第90話 破滅フラグをへし折った。
あれから、突然慌ただしい日々になった。
噂がたったのだ。
『カラマンリス侯爵に何かすると、その妻に倍返しされるぞ』
と。
いや別に、ツァニスの為だけにやったワケじゃないし。
もともとは私の私怨とアティの破滅フラグ撲滅活動の一環だし。
ってか、清廉潔白ならやり返される事もない筈なのに、みんな叩けば埃がバサバサ出る身なんだねぇ。いや、私だってそうか。
そんな私の本音なんかお構いなしに、倍返しされたくない人たちがカラマンリス邸に来て、ぜひ御目通りをと言われる事も多かったし、会食や小さな社交場に引っ張り出される事も多くなった。
それを体験して改めて実感する。
ツァニスが私に見せようとしなかった苦労を。
ごめん、マジで頑張ってくれてて今までありがとうツァニス……
私は頬の筋肉が発達しすぎて割れそうだよ。
「つーかーれーたァー」
私は庭の
晴れた穏やかな日。入道雲が遠くに見える。
あ、エリック。上手くいかなくて爆発した。振り回すな。子供用の模造刀でも危ないぞ。
あ、イリアスが止めた。エリックなだめてる。お? エリックの顔がニヤけたぞ? イリアス、上手い事言ったな?
アティが模造刀を片手で持ちたがってるのを、ゼノが両手で掴めって説得してる。
アティ、全力で首を横にブンブン振っちゃって。可愛い。ゼノ困ってる。可愛い。
あ、イリアスがアティをゼノと一緒に説得してる。お? アティが両手で柄を握った。イリアスは説得が上手いな。
ん? なんで私をチラッと見たの?
あ、アティがちょびっと手を振ってる!
全力で振り返すよ! 肘から腕がもげるまでな!!
「……こんな人が、貴族の間の噂の的だとは……」
向かいに座った家庭教師のサミュエルが、嫌そーうな顔で私を見る。
なんだよサミュエル。なんか文句が?
「この方の本性を知らないからですよ。──あ? いや? ある意味分かっててそう呼んでいるのかもしれませんけれどね」
子守頭のマギーが、そう言いつつもこちらを一瞥もせず、せっせとアティの新作サマーニットを編んでた。
「『そう呼んでる』って、何て呼ばれてんの?」
それ知らない。ツァニスに何も言ってなかった。
渋々と言った顔でサミュエルが答えた。
「……カラマンリスのダチュラ」
「ダチュラ? ダチュラって何?」
知らない言葉だ。
「ダチュラ、は花の名前ですよ」
花?! え?! 私は花に例えられてんの?!
凄くない?! 凄くない?!
「喜ばない方がいいですよ。褒められてませんからね」
サミュエルが、呆れた顔で私に釘を刺してきた。
え、そうなの? 花なのに?
「ダチュラには毒があるんですよ」
え。
「白いラッパのような形の花弁を上向きに咲かせる愛らしい花ですが、その実を誤って食べれば強烈な幻覚作用と麻痺を起こして、摂取しすぎれば死にます。過去祭りで誤って調理されて出され、集団事故を起こした事もある危険な植物です。
……それ、前世でテレビで見た事ある話だな……
ダチュラ……麻痺と幻覚……ラッパ型の白い花……エッグプラント……ナス?
あ! チョウセンアサガオ!! そりゃ毒だ!!!
なんだ……ホントだ。褒められてない嬉しくない……
すると、マギーが珍しくブフッと噴き出した。
「……何?」
恨めしく彼女を
「花言葉はご存じですか?」
「知らない」
「変装、恐怖、そして、偽りの魅力。貴女にピッタリですね」
マギー……めっちゃ笑顔が輝いてるよ。そんなに私をディスるのが嬉しいか。
でも、確かにその通り。
これ以上ない程、花言葉が私を言い当ててる。怖っ。
でも、それで言ったらダニエラもじゃない?
