第99話 身体を動かす事にした。
改めて、エリックとイリアスに連れられて庭へと出た。
死にかけてから数日経っていたので、もう止められる事はなかった。
いや、正確に言うと『止めても無駄でしょう』と、マギーとサミュエルに呆れられた挙句、放置されてるだけだけどね。
エリックに手をグイグイ引っ張れた先には、汗だくのツァニスと涼しい顔をしたレアンドロス様、そして芝生の上に伸びたゼノと、木陰で将棋盤を前に難しい顔をしたサミュエルがいた。
私に気がついたレアンドロス様が
「セレーネ殿。もういいのか」
腰に模造刀を差し、腕組みして転がったゼノの横に立ちながら私に声をかけてくる。
肩で息をするツァニスがその声で気づいて私を見た。
「はい。もうすっかり。それに、身体を動かさない方が調子が出ませんから」
ここ暫くは筋トレもサミュエルとマギーに禁止されてたからなぁ。身体が鈍って仕方ない。
みんなの元に辿り着いた私は、早速身体をほぐす。
「今何をなさってたんですか?」
まぁ、何となく分かるけど。
「たーにすと! ぜのが! だーってれおにむかってった! れおすごいんだぞ!!」
ツァニス、な。まだ言えないんかエリック。
れお、がレアンドロス様だから──うん。レアンドロス様が凄かったって事しか伝わらないね!
なるほど、それを見せたくて連れてきてくれたのね、エリックは。
「ゼノとツァニス様をタッグを組ませ、俺と
そう豪快に笑う獅子伯。日差しにより汗はかいてるものの、息一つ乱れてない。
対してツァニスとゼノはグッタリだ。
うーん。イメージ出来るわー。
多分連携取れなくてお互いに足を引っ張りあってしまったんだろうなぁ。
まぁ初めてなら仕方ない。
エリックは、キラッキラした目でレアンドロス様を見上げている。
「お(↑)れ(↓)! れおになる!!」
お前もかエリック!!
みんなして私を見限っていくな!!
もう巣立ちの時期なの?! 早くなーい?! 寂しい!! もうちょっとベッタリでいて欲しかった!
仕方ないって分かってるけど寂しいよ!!
「レアンドロス様。お疲れではないのであれば、次は私とお願い出来ますか?」
私は皮の手袋をして、転がったゼノの手元から短い模造刀を拾って腰のベルトに差し、そして、ツァニスの手元にあった普通の模造刀を拾い上げた。
「セレーネ……?!」
ツァニスが信じられないといった顔をする。
対してレアンドロス様はニヤリと楽しそうに笑った。
「それは面白い」
つまり、OKという事か。
私と獅子伯はお互い、ゼノとツァニスのいる場所から自然と距離を取る。
私は喜びに手が震えた。
この国トップクラスの強さを誇ると言うレアンドロス様と剣を交えられるなんて。
こんなに嬉しい事はない。
「セレーネ、お前がそこそこ出来るとは聞いているが、サミュエル相手とは訳が違うのだぞ?」
ツァニスが険しい顔をして私を止める。
あ、そうか。ツァニスは私が女の姿で戦っているのを見た事がないんだな。サミュエルの足をキメてる時ぐらいか?
この模造刀も打ち合い練習用で木よりも柔らかい物で造られてるとはいえ、もちろん当たれば痛い。だから心配してくれてんのかな。
違うようツァニス。この震えは恐怖じゃない。期待の武者振るいだよ。震えるほど楽しみなんだ。
「勿論。だからです。レアンドロス様程の人であれば、私が教えを乞う側です。是非、その伝説の太刀筋を受けてみたい」
私が、普通の模造刀を右手に持ってレアンドロス様と対峙する。
獅子伯は同じように喜びを目に浮かべて、私を真っ直ぐに見返した。
「だんちょうもたたかうのか……?」
私たちの間にタタタッと走り寄ってきたエリックが、目をまん丸にして私とレアンドロス様を交互に見上げる。
「ええ。見ててください。なんとか善戦してみせます」
そう力強く返事をすると、拳を握りしめたエリックは『ふぉぉぉぉ』という、変な声を上げながら震えた。何、その雄叫び。
そんな私たちを見下ろした獅子伯は、少し難しい顔をして
「俺は構わないが、セレーネ殿は本気を出せないのではないか?」
意味深にそう呟いてチラリとツァニスを見る。
──ああしまった! そうか! ツァニスがいる前で剣術大会の時のセルギオスと同じ戦い方したらバレるやーん!!
