第98話 少女と仲良くなった。

 思った以上に、ニコラとアティは仲良くなった。

 仲良くなった、というか。

 アティはすっかりニコラの虜になっていた。


 比較的控え目なニコラだったけれど、その技能は多彩だった。

 編み物も上手いし、絵も上手、ピアノが弾けて髪の編み込みや服のコーディネート、アクセサリーの選び方など、私が生まれながらに持ち合わせていない才能の宝庫。

 母の株ガタ落ちッ……


 歳を聞いたら十歳だった。

 思ってたより上だったなぁ。身体小さいし細いから、てっきりもう少し下だと思ってたけれど。

 でもさ……世の中不公平っ……たった十歳でこんなにも沢山の才能を持ち合わせているなんてっ! 凄すぎやしませんかね?! 乙女ゲームの世界だから!? イリアスといい彼女といい! 幼くしてその溢れんばかりの才能を持て余してる人間ばっかり! 大人はダメさが目立つ人間が多いのにっ!! 勿論! 私を含めてなっ!!


 でも、願ったり叶ったり。

 私にはどう頑張っても上手く教えられない事を、ニコラがアティに次々に伝えていってくれた。

 数日も経ったら、ニコラ様々になった。

 ホント、私もアティと一緒になってニコラに教えてもらったよ。

 アンドレウ公爵夫人も、若干前のめり気味にニコラの話に耳を傾けていた。


「それでね、アティはプラチナブランドの髪でしょう? 色素が薄いから鮮やかな色のリボンの方が映えるんだよ。瞳が菫色ヴァイオレットだから、赤系でも青系でもどっちでも似合うよ? でも、黄色系はちょっと相性が悪いかな」

 アティの髪を梳かし終わったニコラが、青と赤と黄色のリボンを三つアティの顔の横に並べてくれた。

 なるほど。こうしてもらえると理解できる。更に理由まで解説してもらえると、次にアティのドレスを選ぶ時とかに超絶参考に出来る。めっっっっっちゃありがたい。

 マギーなんてメモ取りながら聞いてる。

「でね? こうしてリボンを一緒に編み込むと──」

 青いリボンを手にしたニコラが、アティの髪をスルスルと編み込んでいき、ハーフアップにする。

「フワフワの雰囲気のアティも可愛いけど、こうすると少し引き締まって見えて、キリッとするでしょ?」

 編み終わった髪をアティに見せるために、合わせ鏡をしてあげるニコラ。

 手鏡の方を持ったアティの手が、震えてた。『ふぁぁぁ』と感嘆の声を漏らし、目からは絶えずキラキラと音が聞こえてきそうなぐらい星をこぼれ落としていた。

「アティっ……素敵すぎるッ……!」

 私も新しい女神様アティの爆誕に打ち震えた。

 やだ、この子ニコラは美の女神様か何かなの? ビーナス的な方が現世に降臨なさってきたのっ?!


 ヤバイ!

 私、着せ替え人形的な遊びには全く全然これっぽっちも今まで興味がなかったんだけど、それは今日まで!

 アティに色々もっと可愛くなってもらいたいっ!! 勿論さ、アティが受け入れてくれる範囲でだけどさっ!!

 アンドレウ公爵夫人が、アティを見ながら『娘も欲しいわね』なんてこぼしたのがおかしかった。まぁ、着せ替え人形をしたい為だけに娘を欲しがるなら止めたいけど、あんまりそっちには口出ししたくない。

 それに、妹ができたエリックも見てみたい。そりゃもうベロベロに可愛がりそうな気がするんだよね。今のエリックならね。


「ただ、あまり鮮やかすぎると、リボンとかの色の方が目立って、折角のアティの可愛さが霞んじゃうから、全体に使うなら少し抑え気味の色にするか、アクセント的にした方がいいよ」

 持ってきたワンピースの中から、パステルブルーのものを出してきて、アティの肩に合わせてあげるニコラ。

 何この天才。何この芸術の女神。何この──ええと、賛辞が浮かばない。そこらへんにある賛辞なんて陳腐よ。もっとニコラを褒め称える言葉が欲しい!

 頑張って色々言葉を探すが

「ニコラは天才なのですね」

 凡庸ぼんような褒め言葉しか出てこなかった口惜しいッ!!


