第88話 敵を追い詰めた。
「こ……これは……?」
老元子爵が、ほぼ息のような呟きを漏らす。
なので私はニコニコしながら応えた。
「お孫さんのお写真です。まだ撮られたことがないとお伺いしたので、是非にと思いまして手配しました」
私がそう言った瞬間、ダニエラまで身体を震わせて少し飛び上がった。
怪訝な顔をしているのは、老元子爵の妻と子爵の妻。
箱の中身──小さな女の子が着飾ってチョコンとおすましした肖像写真を、食い入るように見ている。
「いや、何かの間違いのようだ。これは私の孫ではないようだが……」
なんとかそう言い訳する老元子爵に、私はわざとらしく首を傾げてみせた。
「え? あら、そうでした? ペルサキス子爵の別荘にいらっしゃったので、てっきり……」
しかし、私のその言葉に如実に反応したのは老元子爵ではない。
その息子のペルサキス子爵とその妻、そして──ダニエラだった。彼女は顔を真っ青にして小刻みに震えている。
「その別荘はどこの?」
そう口を挟んできたのは、老元子爵の妻だった。
「南の方、湖のそばの──」
「分かりましたわ。もう結構」
みなまで言わせてもらえなかった。
まぁ、全部言わなくても気づいたかな?
だろうな。
恐らく、老元子爵が最近行きたがらなかったり、行くのを
「これは……どういう事……?」
今度怒りの声をあげたのは、ペルサキス子爵の妻だった。
写真を食い入るように見て、般若の形相をしている。
「あなた?!」
「違う! 私は知らない!!」
妻の抗議の声に、速攻で首を横に振るペルサキス子爵。
「そんなワケはないでしょう! 孫って事は貴方の娘って事じゃない!! まだ他に女がいたの?!」
「もういない!」
もうって。一体今まで何人の女がいたんだよ……
「でも! この子の後ろに写ってるのは確かにウチの別荘じゃない!! それにこの子! ペルサキスのブローチをしてるわ!!」
「何かの間違いじゃないのか?!」
「そんな事──」
そこまで言って、ペルサキス子爵夫人の視線が、ある一点で固定された。
その視線の先にいるのは──ダニエラだ。
さっきから顔を真っ青にして動かなくなっている。
「アンタっ……! まさか子供を?!」
「違います! 私の子供じゃありません!」
ペルサキス子爵夫人の言葉を、ダニエラは泣きそうな顔をして必死に首を横に振っていた。
「あの時の子供は、ダメになったのです……だから……」
ダニエラは、口元に手を当てて、涙を貼り付けた目をウルウルとさせる。
しかし、その言葉を否定したのは
「ダニエラ。お前が子供を産んだ事を、お前の店の人間は確かに見ていたようだぞ」
サミュエルだった。
うわ! サミュエルが!! サミュエル自身が彼女にトドメを刺した!! マジか?!
しかし、ダニエラはこんな事で引き下がる女ではないようだ。
「それは嘘です! 私を陥れようとする、私を嫌う人間の酷い言い掛かりです!」
あ、自分が嫌われてる自覚はあったんや。さすが。普通『誰がそんな事を?!』だろ? 嘘や悪口を言う人間に思い当たらなければ。
「へぇ。では、貴女は娘でもない女の子と親子のように一緒に、ペルサキス子爵の別荘で二年も暮らしていたんですか」
そう口を挟んだのは、マギーだった。
能面を顔に貼り付けて、ドスの効いた声でダニエラに問いかける。
「そ……れは……」
ダニエラが言葉を失った。
そう、マギーがわざわざ屋敷に
ダニエラとその娘が隠れ住んでいた別荘に。
別荘を特定できたのも、マギーが結婚していた時に
『老元子爵のお気に入りだったのに、ここ数年で突然行くのをやめた別荘はないか』
と尋ねたら、メイドが教えてくれたそうだ。
そしてそこへ、私が手配した写真屋を連れて
帰宅が遅れた時はどうなるかと思ったけど。
間に合って本当に良かった。
「まさか……そんな……じ、じゃあ、あの時の子供は無事に産まれて……」
ペルサキス子爵が、恐怖で顔を歪ませていた。
ダニエラが、自分との子供はダメになったと嘘をついていたのを、ここで初めて知ったのだろう。
ちっとも嬉しそうじゃないのはなんでかなー?
