第91話 予想外の答えだった。
社交界に引っ張り出されたり、と外出も増えた為、その移動時間にツァニスと二人になる機会が増えた。
今日は夜に車で移動していた。
ちょっとした集まり、とか言われたけどさ。『貴族界のちょっとした』って、ちょっとしてないから嫌い。
どうでもいいけど、前世では結婚式用の服を買う時に、店員に『ちょっとしたパーティにも着ていけますよ』なんてよく言われたけどさ。何なんだよ『ちょっとしたパーティ』って。一般庶民にはそもそも『パーティ』自体に無縁だろうがよ。友達の結婚式以外で発生しうるパーティってなんだよ!?
今日も盛装させられてる。ツァニスもタキシードだ。
ほらやっぱり。ちょっとしてないじゃん!
車で向かう最中、ツァニスは黙って外の景色を眺めている。
私も黙ったまま。うーん。気まずい。
無言で座っているのもなんだし、ちょうど良いタイミングだったので彼に色々と聞いてみることにした。
「あの……ペルサキス元子爵様は、どうなりました?」
私のその声に気づいたツァニスが、ゆっくり振り返り、ポツリと一言返して来た。
「特に何も」
だよね。だと思った。
ああいう人は、一回何かあったからといって、一気に足元が崩れるなんて事はないんだよね。本人も、何故私が意趣返ししたかも分かっていないだろう。おそらく、死ぬまでずっと理解できないはず。
私が何を言わんとしているのかに気づいたのか、ツァニスが一つ溜息をついた。
「これぐらいでは彼の評判は落ちはしない。『あの歳でよくやった』と、彼を別の意味で評価する声も上がっているからな」
マジか。呆れるわ、そう評価する事、そう思う脳味噌。
歳なのに若い愛人持てて羨ましい、アグレッシブだね、まだまだ現役、男としてグッジョブ! って事か?
馬鹿なの?
女をゲット出来る事、いつまでもヤれる事がアイデンティティって……呆れたを通り越して、逆に可哀想になってくる。
いずれ
じゃあ若い頃にしか人間には価値がなく、誰しもが年老いたらただのゴミになるのか? 違うだろう。
生き物は必ず老化し
体力、判断力、記憶力、色々なものが
肉体という必ず劣化するものの奥、その先にあるものが大切なんじゃないかな。
「しかし、変な妨害工作はなくなったようだ。そのうちもとに戻る」
ツァニスは、そう締めくくり、また窓の外へと視線を戻した。
それはまぁ、良かった、のかな?
まぁまた下手な事でもやってみろ? 次も色々調べ上げて晒上げて差し上げますわ老子爵様。私の尊厳を踏みにじったように、今度はお前のもガッツリ踏みつけて差し上げますよ。ピンヒールでな。
「でも、だとしたら──」
私は、気になった事を聞いてみる事にした。
「ツァニス様の評価が回復する事はなく、むしろ私の存在によってより下がったのではないですか?」
老元子爵の手引きで、ツァニス侯爵の評価は知らぬうちに下げられた筈。そして更に『ツァニス』自身ではなく『その妻』が注目されたという事は。
『あの男は妻の尻に敷かれている情けない男だ』と、彼の評価を何故か下げて判断する人間も出てくる。意味分からないがな。
「まぁ、そう言う人間もいるだろう」
ツァニスは、こちらを振り返らずそう答える。
「そういう輩にはこう返事すると決めている。『私が妻の下になったのではなく、彼女が剣で私が盾なだけだ』とな」
……え? どういう事?
「どういう意味ですか?」
「夫婦だからだ」
うん。分からない。
何、私の理解力が
「あの、だからそれはどういう──」
「盾は守る為のものだ。しかし守るだけでは敵を遠ざけられない。
剣は攻める為のものだ。しかし攻めるだけではこちらにも被害が出てしまう。
どちらも必要だろう」
あ、うん。盾と剣はそうだね。で? それが私とツァニスで? 夫婦だから?
うん。分からないってば。
「切れ味鋭い素晴らしい剣も、使わなければただの装飾品だ」
うん、そうだね。だから聞きたいのはそこじゃねぇって。
「それでは勿体ない。切れ味の鋭さを見せて初めて世間に価値が認められる」
ツァニスって、なんでもっと、分かりやすく端的に話せないのかな? 必要な事を言わなかったりさ。話が一足飛びだったりさ。
「しかし、どんなに硬い剣でもそのまま使い続けたら欠け
いや、そうなんだけどさ。今聞きたいのはそういう事じゃなくってさ。
なんか、レアンドロス様と喋ってるような気がしてきたぞ。
……。
もしや!?
「ツァニス様。レアンドロス様──獅子伯と何かお話なさいました?」
私がそう尋ねると、彼はぶっすりした不満そうな顔で私に振り返った。
「……セレーネ、お前は私ではなく、メルクーリ辺境伯を頼っただろう」
あーだぁーぐぁー……そっかぁ。そういう事かぁ。
舞踏会でツァニスが不満げな顔をした時があった。確か、ゼノの同伴で来たって言った時。その事から、当然レアンドロス様の許可を貰ったって分かるよね。
連絡とったのか。レアンドロス様と。そりゃそうか。どういう事だって、そりゃ聞くよね。
で、その時レアンドロス様から返された言葉を、そのまま今そらんじてるのか。
つまり、ツァニスが認識を改めたんじゃなくて、そう獅子伯に言われたからそう言うって事かい。
「面白くはないが……仕方がない。私は頼り甲斐がないからな。盾が弱ければ剣で防御するしかない」
ん?