 しかし、そんな言葉にすら驚くニコラ。

「そんな……こんなの、全然です……」

 少しはにかみながらも、それでも自分を卑下するニコラ。

 なので私は身を乗り出してグイっとニコラに顔を寄せた。

「凄い事ですよ! 素晴らしい才能です! そう思いませんか?!」

 ニコラの言葉を否定しつつ、私はマギーやアティ、そしてアンドレウ公爵夫人に同意を求める。

 マギーやアンドレウ公爵夫人はコックリと大きく頷いた。アティに至ってはずっと『すごいねぇ、すごいねぇ』と呪文よろしく呟いている。

「確かに、貴女の持つものは他の人も持っているかもしれません。しかし、貴女程の若さで既にここまでの感性が開花しているのは珍しい事だと思います。貴女はこれからなのです。更に伸びるポテンシャルがあるという事です」

 アンドレウ公爵夫人が、少し興奮した口調でそう被せてきた。

 以前、絵画について語っていた時、彼女は『まだ売れてない若い素晴らしい画家を発掘するのが楽しいの』とコロコロと笑っていたし。多分今『見つけちゃった』という気持ちなんだろうな。

 分かる。分かるよ。山菜の群生地見つけた時とかと同じような興奮だよね? あれ? 違う??


「せっかくですから、私のアクセサリとドレスの合わせも見ていただきたいのですが」

 なんだかウッキウキした顔になったアンドレウ公爵夫人は、スクリと立ち上がってニコラを催促する。

 突然そんな事を言われて戸惑うニコラは、困った顔で私を見て来た。

「是非お願いします」

 私がそう返事をすると

「私でよければ……」

 メッチャ恥ずかしそうにだったけど、嬉しそうに微笑んでニコラはそう頷いた。

「あてぃもいく」

 完全にニコラのファンとなったアティも椅子から飛び降りると、メッチャ自然にニコラと手を繋いだ。繋がれたニコラの方がビックリして肩を震わせる。

 アティ、いいよ! グイグイ行くその感じ!! 母はたまりませんっ!!! でもちょっと羨ましいィ!!!


 私も同行しようと腰を浮かした時だった。

「だんちょうっ!!!」

 部屋の扉がバタンと開かれ、エリックが駆け込んできた。

 ほっぺたが真っ赤。汗だく。頭に葉っぱついてるぞ。

「エリック。ドアはノックしてから開くのですよ」

 さっきまで浮足立っていたアンドレウ公爵夫人が、興奮したエリックにピシャリと厳しい声を飛ばす。

 途端シュンとしたエリックは、少し拗ねたように口を尖らせた。

 追いついてきたイリアスもバツの悪そうな顔をした。アンドレウ公爵夫人の鋭い目が、イリアスにも突き刺さる。

 場の空気を変える為に、私はアンドレウ公爵夫人とエリックの間に割って入る。そして、かがんでエリックと視線を合わせた。

「エリック様。部屋の中では何が行われているか分かりません。もしかしたら、アティがお着替えしているかもしれませんよね? もしそうだったとしたらどうでしょうか?」

 私は、不貞腐れたような顔をするエリックを、真っすぐに見て問いかける。

 エリックは『そうか!!』という天啓を受けたかのような表情をした。

「だめだ!」

「そうですよね。じゃあ、その場合どうするのが良いでしょうか?」

「のっくする!」

「そうですね。でも、それだけじゃあ足りない気がしませんか?」

「???」

 私の問いかけに、首をかしげるエリック。

「ノックして、扉を開けて良いのか聞くのです。『エリックです。開けていいですか?』と。部屋の中の人が『いいですよ』と許可を出して初めて扉を開けて良いのです」

「そうか! わかった!!」

 ホントかよ。返事が軽くて心配だよ。

「じゃあ、一回練習してみましょうか」

「うん!!」

 私の言葉と共に、廊下に出て勢いよくドアを閉めるエリック。ドアは静かに閉める! と言いたいけど、ここで二つの事を同時にさせるのはまぁ無理だな。だからそっちの指摘は今度にしよう。

 閉められたドアが、今度は壊れそうな勢いでガンガンとノックされた。

 強い……強いよエリック……ドアぶち破る気か。

「えりっくです! あけていいですか!?」

「はい、どうぞ」

 若干、私の返事と被り気味にドア開いたけど……まぁ、ヨシとしましょうかね。

「やれば出来るではないですかエリック様! 凄いですよ! こちらの返事を聞き終えてからドアを開けると、更に完璧になりますね」

 そう褒めたたえると、ドアの向うから顔を覗かせたエリックが、これ以上ないという程ドヤ顔をしてみせた。

「しかし……どうですか? エリック様だけだと、少し難しいでしょうかね……次からはエリック様だけで出来ますか?」

 私がそう挑戦的に尋ねると、鼻の孔を広げたエリックが

「できる!!!」

 そう強く返事をした。

 ま、すぐには出来ないと思うけどね。でも、時々は思い出してくれるでしょ。


 そのやり取りを見ていたアンドレウ公爵夫人が

「……やりますわね」

 そう、ポツリと感嘆の声を漏らしたのを、聞き逃さなかった。

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