第81話 プレゼントが届いた。

 ある日、屋敷に私宛のプレゼントが届いた。


 あれ? プレゼント?

 おかしいな。依頼した商品の納品はもう少し後の筈なのに?


 宛先は私と……あ、ゼノもだ。

 送り主は──レアンドロス様?! 獅子伯様?!

 え? 何、どういう事?!

 慌ててゼノを呼んで来て、私は彼にプレゼントを開けてもらう事にした。

 彼は、驚きと恐怖が混ざったかのような顔をしていた。

 ……なんで怖がってんの? え? 何? もしかして鹿の首の剥製とか大量の熊の手だったりする?


 ゼノが恐る恐る開けた箱の中から出てきたのは──軍服だった。

 うわ! これ、この国最強と言われるメルクーリ北西辺境部隊の正装軍服!!

 しかもしかも!! サイズはゼノに合わせてある!!

 ゼノが口をあんぐり開けて固まっていた。

 うわぁ! うわぁ!! すぐにゼノに合わせてあげたーい!!!

 でもでも! コレに最初に私が触るワケにはいかなーい!!

 私はワクワクドキドキしながら、ゼノの小脇を突っついて彼を促す。

 ゼノは、めっちゃくちゃはにかんだ微笑みを浮かべて、軍服の上着を自分の肩に合わせた。

 私はその背中をグイグイ押して、近くにあった姿見の前へとゼノを立たせる。


 鏡に写ったゼノの顔は、なんだかとっても誇らしげだった。

 アカン。身悶える。アカン。キュンキュンが止まらん。大丈夫かな? 鼻血出てない? 我慢しすぎて目から鼻血、出てない?

 ゼノヤバイカッコイイし可愛いしカッコイイし可愛いよやっぱりカッコイイよ!! 立派な軍人さんだったよ!!

 レアンドロス様……なんて粋な計らいをっ!!!


 箱に一緒に入っていた軍の正規品である剣(ゼノサイズ)を取りに行ったゼノが、私に手紙と小さい木製の箱を手渡してくれた。

 宛名は私になっていた。

 レアンドロス様からの手紙か。箱は……なんだろう?

 私はそれをゆっくりと開いてみた。


 箱に入っていたのは、ペーパーナイフ。きらびやかさやあでやかさとか完全無縁の。

 鹿の毛の鞘からナイフを出して驚いた。黒曜石だ。黒曜石のペーパーナイフだ!

 研磨された真っ黒な黒曜石のそれは、ペーパーナイフにしては鋭利。柄までが黒曜石でできており、持ち手に巻かれた革には言葉が刻まれている。

『唯一無二』

 私の好み、寸分たがわぬど真ん中、超剛速球ドストライク。


 ……指が震えた。

 私は人妻私は人妻私は人妻……

 レアンドロス様に他意はない他意はない他意はない……


 しかもだよ。他人の妻にアクセサリを送ったら確かに大問題。

 でもペーパーナイフだよ。物凄く高価なものではあるけれど、実用性しかないものだよ。高級ヤカンを贈って来てくれたようなモンだよ。客観的にどう見ても下心や色気は皆無だよ。

 そこまで分かっててコレを送って来たんかな。

 意外とそこまで考えてなさそうなのがまた──いかんいかん。私は人妻私は人妻私は人妻私は人妻。


 ちょっと混乱する脳味噌で手紙の方を読んでみた。

 私の願いを了承した旨の返事が書いてあった。

 レアンドロス様のしてくださった過剰とも思える気配りに感謝し、追って手紙を書く事にして。

 兎に角今は目の前のゼノだ。

「レアンドロス様からの許可が出ましたよ。ゼノも舞踏会に行けます。それを着てね」

 それを聞いたゼノが、身体をビクリと震わせた。ちょっと飛んだね?

