第97話 誠意を見せた。
夜になると、慌てた様子のツァニスとアンドレウ公爵が帰宅した。
川での一件の事を、アンドレウ公爵家の使用人が報告しに行っていたのだ。
その頃には立てるほどまでは回復していた私の姿を見て、ツァニスはホッとした顔をするのと同時に、少し複雑そうな表情をした。
多分んんんっ……私の隣に、レアンドロス様が立っていたからだろうなぁ……
舞踏会の時以来、私の口から獅子伯の名前が出る度に、ツァニスは苦々しい顔をするから。
アンドレウ公爵とレアンドロス様は仲が良いのか、ハグしてた。
しかしツァニスとは握手のみ。ツァニスからレアンドロス様の名前ってほぼ聞いた事ないからなぁ。今まであんまり接点は無かったんだろうな。
お互い名前を知ってて、仕事上で間接的に付き合いがあったレベルなんじゃないのかな。
「その節はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。ゼノが世話になっております」
そんな言葉を交わすツァニスとレアンドロス様。
……正直私は、なんかシュールな物を見せられている気分になった。
「修羅場」
イリアスがなんだか嬉しそうな顔をしてそう呟く。何ソレ。なんでそんなに朗らかに笑ってるの? この場面からどうやって楽しさを感じられるの?
その日の就寝時間の事。
別荘の客間で、私はいつも通りアティを寝かしつけていた。
私とツァニスは当然同じ部屋だったが、アティも一緒の部屋にしてもらって、アティは私のベッドで一緒に寝ていた。
今日も一日たくさん遊んで疲れたアティは、寝る前のお話の導入部分の段階でグッスリ寝入ってしまった。
私も今日は疲れた。死にかけたし。
身体が鉛のように重かった為、私もすぐに瞼が重くなった。
いつも通りアティの頭皮の匂いを嗅ぎながら、眠るか眠らないかの微睡みの中にいたら──
ベッドがギシリと軋んだ事に目を覚ました。
驚いて目を開けると、目の前にツァニスの顔があった。
「っ──」
声を上げそうになったが、アティを起こしたくなくて我慢する。
「どうなさったんですか?」
アティを挟んで反対側に寝そべるツァニスに、私は限界まで声を落として問いかける。
「別に。寝るだけだ」
そう、そっけなく返事をするツァニス。オイコラ。こっちは私のベッドじゃ。お前のベッドは隣だろうが。
「アティと一緒に、ですか?」
「違う。家族と一緒に、だ」
私の質問をそう否定するツァニス。
その返事を聞いて──少し、くすぐったい感じがした。
ツァニスがアティと一緒に寝る日が来るなんて。アティ、起きてたら興奮して寝られなくなってただろうな。
朝起きてビックリするかな。早くその顔が見たいな。
「……なんだ」
憮然とした顔をするツァニス。
「いえ。なんでも。でも、大丈夫ですか? 寝入ったアティは寝相が芸術的ですよ?」
よく遊ぶようになったアティの寝相は凄いぞ。ベッドから落ちそうになるのは日常茶飯事だし、回転するし、顔に腕が降ってきたり腹蹴られたりするし、『それってもはや寝返りというレベルじゃないよね』という程モゾモゾ動くからね。
「構わない」
そう、柔らかに微笑むツァニス。
──なんか、彼も変わったよね。こんなに穏やかに笑うようになったんだから。
ちょっと前までは、不機嫌そうな顔ばっかりだったのに。
感慨深くて彼の顔を見つめてしまう。
彼も私の顔をジッと見つめていた。
すると、彼の顔がゆっくりと近づいて──きたので、思わずその口を手で塞いでしまった。
「……何をする」
口を塞いだ手をどかして眉根を寄せるツァニス。
「すみません、つい」
反射的に。
「……こんな日ですら、妻にキスもさせてはくれないのか」
ツァニスはゲンナリという顔をした。
「こんな日?」
前日も、前々日も私はここで一緒にアティと寝てるのに? 昨日までと何が違うの?
