第四章 友達を増やす。

第92話 避暑地に行った。

 ジリジリと照りつける太陽が肌を焦がす。

 地面に落ちた影の濃さが太陽の強さを物語っていた。


 しかし、森林で浴びるソレは木々の葉を通り抜けている為和らいでおり、山の麓から吹き上がる風にも適度な湿度があり、気持ちがいい。

「別荘での避暑……最高っ……」

 アンドレウ公爵家所有の別荘のバルコニーで、私はその涼しさを満喫していた。


 いやー、さ。

『避暑』っていう言葉は知ってたよ? でも、そんな避けるほどの暑さなんぞねぇべ、と思ってたんだよね。実家やメルクーリにいた時は。

 甘かったよ……いや、マジで。

 あっちは北方だからね。こちらほど暑くなかったんだ。

 普段生活していたカラマンリス邸のある場所は、私にとってはまぁヤバイほど暑かった。溶ける。自分の体の形が保てへん。もしくは身体中の水分が汗で出てってカラカラに乾涸ひからびるって。

 避暑。

 なんて素敵な言葉。

 そんな概念を生み出してくれた文化に最大限の感謝を。五体投地してもいい。ってかするよ。どっちの方角にすれば良い?


 アンドレウ公爵からカラマンリス侯爵──私の夫ツァニスに、夏の避暑地へのお誘いの連絡があったのは、色々な事が落ち着いて来てからの事だった。

 今回は珍しく、ツァニスから直々にその話が伝えられ『セレーネも是非にとの事だ』と言われた時には、正直ちょっと驚いた。

 ツァニスやアンドレウ公爵にとっては、私は扱いづらい女だとか苦々ニガニガしく思ってるんじゃないかなぁと、薄っすら、薄っすらとね、そう思ってたからさ。

 勿論ご一緒させていただきます、と返事した。


 たださ……

 夏の避暑地で、何したらいいんだろうかね?

 貴族夫人や令嬢は、夏は何してんの??


 いや、貴族ですよ。ええ、私も勿論、貴族夫人のかなり端くれ。結構端くれ。

 端くれだから……夏はさ、貴族とはいえ畑仕事とか動物の世話とか冬にはできない領地の整備とかさ、そういう事で忙しかったんだよう。

 ここでの作業の結果が越冬の辛さを変えるから。

 ぶっちゃけ、実家にいた時は冬以外は超絶忙しかったから、夏、そういった作業がない間、何すればいいのか分からないんだよね。

 え? 貴族もそんな事するのかって? 貧乏伯爵家舐めんな。領民と一丸になっての作業じゃ。それに、成長期であるこのタイミングで農作物や飼ってる動物たちに病気が蔓延したら、領民が飢えちゃうやろがい。

 過去の天気と農作物、環境の状況の統計値からその冬の状況を予想して、それに備えるんじゃ。そういう統計的な作業はウチの父と祖父の仕事じゃ。本当のセルギオスが超絶得意としていた作業じゃ。セルギオスがいなくなってからは私も参加したわ。


 あとはさー。騎士・私兵たちの訓練ね。

 これは父はあまり熱心じゃなくて主に祖父が担当していたんだけど。

 私もガッツリ参加したよ。

 祖父はいい顔はしなかったけれど、まぁ放っておいてくれた。本当はセルギオスを訓練したかったんだろうな、祖父は。よく私を『セルギオス』と呼び間違えていた。

 あ、ちなみに母からの小言は右から左へ流したわ。キコエナーイ、何もキコエナーイ。


 と、いうワケで。

 何すりゃいいのか分からない私は、手持無沙汰でバルコニーで一人伸びていた。


 ツァニスとアンドレウ公爵はどっか行ってる。確か、この別荘地を管理している貴族の所に挨拶に行ってるとか。アンドレウ公爵の親戚だってよ。きっと凄い人やね。正式な挨拶をする時は向うから改めて来るから、お前は来なくていいと遠回しにツァニスに言われた。

 初対面でいきなり私は相手に刺激が強すぎるって事かい。否定はできんな!!