そんな彼の紙より白い顔に気を取られていた間に、ツカツカとダニエラの前へと進み出たのはペルサキス子爵夫人。
あ、と思う前に
パァン!!
ビンタした! ダニエラは引っ叩かれた勢いのまま床に崩れ落ちる。
しかし、それに寄り添う男は誰もいなかった。
ペルサキス子爵夫人は怒りに任せてドスドスという足音を立てて人だかりに突進する。
そのまま人を掻き分けてその場を去ってしまった。
その後を慌てて追うペルサキス子爵。
あーあ。この後が地獄やねぇ。せいぜい、ご機嫌取り頑張れよ。
ま、ペルサキス子爵夫人も自業自得だ。自分こそが同じ事をしたんだからな。因果は巡る、だ。
マギーの様子をチラリと見たら。
満足そうに笑ってた。
サミュエルは……悲しい顔をして、ダニエラを見下ろしている。同情してるのかな。
でも、最初にダニエラにトドメを刺しに行ったのもサミュエルだ。後悔してんのかな。
「そ……そういう事なんだ。
実は、ダニエラは子供を産んでてな。
あいつの娘で私の孫だ。可哀想に思って私は世話をしてやっていたんだ」
老元子爵の顔色は元に戻っていた。
箱の蓋を震える手で元に戻して、自分の執事を呼び寄せてソレを渡そうとしていた。
逃すと思うか? この私が。
「そうだったのですね。随分とお優しいのですね。息子もその存在を知らなかった孫を、母親と一緒に別荘に住まわせてあげるんですから。でも──」
そんな私の言葉に、老元子爵がビクリと身体を震わせる。
「どうしてご存知だったのです? どうやって知ったのです?」
私がそう指摘した瞬間、執事に手渡すのに失敗した箱が床に落ちた。
写真を入れた額縁のガラスがビキッと音を立てて割れる。
「そ、そんな事をお前に言う必要はない!」
老元子爵が、カッと顔を赤くしてそう怒鳴った。
侯爵夫人を『お前』呼ばわりですかそうですか。
「そうですね。私が口出しする事ではありませんでしたね。
例え、子供が産まれた事を隠せと指示したのが貴方だとしても、私には関係ありませんものね。
その存在を隠してでも産ませたかった理由なんて、私には──」
「黙れ!!!」
老元子爵の物凄い怒号に、周りがシンと静まり返った。
肩で息をする老元子爵。
私を射殺しそうな鋭い視線。
しかし私はそよ風に吹かれたかのように涼しい顔をする。
お前のそんなモノ、怖くもなんともない。
逆に、私は顎を下げて挑戦的に見返して差し上げた。
「何故です? ただのじゃじゃ馬の妄言ですよ? 聞き流していただければよろしいではないですか」
聞き流せないなら、私が反論したことに怒る資格はお前にはねぇぞ?
私は今、お前と同じ事をし返してやってるだけだからな。
「お優しいお爺さまなら、ソレぐらいしてはいかがですか?
──あ!」
私はワザとらしく、何かに気づいたように口に手を当てた。
「ごめんなさい! そうでした、私が間違えてしまいましたね! 失礼しました!」
そう慌てて、私は先程の自分の言葉を否定する。
周りの人間が、
「お爺さま、ではありませんでしたね。お父さま、でしたね。
失礼しました」
私がそう訂正した瞬間──
「もうやめて!!」
悲鳴のようなダニエラの声が、舞踏会会場に響き渡った。
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