私は思い当たらず小さく首を捻る。
すると、大きなため息を一つつくツァニス。
その息に、アティはくすぐったそうに身じろぎした。
起こしてしまったかと、私とツァニスは息を潜める。
寝返りを打ったアティは、ツァニスの胸に顔を埋めた。なんかモニュモニュ言ってる可愛いっ。
そんなアティの頭を、ツァニスは優しく撫でた。
「……今日、セレーネは死にかけたんだろう?」
ああ、そういえばそうだったね。そんな事もあったあった。
「知らせを聞いて驚いた。急いで帰って来たんだぞ」
そうだね。帰宅した時のツァニスは焦りが顔に出ていたよ。
「しかも、メルクーリ辺境伯に助けられたそうだな」
うわ、そこまで伝えられてたんだ。気まずっ。
「……本当は、その場ですぐ抱きしめたかった」
「人前でそれはちょっと」
「だろうと思って我慢した」
それはありがとう。
「死ぬほど心配した……」
そう呟いたツァニスの腕が伸びて来て、私の肩にかけられる。間にいるアティを潰さない程度に抱き寄せられた。
「……心配をかけてごめんなさい」
そう、素直に謝った。彼にも心配をかけてしまったのは事実だから。
ここに来て、レアンドロス様の言葉が
私が死んだら、遺してしまうのはアティだけじゃない。ツァニスもだ。
ツァニスは妻を二人も失う事になってしまう。それは流石に──可哀想だ。
「……謝罪の気持ちは、言葉以外で示してほしい」
少し拗ねたような顔をしたツァニスが、そうボソリと漏らす。
おうっ……そう来るか。
まぁ、この場合は……そうだね。言葉以外の誠意の示し方も、あるね。
それに、別に……嫌じゃないし。
私は、彼の顎にそっと手を添えて引き寄せる。
期待した眼差しの彼の唇に、そっと自分のを寄せた。
「……触れただけ……」
すぐ離れた私の顔を、妬ましく見送るツァニス。
「心配かけてごめんなさい」
間近にある彼の目を見つめながらそう返すと
「……
拗ねた顔にほんのり照れを混ぜたような、複雑な表情をしていた。
***
ツァニスが一緒に寝た翌日。
目覚めたアティは真横に父親がいて──固まっていた。
目をまん丸に見開いて、ビシリと硬直するアティ。可愛いを通り越して尊い。どんだけビックリしたのさ。
そのうちフヨフヨと段々顔を歪め、次第には泣きだしてしまった。
その声に起きたツァニスは、目の前でアティが泣いていて、こっちもメッチャ驚いていた。
私がアティの頭を優しく撫でながら
「嬉しかったんだよね?」
そう尋ねてみると、顔を真っ赤にしてベソベソ泣くアティは、頑張ってコクコクと頷いていた。感極まって泣いちゃったんだよね。嬉しかったんだよね、アティ。
「そうか」
そうポツリと呟き、泣きべそアティの頭を優しく撫でるツァニスの顔は、とても愛おし気な顔をしていた。
その日以降。
うって変わって、ツァニスはレアンドロス様とよく喋っているのを見かけるようになった。
出会った当初のあの妙にピリピリした空気は何だったんだ……
まあ、仲良くなってくれる事自体は、とても良い事だけどね。
私なんてよ。暫くの間ずっと、眠ると川で溺れた悪夢を見てあんま寝れてなくて、気持ちガッツリ沈み気味だっつーのに。ツァニスのはしゃぎっぷりに、ちょっとだけイラっといした。完全八つ当たり。ゴメン。態度には出さないように頑張るわ。
アンドレウ公爵もツァニスも、レアンドロス様もそれぞれ仕事をしていたり、打ち合わせをしていたりもしたけれど。
特にツァニスとレアンドロス様は、エリック、ゼノ、イリアスに剣の稽古を率先してやってくれていた。
イリアスはあまり体力がないので見学している事も多かったけどね。
アティも、模造刀を抱きしめて自分も参加すると乱入する事もしばしば。
最初は困っていた二人だったが、アティのヤル気を削ぎたくないという私からの意見で、二人はアティにも教えてくれる事になった。
本当は私も参加したかったんだけど、「死にかけたのを忘れたんですか」とマギーに突っ込まれて、渋々見学だけに留めておく事にした。ちくしょう。
他の子供たちと一緒にはしゃげないイリアスが、笑顔の奥に黒い気持ちをフツフツとさせていたので、レアンドロス様にお願いしてイリアスに進言してもらう事にした。
快く応じてくれるレアンドロス様。
彼はイリアスに対して
「体力だけが戦いではない。戦いには軍師が必要だ。大局を見て、こちらの被害を最小限に、そして迅速に戦いを終わらせる事こそが、軍師に求められるスキルだ」
そう言ってくれた。
その後は、イリアスはずっとサミュエルと将棋をしていた。
最初はその頭の良さを生かして、自分の駒を犠牲にしまくって速攻で勝っていたイリアスだったが、そのうち、いかにして手駒を減らさず相手を倒すかという事に、頭を絞るようになっていった。
「ありがとう、セレーネ」
サミュエルを将棋でボッコボコにしたイリアスが、横でそれを眺めていた私に、そう嬉しそうに呟いた。
ちなみに、エリックは本物の大人の男が木刀を美しく振る姿に、めっちゃ見惚れて真似して、模造刀を自分にボコボコ当ててキレていた。頑張れエリック!
ゼノは私が教えた通り、剣での打ち合いに頼らず、最初は適度に相手から距離を取って動く事で、相手を牽制して戦うようになり始めており、レアンドロス様を驚かせていた。
なんて微笑ましい光景。
嬉しい事はそれからも続いた。
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