「でも……僕には早すぎます……」

 そう、顔を暗くした。

 まぁ実際の所、確かに社交会に顔を出すには八歳は早すぎるね。本来そういう場に出る時は、しっかり紳士としての教育を受けた後、父親と同伴して周りに紹介してもらうのだ。

 しかし、ゼノはまだ紳士教育を受けてないし、そもそも舞踏会にレアンドロス様は出ない。


 そんな肩を落とした彼の背中を、ちょっと強めにポンっと叩いた。

「ゼノ。レアンドロス様からの許可が出たという事は、ゼノが人前で一人前に振る舞える筈だと、レアンドロス様が仰って下さってるって事ですよ?」

 それでも彼の顔は暗いまま。

 なので、私は彼の前に回って膝をつき、彼の顔を下から見上げた。

「レアンドロス様の言う事が信じられませんか?」

 そう問いかけると、彼は慌てて首を横にブンブンと振った。

 なので私はニッコリと彼に笑いかける。

「レアンドロス様の目に狂いはありません。

 それに──」

 彼にバチコンとウィンクを一つ飛ばした。


「心強い方が、貴方に同伴してくれますよ」

 そう言うと、彼はキョトンとした顔をして首を傾げた。


 ***


 首尾は上々。準備は色々出来てきた。順調過ぎてちょっと怖いぐらい。


 マギーからも手紙が届く。アティ宛ての方を彼女に読んであげたら小躍りしていた。天使のダンス・再び。たぶんソレ見た者を昇天させる必殺技でしょ。見た私が昇天しかかったもん。ちょっと天国見えたよ。意外。私、天国行けるんだ。

 ああ、この姿をマギーにも見せてあげたかったなぁ。手紙に同封されていた押し花のしおりをギューっと抱きしめて、ほっぺたピンクにしたアティ。これが天使じゃなきゃ何なの。至宝とか女神とかいう言葉ですら陳腐だわ。

 アカン、また昇天する。


 私宛の手紙の方には、マギーにお願いしていた件が上手くいった事、その結果を持って帰宅する旨が記載されていた。

 ヨシ、さすがマギー。仕事完璧!

 ……でもさ。アティの手紙の方には、彼女の感情を含めた色々な事が書かれていたのに、私の方には依頼事項の結果だけなんだけど。業務完了報告書かよ。

 もっとこう……何か、ないのかな? 裏は? 白い……


 そういえば。

 舞踏会までの間に、ダニエラが頻繁に屋敷に訪れるんじゃないかと思っていたけれど、そんな事はなかった。

 むしろ、一種恐怖を覚えるほど彼女の話題が屋敷の中で話される事はなかった。


 そう、つまり。

 ツァニス侯爵とダニエラ、そしてあの老元子爵。屋敷の外で接触してるな。

 そして、それに同行したりして情報を知ってる執事たちに緘口令かんこうれいを敷いてる。だから、不気味なほど話に上らないのだ。


 あれだけの事をやらかしといて屋敷で全く話題に上らないとか、逆に不自然すぎんだよ。

 まぁ、私は舞踏会の事とかそれに関わる事、それら全て知らないテイになっているからね。その事については特に何かアクションを起こさなかった。


 ツァニスの事は──正直分からない。

 老元子爵が何かを彼に仕掛けていると思われるけれど、ツァニスは私には何も言わなかったし責めなかった。

 それでも『こんな面倒くさい事ばかりしでかすなら、マジ離婚したい』と思ってるかもな。

 ごめんねツァニス。もっとやべぇ事しでかすつもりなんだ。

 その後彼がどうするのかは彼に任せよう。離婚上等。

 心残りはアティだけど……マギーも変わってきているし、ツァニスも変わってきている。サミュエルは……どうかな。変わってきたと思うけど女性不信になってそうだからなぁ。微妙。

 イリアスが上手くサポートしてエリックが健やかに育てば、きっとアティは悪役令嬢にならないし、彼女をそうしようと仕向けてくる人間も減るだろう。ゼノもいる。彼もアティの傍で彼女を守ってくれる。

 何より、アティ自身が健やかに可愛いく素直で元気な女の子になってきている。

 それだけでも全然違う。


 乙女ゲームの世界の話とは違ってきている。

 ここでダニエラをぶっ潰しておけば、おそらく乙女ゲームのような流れにならない事が確定するんじゃないかな。

 私の、カラマンリス侯爵家での役割は、そこで終わるかもしれない。


 そうだよ。私が舞踏会でやらかして、その制裁の為にツァニスに離婚させられた、というテイが取れたら、最後まで万事丸く収まるんじゃね?

 わ。なんか、すっごく収まりが良い気がするんだけど、どうだろうか?

 あー!! 相談できる相手が一人もいねぇ!! ボッチも過ぎるわ! マギー早く帰って来てっ!!


 そうしてソワソワしているうちに。

 とうとう決戦日となった。


 マギーはまだ帰って来ていない。予定では昨日帰ってくるって話だったけど、鉄道が遅れたのかもな。この世界の鉄道が遅れるのは普通の事だ。そうすると乗り継ぎ失敗して予定通りに帰宅できない事もままある。


 マギーが鍵を握ってるんだよな。そのままの意味で。

 どうか、間に合って。


 私はそれを祈りつつ、午後を待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る