第93話 ベリー狩りをした。

 てっきり野生でなってる木苺とかコケモモとか、そういうのを狩るのかと思ってたけど。

 別荘から少し離れた所に多種多様なベリーを栽培している農場があって、そこで好きなだけ摘む、という事だった。


 ちょっと期待はずれ……

 ウチの実家では、野苺摘みは子供達の仕事で、領地の子供や妹たちを連れ立って山に摘みに行ったんだよね。

 勿論、熊や狼がいるから大人も同行したけれど。子供特有の目線で色々な場所を探索しては、意外な所で群生地を見つけたりして。

 群生地を見つけた時の、あの『宝くじ当てた』感。

 ワクワクしたんだけどなぁ……そうか。摘み放題……ね。

 いや、農場は凄く効率の良い事なんだけどね。

 効率、いいし。効率はね……。うん……後で育て方のコツと詳細聞いて実家に情報送ろうっと。


 あ、アンドレウ公爵夫人は当然来なかったよ。こういうの、好きじゃないんだって。


 農場は山の中腹を流れる川のそば、少し開けた所を更に開拓したような場所にあった。

 山の斜面だけれど、直射日光が当たらないように配置された低木には、赤、黒、青、色とりどりのベリーがなっている。

 凄いなぁ! 猿とかリスとかに盗られないコツってあんのかな?! 罠とかかな?

 ……あ、猛禽類用の巣箱がある。なるほど、フクロウや鷹を飼い慣らして見張りをさせてるのか頭イイ!


 沢山のベリーを見たエリックは、一目散に駆け出して口や手を様々な色に染めて──なんて綺麗な表現してみたけど、要は、服に付いたら最後、落ちない色で身体中ベッタベタにしながら、摘んでは洗って食べて、を繰り返していた。

 可愛い、可愛いよエリックっ……

 時々まだ酸っぱいのを引き当てて、身体をビクッとさせる姿とか……もう! やめて!! 私の身体も萌えでビクッとなるわ!!!

 持ち帰る気はサラサラねぇな?!


 イリアスは、そんなエリックにピッタリ付き従って、彼の口の周りや手を都度都度拭いてあげたり、採ったベリーを水で洗ってエリックにあげたりしていた。

 ……時々、エリックから手渡された実を見てニヤリと黒く笑う事がある。イリアス、渡された実がまだ酸っぱいの分かってて、ワザとエリックに何も言わずに洗って返してるな。

 ホラ、また。エリックが酸っぱさにビクッとなった時のイリアスの顔……なんて朗らかな素敵笑顔してんだよ、ドSかよ。


 メルクーリ領もベリーは産地である為か、ゼノが色々とアティに解説してあげていた。

 どれがまだ酸っぱくて、どれがもう食べ頃なのか。時々アティに良さそうなのを見繕ってあげて、アティに取らせて──ああ! アティ力入れ過ぎ! ブチュッてなった!!

 アティビックリしてる! 目をまん丸にして、ベッタベタになった両手を見て固まってるゥ!! やだ可愛い!! なんて可愛い!! 未知との遭遇で固まるアティも猛烈に可愛いぞっ!!

 あ。驚き顔のまま、私を見た。なんで私を見るの?

 ゼノも困った顔して私を見る。

「アティ、手が綺麗に染まったね! 食べ頃って事だよ! 色が綺麗でしょう? 食べ頃は柔らかいから、優しく採ってあげるといいよ!」

 私は笑ってそう返してあげた。

 すると、パァっと天使の微笑みをするアティ。ああ、天使っ……天使が、天使が私に微笑みかけているっ……! 気を抜くと魂抜けそうっ!!


「ゼノ様が来てから、私の出番が減りましたね」

 私の横に立つ家庭教師のサミュエルが、ゼノとアティの微笑ましい姿を見ながら、そうポツリと呟いた。

 そういえば確かに。

 今までならこういう時の出番はサミュエルだった。しかし、ゼノが来てからというもの、ゼノが率先してアティに色々教えてくれるので、最近はサミュエルではなくゼノがアティのそばにいる事が増えた。

「まぁ、ベリー摘みとかこういう事はね。子供とはいえメルクーリの人間の方が詳しいでしょうしね」

 少し寂しげな目でアティ達を見るサミュエルに、私はそう返す。

「でも、貴方の出番はこれからでしょう。ゼノもまだ足りない知識が沢山あります。ゼノもまだ学んでいる最中ですからね。物事の本質的な事を伝えるのが、貴方の役目ではないですか?」

 そう結ぶと、サミュエルはフッと笑った。

「そうですね。物事の表面的な事を知るだけでは、それは知識で知恵ではない」

 お? なんか。まるで自分に言い聞かせるような口振りだなぁ。なんか、悟ったんかな。

 まぁ、彼にも色々あったしな。


「二人とか何穏やかに見てんですか。アティ様の状態に気づかないんですか」

 子守頭のマギーの、そんな絶対零度の声が飛んでくる。

 振り返ると、虫ケラを見るかのような冷たい目で私を見ているマギーがいた。

 彼女が、嫌そうな顔をしてアティ達の方を指差す。

 その指に導かれてアティ達の方へと改めて視線を向けると──

「エリック……」

 私の口から思わず呆れ声が漏れてしまった。

 全身ベタベタのエリックが、興奮し過ぎてアティに抱きついていた。

 ああああ! ベッタベタな手でアティの頭を撫でてる!! ああ、採ったベリーが美味しかったからアティにも食べさせたかったのねっ──って! 無理矢理アティの口に突っ込むんじゃない!