 アンドレウ公爵夫人はといえば。彼女とは話が全然合わなくて……

 当初は彼女と一緒にお茶をしながら話を聞いていたんだけれどさ。

 やれ今最新のファッションがどうとか、新進気鋭の画家がどうとか、音楽がぁー、流行はぁー、なんのかんのと。ただ、これは私は大人しく聞けた。

 自分が知らない話が沢山あって、ちょっと興味深かった。

 私自身が、音楽や芸術、ファッションとかに興味がなかっただけで、今までの流行りから今はどう移り変わってきているかという彼女の話は、未知の世界の話で結構面白かった。どこの地方からの流れでどうとかこうとか。そういう話は比較的好きだったなぁ。

 しかし思わず閉口したのは。

 貴族間の噂話だった。ダレソレ貴族夫人が実はコレコレで、アレソレ夫人とは仲が悪いんだけど、家同士がうんたらかんたら。

 ……私、人の名前覚えるの、苦手なんだよね……それに、顔も関係性も知らない人の話を聞くのって、退屈を通り越して苦痛。

 多分、この話の中には政治的に重要な人間関係の事が含まれていたんだけど、今まで中央とは疎遠過ぎて、そもそも話に上る貴族の名前やその立場すら分からなくて。

 私はいかにして寝ないかばかりを試していたよ。

 手の甲はつねってもあんまり痛くないから目が覚めない。太ももは摘まみにくいからNG。自分で自分の足を踏んでみたけど、これも身体が動いてしまってコッソリできないからイマイチ。

 効いたのは指先を揉む事だったね! 爪を突き立ててもいいね! 指先は神経が集中しているから、刺激で結構目が覚めたよ!!


 しかし。いくら噂話をしても、私からの返答がない(答えようもないし)事に呆れたアンドレウ公爵夫人は、そのうち私には話を振ってこなくなった。


 いや、私だって一方的に話をされていたワケじゃないんだよ。

 私からだって色々話をしたよ。

 エリックが横受け身まで完璧にマスターしたよ、とか、イリアスが憲法第何条だか忘れたけど、それをサラサラそらんじて何故それが出来たのかとか解説してくれたりとか、ゼノってああ見えて実は指先は器用で木彫りのカメオを掘って、それがまた凄く細かくて凄かったよ、とか、どうやらアティは犬が好きらしくて、この別荘に飼われている犬たちにモフモフ囲まれててマジ天使だったよ、とかさ。

 でも生憎、アンドレウ公爵夫人自身がそっち方面の話に興味がなかったようでね。


 結果、私たち二人は各々好きな事をして過ごす事になった。


 ……友達が……欲しい。

 私と一緒に子供たちの一挙手一投足の萌え話をしてくれる友達……欲しい……


「だんちょうー!!」

 お。この声は。

「エリック! 走らない!」

 ああ、いつも通りだね。

「アティも……気を付けてね。僕と手を繋ごう」

「はい」

 いい。もうこの声聞けただけで、私の中の萌えスイッチがバチーンって入るッ!! 身もだえしちゃうぐらい萌えるっ!!!

 私が身体を起こすのとほぼ同時に、エリックたちがバルコニーに飛び込んできた。

 ……どうでもいいけどさ。エリックって『歩く』って、ほとんどしないんだよね。移動は全部『走る』なんだよね。

 これさ、私の妹たちもそうだったんだけど、なんで『歩く』というコマンドがないの? RPGゲームか何かなの? デフォルトが『走る』なの? エネルギー余らすと爆発でもしちゃうの? なんでなの? 

「だんちょう! いくぞ!!」

 両手をブンブン振り回しながら、エリックがほっぺたをピンクに上気させてわめく。

 可愛い! 可愛いけど! 先に『どこへ』なのか言って欲しいなぁ! そして相変わらず声がデカイ!!

「エリック。まずは『どこへ』を説明しようね」

 イリアスからのツッコミ。さすが。私から突っ込むより早かった。

「かりだ!」

 あら物騒。

「惜しい。狩りは狩りでも『ベリー狩り』ね」

 イリアスのアシストで、エリックが興奮している理由が分かった。

 なるほどベリー狩りね。……ベリーって狩るの? 摘むんじゃなくて? 私の知ってるヤツと違う? いちご狩りの亜種? 実を取るんじゃなくて木ごと持ってくるの?

「おかあさまもいく」

 ゼノと手をつないだアティが、ニコニコしながらそう言った。

 ……今、断定口調だったね。私が行くのは決定事項なんだ。いいよ。アティ。それぐらいの押しの強さがある女の子も素敵よ!!

 しっかし。喋らないお人形から随分と進化したなぁ。イナダからワラサ飛び越えてブリに進化したって感じ! ……分かりにくい例え……


「よし! じゃあ行きますか!」

 私はガバッと立ち上がって拳をグッと握った。

 それにつられてエリックも短い手を天へと突きあげた。アティも同じく両手を突き上げる。ゼノはアティと手を繋いでいたので、自動的に手を上げさせられてアワアワとしていた。

「まるで熊でも狩りに行きそうな勢いだね。ベリーなんだけどね」

 顔はニコニコとしながらも、口調はメッチャ冷たく、イリアスがそう言い放った。

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