「ダニエラを紹介されたという事は、家に迎え入れろという事だ。そうなれば、ゆるゆるとカラマンリス侯爵家はペルサキス子爵の
……褒められてるようで、ディスられてない?
「今なら、そのありがたみが分かる」
ツァニスが、私の目を見つめて、少しほほ笑んだ。
「面白くは、ないがな」
二回も言ったね。
でも、まぁレアンドロス様の言葉だとしても。
ツァニスがその言葉から何かを感じて、私に対して今までとは違う認識を持ってくれたのなら、それでいいや。
……私の言葉では通じなかった事に、若干の理不尽を感じないワケではないけれど。
「それに──」
ツァニスの目が揺れた。
私……ではなく、その奥を見るかのような視線。
「噂があるんだ。セレーネが現れる前、元子爵に忠告した人間がいたそうだ」
ドキッ。あ、ハイ、心当たりですか? ありますけれど?
「タキシードですらない、奇妙な
『奇妙』とは失礼な。民族衣装じゃ。
「その男が。言ったそうだ。私には、強い味方がついている、と」
言った言った。だってその後計画実行する気だったし。
「そう。実際にとても強かった」
そうでしょうとも。頑張ったからね!
「セルギオスの加護が」
なんでだよッ!!!
ツァニスは、完全に私の向こう側を見つめて、目をキラキラさせていた。オイコラ。お前の星飛ばしじゃ必殺にならねぇぞ。
「私も見たのだ。彼の幻影を」
それ私や。
「掴みどころがなく、触れようとしてもすり抜けられた。戦った時と何一つ変わる事ない姿だった」
いや、逃げただけな。たった数年でシワシワになるかい。
「彼が、セレーネと、私を守ってくれている」
まぁ、その言葉は否定したくないけれど。
「彼が、そばにいてくれているのだ」
そうかもしれないけれど、お前じゃねぇよ。いるとしたら私のそば、な。
なーんだ。
結局そこに落ち着いちゃうのか。
ま、いいけど。セルギオスの株が上がる分には。
それによって、彼が私を雑に扱わなければ、波風は立たなくなるし、穏やかに生きられるし。アティの事に集中出来るし。
あ。そうだった。
お礼を言うのを忘れていた。
私は身体ごとツァニスの方へと少し向き直る。
そして彼の顔を真っすぐに見つめた。
「ツァニス様」
しかし、完全にセルギオスの幻想に取りつかれたツァニス侯爵。彼の視線は遠くに固定されている。
オイ、コラ、戻って来い。
少し待っても戻って来なかったので、彼の顔を両手でガシッとつかんでやった。
「ツァニス様」
再度呼びかけると、やっと私に視線をうつしてくれた。
彼の顔にかけていた手を放して、姿勢を改める。
「この間は、舞踏会の皆の前でああ言って、私の尊厳を回復してくださってありがとうございます」
舞踏会にて、私を褒めたたえる事によって、社会的な私の地位は回復した。カラマンリス侯爵があそこまで言ってくれたのだ。今後『北方の暴れ馬』と呼んで笑いモノにする人間は減る。
彼はそれを狙ってあの場でわざわざああやってくれたのだろう。
本当にありがたかった。
と、思ってたんだけれど
「何の事だ?」
え。
「舞踏会で、私の手を取って、ツァニス様が
「ああ、あれは違う」
違うの!?
「セレーネの立場を回復させようとしてああ言ったのではない」
「……じゃあ、なんだったのですか?」
私が首をかしげると、ツァニスはまたブッスリとした顔になった。
「プロポーズのやり直しではないか」
……。
…………。
………………は?
「ただ、もう既に結婚しているのだから『結婚してくれ』はおかしいだろう?
だからああ言ったのだ」
あ、え、うん。
ええと、あぁ。
そう、だったんだ。
はぁ。
……。
「セレーネ……顔が真っ赤──」
「知っています! わざわざ言わないでいただけます!?」
不意打ち反則! 不意打ちは反則ですぞ!!
そうなの!? そうだったの!? そ……そ……そうだった!??
いや、なんか、あの、その、さ。
あんまり正面からそういう事って言われるの、久々──で、ちょっと、その、ね。
不意打ちは卑怯!!!
私は顔をツァニスに見せたくなくて、顔を背けて車の外へと向ける。
ヤバイ、私、意外とこういった正面切った下心がない誠実な言葉に免疫がない!!
下心が透けて見える分には全然平気。むしろ冷める。でも! でもっ……
修行だ。修行が必要だ。免疫をつけるんだ。いける、いけるぞ自分。やれば出来る子、それが私。
「……意外と可愛いところがあるではないか」
「ありがとうございます!?」
ははっと笑うツァニスの言葉になんとか言い返しつつ。
私は流れゆく景色を見つつ、大騒ぎする心臓の鼓動を何とかなだめるのだった。
第三章 了
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