ええでも! こんなチャンス二度と来ないって!!
ええとどうしよう!!
「ツァニス様!!」
私は意気込んで夫に声をかける。
「私は兄のセルギオスと同じ戦い方をします! これはベッサリオン家に伝わる伝統の戦い方なのです!!」
嘘だけどな!!!
「さすが、歴史深いベッサリオン領。他領と交わらない事で逆にその文化を今に伝える貴重な場所ですし。僕も勉強させてもらいます」
意外なところからその声が飛んだ。
声で分かる。イリアスだ。
振り返ると、上半身を起こしたゼノに水筒からの水を飲ませていたイリアスが、こっちに向かってニッコリと笑っていた。
イリアス、ナイスアシスト!
私が正体を隠したいのを汲み取ってくれたね?! なんて賢い子!!
私が彼にそっとウィンクすると、イリアスが少し照れた顔をした。
「エリック。危ないからこっちで見ていよう」
イリアスは照れ隠しのように、私からサッと視線を外してタタッとこちらに走り寄り、エリックを
「ああ確かに。ベッサリオンの戦い方はイリアス様にも合うかもしれん」
レアンドロス様もそれに乗ってくれた。
ツァニスが『なるほど』という顔をして、転がるゼノの横に座った。
よし騙されてくれた! ツァニスのそういう聞く耳持ってくれてるところ好きよ!!
これで、思いっきり戦える。
私は改めてレアンドロス様の前に立ち、そして模造刀を構えた。
「本当だ……セルギオスに似ているな」
ツァニスがそう感嘆の声を漏らす。本人や。
剣で正面切ってガッツリ戦うのは久しぶりだ。油断していたらすぐ負ける。
私は、模造刀を片手にダラリと下げて、こちらに身体正面を向けるレアンドロス様と対峙した。
「はじめ!」
ツァニスが開始の合図の声を上げたが──
ヤバイ、打ち込む隙がねぇ……
片手で剣を持たれると、そのリーチの長さが遺憾無く発揮されて、自分の
なんとか懐に飛び込んだ所で、空いた拳が飛んでくる。
相手が鎧でも着ていたら、こっちは体の軽さでなんとか隙を見つけられるけど、今回は装備に差がない。向こうも素早い筈。
どうしたもんか……
ヤバイ、楽しい!!
私は隙を生み出す為にレアンドロス様の左脇を狙って突きを放つ。
レアンドロス様が身体を引いたので追撃。しかし、彼は身を捻ってかわすだけ。
チッ。剣を出させたかったケド無理か!
私は再度深く踏み込んで、突き出した模造刀を下から上へと振り上げる。レアンドロス様が上半身を反らしてかわした為、私は剣の勢いのまま身体を一回転させ、模造刀を両手で持って上から斜め下──レアンドロス様の胸目掛けて振り下ろす。
しかし、彼は模造刀の柄で私の一撃を弾いた。
「いつぞやのキレがないな。腕が鈍ってるぞ」
獅子伯がニヤリと笑って追撃してくる。片腕で軽く──しかし鋭い一撃で改めて私が持った模造刀を、強く弾いた。
重ッ!! 手が痺れた! 軽く振ってるように見えるのに鋭くて重い!! 何だこれマジかっ!!
私は一度後ろに大きくステップして距離を取──ろうとしたら、レアンドロス様が大きく一歩踏み出して追撃してきた! 隙を突かれた!!
彼が模造刀を上から振り下ろしてくる。
両手で持った模造刀で受けつつ、その重心をズラして流そうとしたが──違う! これ牽制だ! 当たりが軽すぎる!!
思った通り、レアンドロス様は力を流されず、すぐさま腕を振り直し、今度は腰の入った横薙ぎの一撃を放ってきた!
ダメだコレは受けたらダメージ喰らう奴!
私はレアンドロス様の一撃を受け止めようとするのではなく、逆に彼の模造刀に向かって自分の剣を打ち当てた。
手が痺れる!! しかし、完全に振り切られる前に弾けたのでまだマシィ!
彼の模造刀を弾いたせいで完全に彼に対して身体を横に向けてしまい、隙だらけの私。
横目にレアンドロス様の空いた腕が伸びてくるのが見えた。
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