第83話 舞踏会に潜入した。

 レアンドロス様にお願いしていた事。

『舞踏会に、ゼノと私をレアンドロス様の名代として参加させて欲しい』


 今回の舞踏会に、レアンドロス様は勿論招待されていた。っていうか、こういう時に彼は必ず呼ばれる。出ないのにね。国境を警備している彼が、たかが貴族同士の見栄張り場に来るワケないのに。

 それでも、彼程の人間に声をかけないわけにはいかないのだ。むしろ、招待して来てくれようもんなら、主催者は鼻高々だ。

 招待されていると予想して彼に手紙を送り、もし招待されているようだったら、今回は名代として私とゼノを出させて欲しいとお願いした。

 彼は快諾。しかも、あのプレゼント付き。

 しかも、お願いした通り私を『セルギオス』とした招待状を送ってきてくれたのだ。


 私は今、メルクーリ北西辺境部隊正装軍服に身を包んだゼノの横を、ベッサリオン領男性用民族衣装を着込んだ姿で闊歩している。

 正直、ものすごーーーーーーく気分が良かった。


 夏至祭りを(今更)祝う為の祭りである為、舞踏会は少しラフな装いが多かった。

 しかし、まぁ殆どの男性はタキシードだ。盛装とは名ばかりの、ぶっちゃけ制服みたいなもん。服装のセンスを問われない為のモノなんだろうな、と思う。男性は服装の是非で判断されるのではない! 胸につけた勲章の数で競うのだ!! とでも思ってんのかな。バッカらしい。

 その代わり連れた女性たちはアホほど着飾っている。男性とは対極、服装のセンスの良さをひけらかす為だ。そして、センスが良ければ良いほど、連れてきた男性が評価される。意味がわからない。


 そんな中で、私とゼノは目立っていた。

 ゼノはメルクーリ北西辺境部隊の正装軍服。シルバーにも見えるライトグレーの布に黒に縁取りがされていて、ビシッとしている。メッチャカッコイイよゼノ! 褐色の髪が映えるよ素敵ッ!!

 対するベッサリオン領の男性用民族衣装の私。本来の民族衣装はウールなんだけど、こんな時期にそんなクソ暑いものは着れないので、ジャケットは夏用のシルクのものに変えている。若草色のそれには、裾や袖口、胸元から襟元まで、幾何学模様の黒の刺繍がされていて豪華だ。同じ布のストールを肩口に巻いて腕から垂らしていた。

 むかーしむかしは違う国だったベッサリオン領の、本来の正装は民族衣装の方なのだ。でも、国王謁見の時とかはちゃんとタキシード着るよ。男性はね。

 でも、今日はそういう集まりじゃないからね。好きなだけ民族衣装着るよ。


 歩く度に人が十戒の海のように割れた。楽しい。

 例え、取り巻く人々のその顔が「田舎者が」と嘲笑を含んでいたとしてもね。

 ええ。事実田舎者ですが、何か? 私が田舎者である事について、貴方たちに何か問題が?


 よほど目立っていたのだろう。メルクーリの軍服だと気づいたとある男性が、ゼノの前に出て来て恭しく頭を下げた。

「貴方は獅子伯の縁者の方とお見受けしますが、もしや──」

 その言葉に、私はゼノを少し前へと押し出した。

「その通りでございます。こちらは、先日獅子伯の養子となられた、ゼノ様にございます」

 突然知らんオッサンの前に突き出されたゼノは、身体を硬直させて固まっていた。

 彼の手を取った男性は、腰を折って改めて挨拶してくる。

「これはこれは。わたくしはサマラスと申します。よろしくお願い致します」

 そうか。レアンドロス様は滅多にこういう場所に登場しないからな。彼を篭絡ろうらくする為にはまず息子からってか。たぬきめが。さっきまでまるでピエロを見るような目で見てたの、知ってんだからな。

