第82話 決戦の日になった。
「それでは、いってらっしゃいませ」
私とゼノ、そして家人たちは、玄関に勢ぞろいして頭を下げた。
私たちに見送られた、盛装したツァニスと天使も顔負けに着飾ったアティ。アティは何故私は一緒に行かないんだろうと不思議そうな顔をしていたけれど、私に手を振られて首を傾げながら出て行った。
舞踏会へと行く為に。
今回は、サミュエルは同行を辞退した。マギーもない。そのため、アティには他の子守と護衛の子がついて行った。
私は舞踏会の事を、見送りのその場で聞いたように驚いてみせた。
ツァニスは……彼、私が知ってた事気づいてたね。あの顔は。演技下手か、と言わんばかりの呆れ顔。わざとだよわざと。演技下手なのは。わざとだってば。
ゼノには、ツァニス侯爵とは別で舞踏会に参加する事を伝えていたので、特に驚く様子もなく普通にしていた。
見送った後、屋敷には静寂が訪れた。
「さて」
私はクルリと振り返って手をぽんっと打つ。
「それではゼノも準備しましょうか」
家人たちが散り散りに去っていく中で、残っていたクロエとゼノと、そして彼の世話役にそう伝えた。
彼とその世話役がコクンと頷く。
「準備が終わったら厩舎の所で待っていてください。同伴者が迎えに行きますから」
私がニッコリとそう言うと、ゼノはコクンと頷いたが、世話役は少し
大丈夫だって。彼を変に扱うワケじゃないってば。
自室へと戻って行くゼノたちの背中を見送る私とクロエ。
「それでは、奥様もご準備を」
クロエがそう
よし。私も準備にとりかかるぞ。今日は決戦。気合を入れないとね。
***
ツァニス侯爵から随分遅れる事……どれぐらいだ? 結構遅れての登場となるだろうな。向うは車でこっちは馬だからね。文明の利器には
それでいいんだよ。
ヒーローは遅れてやってくるもんだ。あー、ヒーローじゃなくて
私は背筋を伸ばして馬を駆る。その後ろを、レアンドロス様に贈られた軍服に身を包んだゼノと、その護衛がついて来ていた。
ゼノが乗る馬は、実はレアンドロス様が後から贈って来てくださった馬だ。あの人やること豪快~。
大人の馬だったが身体は小さく、賢くてよく調教されており気分にムラがない。身体能力も高くて最高の馬だった。
そして、その馬と同時にプレゼントされた、メルクーリ北西辺境部隊正式仕様の馬具。もう、どっからどう見てもメルクーリ北西辺境部隊の正規軍人だ。サイズ以外は。
かたや私も。
実は正規品で馬を飾っていた。カラマンリス侯爵家でもなく、メルクーリ伯爵家のでも軍のでもない。
私の実家、ベッサリオン伯爵家のだ。
実は、コレや洋服を発注していた。お陰でもう貯めていた小遣いは消えてなくなったけどそれでいい。
これで身の回りを固められるだけでも嬉しい。
私の苗字は確かにカラマンリスに変わった。
しかし、ベッサリオン伯爵家の人間じゃなくなったわけじゃない。
私は私だ。カラマンリス侯爵の妻でありつつも、ベッサリオン伯爵家に生まれた事を誇りに思っていて、その誇りは例え結婚しても失わない。
結婚したらその家に染まれと言う人がいる。本人が染まりたいなら染まればいい。
勿論、カラマンリスに馴染む必要があるのは分かってる。だから。染まるのではない。混ざるのだ。私の中には両方がある。どちらも存在してる。決して、片方が片方を塗りつぶしてしまうのではない。
舞踏会が開かれる場所へと辿り着いた。
その屋敷の庭には、こんなに並んでんの見た事ねぇわ、という勢いで貴族たちの車が並んでいる。
その横を通り過ぎて、私たちはその場所の入口へと
舞踏会が開かれる場所を聞いて最初は驚いた。
エリックの家、アンドレウ公爵家だったのだ。なるほど。だからエリックは随分前からその情報を知っていたのか。
今回の決戦がアンドレウ公爵邸。こりゃお膳立てが過ぎるわ。
私はこの後起こるであろう騒動にワクワクが止まらない。
車や馬車が、玄関前に列になっている。
みんな華々しく玄関先で出迎えられて、レッドカーペットの上を歩くんだな。
そう、そのほとんどが、車か馬車だ。参列者は、車や馬車の扉を開けてもらって、仰々しく登場していた。
車や馬車じゃないので順番待ちするのも馬鹿くさかったけど、ちゃんとそれに
舞踏会の参加者やその使用人たち、沢山の人間たちがそんな私たちを見て、コソコソクスクスと噂をしながら笑っていた。
田舎貴族とバカにしてる目だな。確かに、車や馬車の中で単騎の馬に乗った私達はめっちゃ浮いてる。でも、それの何が恥ずかしい? 馬で登場して何が悪い?
