第100話 獅子伯の胸を借りた。
掴まれるか!
私はそのままその場にしゃがみ込む。そして、大木のような彼の足──膝に向かって蹴りを放った。
流石に膝を横から蹴られて、蹴られた足を浮かせるレアンドロス様。しかし、軸足ではなかった為バランスを崩すには至らない! マジで大木か何かなんですかっ?! その安定感は何なんですかっ?!
バランスを崩せれば追撃しようと思ったけど、無理だったので彼と反対側に大きく横に飛んで、そのまま転がって距離をとった。
「いい反応速度だ。今のは決まったと思ったぞ」
地面に手をついて睨め上げる私を、余裕の微笑みで見下ろすレアンドロス様。
「まるで樹齢数千年の木を切り倒そうとしている気分です。少しの攻撃ではびくともしない」
私は相手を挑発して、大振りになった所をカウンターで隙を突く戦い方だ。レアンドロス様では挑発に乗ってくれない。
それに、彼は私の戦い方を熟知していて、フェイントでワザと受け流させ、そこで出来た隙を追撃してくる。
だからといって、受け流そうと構えなければ、その攻撃がフェイントじゃない時は力で押し切られて、バランスを崩されて終わる。
このままでは勝てる気がしない。
楽しい。
新しい戦い方をレアンドロスに試せるって事だ。
私はゆっくり立ち上がると、腰に差していた短い模造刀を抜いて左手に逆手で持つ。
「二刀流?!」
ツァニスが驚きの声を上げた。
私は今まで攻撃を『受け流す』事を主体にしてカウンターで戦ってきた。しかしそれでは相手の攻撃を待つという受け身になる事が多い。
二刀流にして防御力を上げて、攻撃を受け止めつつ超近距離に無理矢理持ち込む!
「ほう」
レアンドロス様が眉毛を上げて楽しそうな顔をした。
「行きます!」
私は気合いの声を上げて地面を蹴った。
彼の直前で横──彼の剣を持つ側へと飛ぶ。
素早く模造刀を突き出して小手を狙った。
彼は手を引き刀身で受け、私の模造刀を弾き上げる。
レアンドロス様が脇が上がった私に向かって拳を振るってきたので、私は更に前に踏み込みソレをかわしつつ、彼の体の真横につけた。
そしてその空いた脇腹に、左手で持った短い模造刀を突き出す。
「ぐっ!」
獅子伯が珍しく声を上げる。模造刀の柄で私のを弾いた。
私は身を翻し一回転させて彼の背面まで回り込みつつ、彼の背中に右手の模造刀の柄の一撃を叩き込んだ。
しかし! まるで分厚いゴムを叩いたかのような手応え! 全然効いてる気がしない!!
レアンドロス様もそんな隙をいつまでも見せていてはくれない。半身を返して一歩引き、横薙ぎの一撃を放ってきた。
私は両手の模造刀でそれを受け止める。フェイントではない重い一撃! 片手では受けきれないが両手なら止められた!
力で押し切ろうと、レアンドロス様が剣先に力を込めた瞬間を見逃さず、重心をズラして力を上へと流す。
私はレアンドロス様の懐の中に飛び込んだ。
「っ……」
レアンドロス様が息を呑んだ音がした。
彼は反射的に左手で自分の首と顎を守る。
いつも通りのトドメを刺しに行くと思ったでしょ?!
私は右手に持った剣を捨てて彼の肩に両手をかける。
馬跳びの要領でジャンプして、彼の首に両足を絡ませた。
「せいや!!!」
私は瞬間的に彼の顔間近まで上半身を縮ませた後、ブリッジの要領で斜め後ろへと思いっきり身体を逸らした。
「ぐぅ!!」
私の全体重をかけた足による首投げに、レアンドロス様の身体が横へと薙ぎ倒される。
しかし受け身が取れる彼は、剣を手放して上手くコロリと地面を転がった。
先に地面に着地していた私は、地面に倒れ込むレアンドロス様の首に、左手の模造刀を突き出した。
彼の首の横の地面に、模造刀が当たる。勿論、わざとズラしたからだ。模造刀でも首に当たれば危ない。
「参った」
呆れ顔のレアンドロス様が、私の左手をポンポンと叩いて降参した。
か……勝てた!
なんか、剣での戦いとは言い難いけど……勝てた!