 しかし私はおくびにも出さない。ゼノの後ろに膝をついて彼の耳元でそっと囁く。

「胸にある勲章で爵位を見分ける事ができます。あの方は男爵です。緊張する必要はありません。いつも通りの挨拶をゼノ様は返せばいいのです」

 私のその言葉を受けて、彼はいつも通り、ぴしっと腰を九十度に曲げて挨拶した。

「ゼノ・スピロス・メルクーリです。よろしくお願い致します!」

「まぁ、小さな軍人さんはご挨拶までしっかりなさっているのね」

 たぬき──違った、サマラス男爵の隣にいた女性が、コロコロと笑ってゼノを褒めていた。その言葉に、ゼノは嬉しそうに顔をほころばせる。

 たぶんこれは嫌味ではない。オッサンを見飽きた女性が、いたいけな少年を見て癒されてるな。私と同じ☆


 それを機に、まわりで様子を見ていた他の貴族たちが、次は自分だとゼノの周りへと集まって来た。

 我先にと挨拶する貴族たち。

 次々に手を取られるゼノは、パニックを起こして完全に固まってしまっていた。

 騒ぎが少し大きくなっていたところで──

「ぜの!!!」

 あー。聞き覚えがある声がしたー。しかも無駄に超大声。


 大人たちの足を押しのけて人だかりの中に身体を無理矢理ねじ込んできたのは、やっぱりエリックだった。

「ぜのきた!」

 エリックの登場に、周りにいた貴族たちがザッと退いた。さすが、公爵家嫡男。

 そのおかげで、人だかりの中に入って来れていなかったであろうイリアスが、肩で息をしながらエリックのそばへと駆け寄って来た。

「エリック、走ったら危ないって何度言ったらいいんだい……?」

 あー。エリック。舞踏会の空気にあてられて走り回ってたな。ほっぺたが真っ赤だし、なにげに汗だくじゃないか。子供用スーツがメッチャ台無し。


 エリックがゼノの前に立った瞬間、ゼノはエリックの身体をバフっと抱きしめてそのまま抱き上げた。よっぽど知ってる顔にやっと出会えたのが嬉しかったのか。ゼノはエリックの肩に顔を埋めていた。

 まぁそうだよね。知らないおっさん達に奇異の目で見られつつ迫られたら、怖いし緊張するよね。

「ぜのどうした??」

 ゼノの緊張をちっとも理解いていないエリック。いいよ。キミはそのまま素直に育ってくれれば。もう少し緊張感が欲しいところだけど、その期待はあと数年持ち続けるからさ。


 ゼノに抱き上げられたエリックの視線が、バチリと私と合ってしまった。

 その瞬間、エリックの目がこれ以上ない程に見開かれた。

 そして

「せるぎ──むぎゅっ!!!」

 セルギオスの名前を叫ぶ前に、イリアスがエリックのその口をさっと塞いだ。ファインプレーだよイリアス!!

「エリック。大声はやめてって何度言ったら分かるのかな? 人の名前を叫ぶなんて失礼なんだよ? 理解して?」

 それでも、セルギオスの名前をムームー叫び続けるエリック。イリアス。無理だよ。興奮したエリックは制御不能だよ。

 顔を上げたゼノはイリアスに目で合図され、そのままエリックを抱きなおす(っていうか、それもはや捕獲だよね)。

「ゼノ様が少し人酔いしてしまったようですので、失礼しますね」

 私は周りを取り巻く大人たちにそう頭を下げて、人だかりをかき分けてゼノとイリアスを部屋の端の方へと導いて行った。


 部屋の隅、大きな飾り布が垂れ下がる場所まで行き、周りの目を盗んでその陰にさっと隠れた。

 イリアスとゼノと捕獲されたエリックと私。

 私は、膝を折ってエリックに視線を合わせた。

「エリック様。私は今日はゼノ様の護衛ですが、その正体がバレてはマズイのです。私の名前を大声で叫ぶのはやめていただけますか?」

 そう説明するが、イリアスに口をふさがれたままのエリックは、顔に「?」と浮かべている。可愛い顔すんな。くっそう。笑っちゃいそうだよ。

 ああ、あともう1つ。

「『団長』と呼ぶのも禁止ですよ。というか、そもそも今日この場では、私の事をどんな名前でも呼んではいけません。私は今日、この場には存在いていてはいけないのです」

 なんで? ここにいるのに?? 何も言ってないけど、エリックがそう言いたいのはすぐに分かった。

 なので、私は視線を鋭くする。

「ドラゴン騎士団のミッションなのです。今日この場にはアティ様もいらっしゃいます。悪者が、アティ様を狙っているのです。今日はゼノ様と一緒にアティ様の護衛に来たのですよ」

 そう説明すると、目がキラッキラに輝くエリック。ついでに『えっ!? そうなの!?』と驚くゼノ。

「これから私は、こっそり動いて悪いヤツの動きを観察しなければなりません。

 エリック様はイリアス様とゼノ様と一緒に、アティ様を守りに行っていただけますか? できますよね?」

 そうお願いする私。エリックがブンブンと首を縦に振った。

「ならば、絶対に私の名前を口にしてはなりません」

 ダメ押しすると、エリックの眉毛がキリッとなった。なにそれ可愛い。

「ゼノ様も。これから私は少しやる事があるため、少し貴方から離れます。その間、アティ様の所に居てください。その時、ツァニス侯爵や他の人間に誰と来たのかと問われると思います。

 護衛と来た、レアンドロス様の名代として、と伝えてください。

 私の名前は絶対に出してはダメですよ」

 エリックの身体を抑えていたゼノにもそう念押しする。

 彼は不思議そうな顔をしていたけれど、素直にコックリと頷いた。

 素直な子、好きだよ。

 まあ、別にセルギオスの名前がゼノから漏れても構わないんだけどね。

 むしろ。

 

 でも、それ以上に余計な事がゼノの口かられる可能性もある。だから、言わないようにしておいてくれた方が安全には違いない。


「それでは、皆様はアティ様のところへ」

 ゼノとイリアスの拘束から解放されたエリックが、私のその言葉に目をキラキラとさせた。ゼノは相変わらず不思議そうな顔。イリアスはちょっと呆れた顔をしていた。


 布の向うに三人を押し出す。

 人込みの中へと入っていくその後ろ姿を見送った。


 さぁて。ここからが本番だ。

 しかし──

 マギー、間に合うかな……。

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