ以上は何も言えない。
私が黙ると、彼は嬉しそうに口の端を持ち上げたムカつく。ニコラが嫌がらなきゃ心ボッキボキににへし折ってやるのにっ!!
ニコラに……あんな顔をさせる両親は……一体どんな奴らなんだよっ……
口を閉じた私を、ニコラは複雑な顔で見ていた。
「大変お世話になりました。これで、失礼させていただきます」
ニコラの両親が、その言葉と共に深々と頭を下げた。ニコラも合わせて頭をペコリと下げる。
頭を上げたニコラの父親は、その場で回れ右すると、ニコラの肩を小突いて歩くように促す。ニコラはゆるゆるとこちらに背を向けた。
扉から向こうへと出た瞬間、ニコラがふとこちらを振り返る。
その目には、何故か、最初に見せた諦めのような色が浮かんでいた。
嵐のような時間が終わった。
屋敷に残った人々がバラバラと解散していく。
私は名残惜しくて閉じられた玄関の扉を見ていたが、ツァニスに催促されて身を翻す。
ふと見ると、アンドレウ公爵夫人もその場に残っていた。
もの惜しげにニコラが消えて行った玄関のその向こうを、ジッと見つめていたのが印象的だった。
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