私は立ち上がってレアンドロス様に手を差し伸べる。彼も私の手を取りながらよっこいせと起き上がった。
「まさか俺が、誰かに地面に転がされる日が来るとはな」
「いえ、手加減していただいたお陰です。殴れる隙や、剣で押し切る力はあったのに、それはなさらなかった」
彼ならもっと力で押す攻撃が出来ただろう。でも今回はあまりそれをしてこなかった。
わたしに怪我をさせないようにする配慮だろう。私は全力だったけどな。
「セレーネ殿には本当に驚かされる。確かに攻撃の鋭さは減ったが、それは鍛錬し直せばすぐに取り戻せる。
いやはや、不利を悟るとその場で戦い方を変える柔軟性、本当に
そこまで言って、レアンドロス様は慌てて口を閉じた。
「レアンドロス様の『勿体ない』は純粋な褒め言葉なのでありがたく受け取りますよ」
耳にタコが出来るほど聞かされた、あんまり好きな言葉じゃないけど、彼の言う言葉は好きだな。
「また次も是非、胸を貸してください」
「こちらこそ、喜んで」
私とレアンドロス様は、硬く手を握り合った。
額から溢れる汗を腕で拭って地面に落ちた模造刀を拾う。
その瞬間、思い出して観戦者達の方を見てみた。
ツァニスとゼノとエリックと、いつの間にか来ていたサミュエルが、口をあんぐり開けたまま固まっていた。
イリアスが一人小さく拍手をしている。
「なるほど。体重差がある時の投げは、相手が一番バランスの取りにくい首辺りを固定し、全体重を乗せるんだね。勉強になるなぁ」
おおう、イリアス。私がレアンドロス様を投げられた原理を即座に見抜いたな。
そう。あれぐらいしないと、体が重く重心も低いレアンドロス様を投げ飛ばすことなんて出来やしない。
「回転しながらの攻撃は、遠心力をつける為?」
「そう。腕力では限界がありますから。これは実は手足が長い方がより威力が上がります。イリアスにも向いている戦い方だと思いますよ」
「二刀流か……力がいらないなら僕にも……文献ないかな……」
そうブツブツ考え込み始めた。
「だんちょう……しゅごい……」
近寄って行った私の顔を見上げつつ、エリックがフルフルと小刻みに身体を震わせてる。
『しゅごい』って。可愛いすぎかよ。あまりの興奮に口が回ってないぞエリック。
「違いますよエリック様。私が凄いのではなく、戦いとして成立させるために、私のレベルまで落としてくれたレアンドロス様の力量が──」
そう言いつつ、彼の目線に合わせようとしゃがもうとした瞬間だった。
思いっきり抱きついてきたエリックのデコが、私の顎にクリーンヒットした。
星飛んだ!! 星飛んだよ痛い!!!
完全に予想外で、私は顎を押さえて後ろへと倒れ込む。
その身体に馬乗りになったエリックが、私の顔をキラッキラした顔で覗き込んできた。
「だんちょうはやっぱりだんちょうなんだぁ……」
意味分かんないッ……! 痛いし! 重いよ!!
「エリック。女性に馬乗りになるのは十数年早いよ」
イリアスがエリックの身体を抱き上げてどかしてくれる。
すると、そこに伸びてきた手はゼノの手だった。
「セレーネ様……」
彼は目元を潤ませていた。
「叔父上に……勝てるなんて……」
声まで震えてるよゼノ。そんなに衝撃展開だったのかな?
彼の手を掴みながら、私は上半身を起こした。
「レアンドロス様が手加減してくださいましたから。でも、戦い方によっては、自分より強い相手を翻弄する事も出来るのです」
私がそう返事をすると、彼は唇を噛み締めてコクコクと頷いた。
口で言ってもなかなか理解しにくいけどさ。
今回のコレを見て、実感してくれたなら嬉しいな。
我を忘れて見入っていたツァニスが、ハッと我に返って私の顔を見上げてきた。
そして──複雑そうな顔をする。
「素晴らしい戦いだった。セレーネもセルギオスに負けない程の物凄い技能の持ち主だったのだな。
ただ──」
ツァニスは言い難そうに一度口元を触る。
「その──」
なんだよ。何が言いたいんだよ。
次第に、ツァニスの顔が赤くになっていく。
なんで?! 何!? 何なのツァニス!
「変な気分になった」
「あ、分かります……私もです」
ツァニスの言葉に、下唇を噛んでいつの間にか俯いていたサミュエルまで、顔を赤くしてツァニスの言葉に同意した。
首を傾げる、子供達と私と獅子伯。
ツァニスが、チラリとサミュエルを見て顎をしゃくった。
サミュエルが『ええ?! 俺が?!』という顔をする。
「何なのです、二人とも」
私は焦れて二人を問いただす。
すると、言いにくそうに口をモニョらせたサミュエルが、渋々口を開いた。
「なんだか、二人の前戯を見せられてる気分になりました」
「はぁぁぁぁぁッ?!!」
サミュエルの意味不明な発言に、私は全力でツッコミを入れてしまった。
「ぜんぎ?」
「エリック。忘れなさい」
エリックのピュアな質問に、イリアスがピシャリと言い放った。
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