 アティもビックリしつつ、受け入れて──ああ天使の微笑み。

 赤や黒、青く染まった二人の天使が、そこでキャッキャウフフしてるー。尊いィー。


「……あの子達を、誰が風呂に入れるんでしょうね」

 マギーの、そんな恐ろしい地を這うような声に、私の背中に恐怖が走り抜けた。


 ***


「足元に気をつけて。私が見えない位置に行ってはダメですよ」

 農場のそばを流れる川の所まで降りてきた。


 太陽の光を反射してキラキラ輝く川面かわものそばでしゃがみ込んだアティ達は、そこに手を突っ込んで手を洗っていた。

 後ろにはイリアスやゼノではなく、それぞれの護衛が付き従っている。イリアスやゼノ自身もまだ子供で危ないからね。

 彼らの後ろにもサミュエルや他の護衛が付き従った。


 子供達には靴は脱がさせて、農場から借りてきたズボンの裾を結んで子供達の肩にかけさせた。簡易的な救命胴衣だ。長い間は浮いていられないけれど、時間稼ぎにはなる。

 子供ってさ。静かに溺れるんだよね。

 普通、溺れたらバチャバチャ暴れるかと思うんだけど。暴れないんだよね。何故か、静かに、溺れるんだよね。アレは何故なんだろうか……?

 妹達がさ。風呂で溺れた時も湖で溺れた時もあるんだけど。最初マジで気づかなかったよ。

 姿が見えなくてまさかと思ったら、水に沈んでた事があったなぁ……

 湖で溺れた時は呼吸も止まっちゃってて、水を吐かせて人工呼吸と心臓マッサージして、なんとか間一髪助けられたけれど。

 あん時はマジで私の心臓も止まりかけた。

 だから、例え浅い川でも油断しない。

 サミュエルは大袈裟だと言ったけど、私は妹達に起きた事故を例にして説明したわ。

 ホント、もうあんな思いはしたくない。


「つめたい」

 アティが川の水でパチャパチャしながらそう呟き、でも顔には満面の笑みではしゃいでいた可愛い。

 エリックは……石投げてる。イリアスやゼノと一緒に。水切りして遊んでた。あ、意外とイリアス上手い。エリック……違う、横投げすんだよ。大きく振りかぶっても同じやって。

 ゼノが見かねてエリックに教えてくれている。だからそうじゃない、横だって横。ああ、エリックキレた。ゼノがエリックを後ろから覆いかぶさって、手を取って投げ方のデモンストレーションしてあげてる。あ! 一回跳ねた! エリック渾身のドヤ顔。いや、それ、ゼノがやってくれたようなモンだからね。

 どうでもいいけど、なんで子供は川を見ると石を投げずにはいられないのかな。遺伝子にそう刻み込まれてんの?


 エリックが、平たい石を探す為か足を捲ってザブザブと水の中へと進んで行った。

 護衛は後ろで見ていたけれど、見ているからと安心してるのかエリックを止めない。

「エリック様! ダメですよ! 川は見えないところが急に深くなってるから! コケで足を滑らせてしまいますよ!」

 私は慌ててエリックの側へと寄る。

「よそ見せず足元を──」

 危なっかしいエリックにそう声をかけた瞬間だった。

 漫画みたいに綺麗に足を滑らせるエリック。

 言わんこっちゃない!!


 しかし、そばにいたゼノが手を伸ばしてエリックの背中を抑えた!

 間一髪、と思いきや。

 残念! 二人で一緒にズッコける。

 激しく上がる水飛沫。

 川に尻餅をついたエリックと、四つん這いになったゼノ。

 驚き顔になったエリックは、あはははと大きく笑い始めた。ゼノもつられて笑い始める。

 笑いこっちゃねぇぞ! 全くもう!!

 ほらぁ! 後ろで控えてる子守たち──主にマギーの視線が! 私に!! 突き刺さる!!! 彼女たちの目が『お前が風呂に入れろや』って言ってる!!! いいよ入れたるわ! 責任もって私が全員洗ったるわっ!! 拭くのはヨロシク!!!


 エリックとゼノが、護衛達に支えられて立ち上がる。二人とも無事だね。まぁ軽い切り傷ぐらいはできたかもしれないけど、それならまだ──


 そう思った瞬間だった。


 遠くから、何か重い物が水の中に落ちた音がした。

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