そういえばダニエラについて。
彼女は実家に帰された。
ツァニスに進言して、彼とサミュエルでダニエラを実家へと連れて行ってもらった。
上手く彼女が企んだ事自体は隠し、色々あって実家に戻り損ねていたから迎え入れて欲しい、と伝えて。
ツァニスがいた事により、
これで、ダニエラの実家はカラマンリス侯爵家には下手な事はしてこなくなる。勝手に便宜を図ってくれるかもな。でもツァニスもサミュエルも私も、ダニエラ自身も真相を知ってる為、店主が下手な考えを起こしても怖くない。むしろ、ダニエラが止めるだろう。止めなければ──今度は本当に露頭に迷わせてやるよ。私が、この手で。
ダニエラは、これで良かったんだと思うよ。
だって勿体ない。
彼女の、場の空気の読み方──その場で誰が一番強い男なのか、誰か権限を持っているのかを見抜く能力はずば抜けている。そして、その無垢で清楚可憐な見た目と、言っている事を相手に真実だと思わせられる手練手管。
その能力を商人として
彼女自身が、そして周りにいた大人がいち早くその事に気づいていれば、こんな面倒な事にはならなかった筈だ。
貴族社会と違って、平民の中では女性進出が少し進んでいる。店の女主人にも、なろうと思えばなれる。まぁ、婿養子を取ってって感じだろうけれど。
そうなれば、彼女は自分のフィールドで活躍して注目される事となり、乙女ゲームのように娘同士の代理戦争を吹っ掛ける事もなくなるだろう。
そうすれば、アティは悪役令嬢にはならずに済む。
だって主人公の女の子が、エリックやイリアス、ゼノの前に現れないんだから。
現れるとしても、ゲームの通りに『子爵の落とし
貴族の肩書を持たないなら、公爵家嫡男のエリックと結婚も出来ない。
それに。
乙女ゲームの主人公の女の子、この子にとっても良かったと思うよ?
彼女はゲーム中は、別荘に閉じ込められて生活していたせいで、無垢(という名の無知)で(令嬢教育はされてない為)貴族令嬢っぽくなく、(あまり同年齢の人とのコミュニケーションを取らなかったせいで)行動は突飛で意表を突く、『風変りな令嬢(つまり変人)』として登場していたからだ。
街に住めば友達も出来るし、上手くすれば女学校にも通わせてもらえて、勉強もできて色々知る事もあるだろう。
そうなれば、乙女ゲームの主人公ではなく普通の女の子になる。
つまり、アティの破滅フラグは、無事折る事ができたという事だ。
本当に良かった。
「そういえば、サミュエルは……」
私は、気になった事をポツリと口にする。
「これで良かったのですか? 上手くすれば
サミュエルも一緒にダニエラについて行かせたのは、その事も考慮しての事だったんだけどな。
「勘弁してくださいよ……」
サミュエルが、ガックリと肩を落として大きなため息とともにそう
「これ以上、女性に振り回されたくありません」
あ、女性嫌いになっちゃった?
「それに──」
彼はスッと視線を上げてアティの方へと向けた。
「私の役割が分かった気がするのです」
サミュエルの役割?
「ある方に言われました。『自分で自分に価値をつけろ』と。それで色々考えてみたんですが、確かに今までは誰かの役に立ちたいとだけ思っていました。それはつまり、他人に自分を評価して欲しいと望んでいたという事ですね。でも、捨てられたらそれで終わってしまう」
ああ、私がサミュエルに言った言葉だね。
「なので、私は自分が出来る事、ではなく、したい事を考えてみました」
サミュエルが、そこで言葉を切る。
──待ってみたけど、そこから彼は口をつぐんでしまった。言えよ! 気になるなぁ!!
「それは何ですか?」
たまらず聞いてみた。
しかし、彼は私の顔を見てニッコリ笑うだけで、答えてはくれなかったなんでだよッ!!
「言ってしまったらツマラナイじゃないですか」
代わりに口を開いたのはマギーだった。
「ツマラナイってなんですか……」
「そのままの通りですよ。しかも貴女、前にも言った通り他人の人生を土足で踏み荒らし過ぎですよ。アティ様に貴女のデリカシーの無さが
「何を?」
「貴女を」
「どこに?」
「地獄に」
マギー……本当にやりそうで怖いんですけど。
ま。確かに。サミュエルの人生にまで口を突っ込む必要はないな。
彼がこれで『アティを
アティの将来の敵もいなくなった。
一件落着~。
と、思ってたけど。
そういえば、老元子爵が残ってたなぁ……アイツ、どうなったんだろうか。
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