ゼノとその護衛が、そんな人たちの視線を気にしていた。
まぁ、仕方ないよね。こういう場は初めてだろう。最初はみんな緊張する。
やっと、前の車が玄関前からどいたので、ゆっくりと前へと馬を進める。
玄関横につけた時──私は
ヒヒィィィンっ!!
人が沢山いる事に興奮していたのだろう。馬も『待ってましたっ!』と言わんばかりに盛大にいなないて棹立ちになった。
「きゃあ!」
その勢いに驚いたどこかの貴婦人が、後ろへドスンと尻餅をついてしまった。
なので私は、バサリと外套を
「驚かせて申し訳ないレディ」
その手を、顔を真っ赤にして掴む貴婦人。
彼女を立たせてあげてから、そっとその手の甲に唇を寄せた。勿論触れないようにしてね。どこの貴族の妻か分からないし。難癖つけられたくない。
ぼーっと立ち尽くす貴婦人にクルリと背を向けると、どういたらいいんだと馬の上で困った顔をしたゼノの横へと進み出た。
そして私は、恭しく頭を下げて手と自分の膝を差し出す。
一瞬「えっ」とした顔をしたゼノだったが、私が手で招くので、そのまま私の膝を踏み台にしてから、地面へと降り立った。
緊張でカッチコチになっているゼノの耳元に口を寄せる。
「大丈夫ですゼノ様。貴方は今、ここに存在している誰よりも輝いています」
そう呟いてから、彼の手を取って屋敷の中へと先導して行った。
馬を使用人たちに預けた護衛も、あわあわと慌てて後をついてくる。
後ろが物凄くザワザワしはじめたけれど、ガッツリ無視した。
屋敷内、大広間前の廊下まで来ると、そこから先の人間たちの種類が違うのが目に見えて分かった。
おそらく、ここまでは貴族ではなくても入れるのだろう。
しかし、ここから先は招待されている貴族しか入る事が許されない。
その境界にいた、手に名簿のようなものを持った男に、ゼノを連れた私は止められた。
「申し訳ありません。ここから先は招待客のみとなっております」
つまり、私たちは招待客じゃないだろ、と? 足元見るな。アンドレウ邸の家人ならどんな相手でも真摯に対応すべきやろがい。
ま、いいけどね。招待状でしょう?
勿論持っていますとも。
私は懐からカードを取り出して彼に渡した。
その瞬間、彼がピシリと背を正した。
なので私も、改めて紹介する事とする。
「こちらは、レアンドロス・キュロス・メルクーリ伯爵が
そして私は、この度の後見人──セルギオス・キリル・ベッサリオンです」
私は、ベッサリオン領の男性用民族衣装に包んだ胸を張って答えた。
セレーネでは参加できない。既婚者の私は、もし参加するならツァニス侯爵の同伴としてでなければならないのだ。
しかし、男性であれば招待状さえあれば既婚者だろうと独身だろうと、一人でも問題ない。
そういえば実は、横に立つゼノにもその護衛にも、セルギオスが
男装した後、厩舎の前で待つ二人に声をかけた。
最初は驚いていた二人だったが、私が同伴者だと伝えて、実はもう一通届いていたレアンドロス様からゼノへの手紙を渡した。その手紙に書かれていた説明と、「セレーネの兄ですよ」という私の言葉で、ゼノは「なるほど」という顔をしてアッサリ納得してくれた。
「ようこそいらっしゃいました。メルクーリ伯爵名代、ベッサリオン伯爵」
男が恭しく頭を下げる。しかし、彼は頭を上げた後、私の顔をチラリと見てから小さく口を開いた。
「申し訳ありません、ベッサリオン伯爵。本日はマスクは──」
そう。私は今、顔バレしないようにアイマスクをしていた。いくら男装しているからといって、ここには私の顔を知っている人間がいるかもしれないから。
私は彼に丁寧に頭を下げて言った。
「私の顔には大きな傷があります。貴婦人たちを驚かせない為に、どうぞこのままでお許し願います」
嘘だけどね。顔に傷なんてないよ! 身体は傷だらけだけどね!
すると彼は「そうでしたか! 申し訳ありません!」と逆に頭を下げ返して、廊下にかかっていた赤いロープを外して道を開いてくれた。
してやったり。
私とゼノは、外套を脱いで護衛に渡し、堂々を中へと入って行った。
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