第80話 乙女ゲームの流れが変わってきた。

 改めて思い知る。


 私という存在が、たぶん乙女ゲームに至るまでの流れを変えてしまったという事を。

 おそらく、もうあの乙女ゲームのようにはならない。


 本来であれば、ダニエラがツァニス侯爵に接触してきたとしても。

 大奥様が伯爵令嬢と離婚する事をツァニスに許さなかっただろう。は、貴族としてのプライドが猛烈に高かった。たぶん、大奥様と利害が一致してタッグを組んだだろうな。

 老元子爵が何と言っても何をしても、ツァニス侯爵は妻や大奥様の言う事に反対しない。離婚するなと言われたら離婚しないだろう。

 そして、乙女ゲームの流れに至る事になる。


 ……正直、セルギオスという剣術大会荒らしがいなかった世界で、なんでツァニスがを見初めたのか分からないけれど。

 ……もしかして、それも大奥様の差し金だったりして? 中央とは疎遠だけれど、一応名家ではある伯爵家から嫁を貰えば味方が一人増える、とか思ってて。

 どうなんだろう。今となっては分からないけどね。


 サミュエルは、顔が真っ青になっていた。

 手が震えている。

「……貴方に調べられるなら、俺が調べる必要はなかったのではないですか……」

 悔しいのか、怖いのか。サミュエルは私の方を見ずに、ずっと握った自分の拳を見つめている。

 見てはいないだろうけれど、私は首を横に振った。

「私では確証は取れない。貴方だから確証が取れると思ったのです」


 もしかしたら、ダニエラに直接問いただして、聞き出す事も出来るだろうと思った。

 それが一番の確証になる。私の前世の記憶だけでは、イマイチ自信なかったし。何せ私が知っている流れとは変わってきている。記憶も曖昧な部分もあるしね。


 しかし、彼がこう言うって事は、噂を手に入れても本人に確認できなかったな。

 さすがに、できないか。

『お前は俺を騙していたのか?』

 なんて、面と向かって聞ける人間はそうはいない。相手の事を信頼していたら尚更なおさらね。


「確証は、取れましたか?」

 私は、改めて彼に尋ねる。

 彼に言わせて、自覚させる為だ。彼を傷つけると分かっていたが。

 サミュエルは暫く口を開かない。

 手を固く握り、そして口を真一文字に結んだまま。

 私は待った。彼が言うのを。


 バーにいる、他の人間たちの喧噪だけが私たちを囲んだその時。

 サミュエルがかすかに口を開いた。


「……確証はない。生きてるのも、死んでるのかも分からない……噂は確かにあった。しかし、最近その姿を見た者は誰もいないらしい……」

 彼が、素直に、自身が知っているであろう事実のみを話した。

 そこに、彼の感情は含まれていなかった。


 それで構わない。私はそれが聞きたかっただけだ。

 噂があった、という事だけで充分。それにより私は自分の記憶に自信が持てる。

 あとの確証は、


 サミュエルが、盛大な溜息を漏らして頭を抱えてしまった。

 実際に言葉にしてしまった事により、実感してしまったかな。

 ダニエラが、自分に嘘をついていたという事を。運命の人、とまで言われたのに。

「どうして……」

 彼が、さめざめとそう漏らす。女性不信にでもなった声だな。

「保険みたいなものでしょうね」

 ズバッを言ったら、彼は更に肩をガックリ落とした。

 ダニエラは、ツァニス侯爵に近寄る事を目的としつつ、色々な事がダメになった時の保険として、サミュエルにも近づいておいたんじゃないかな。多分、傍に誰か男がいないとダメな女なんだろう。男の中に自分の価値を見出す女もいる。

 彼、本来の乙女ゲームでも同じような目にあって、きっとダニエラに後々捨てられて、更に歪んだんじゃね?


「俺は……俺ってなんなんだ……何のために……」

 生きてるんだ、利用される為にか、そう、零すサミュエル。

 他人に利用されている事を自覚したからか。ま、ショックだよね。自分を頼って来てくれたと思ったら、そうじゃなくってただ利用しようとしていただけとかって、知ったらショックだよね。


 私は首を巡らせた。

 飲みたいけれど飲めないワインに視線を落としながら、言葉を探す。

 そうだな。彼に贈る言葉は……フォローでも励ましでも、さげすむ言葉でもないな。

「生きる事に、意味なんてありませんよ」

 私は、彼にだけ聞こえるぐらいの声でそう告げる。

 彼が、驚いた顔をして私の目を覗き込んできた。

「自分の人生に意味や価値を見出すのは自分だけ。自分には価値がなかったと死ぬ時に思いたくないから、そう思い込むようにしてるだけ。

 客観的に見て、その人間が生きる事にも死ぬ事にも、意味なんてありません」

 じゃなければ、セルギオスが病弱に生まれて若くして死んだ事に、客観的な意味があるって事になってしまう。ふざけんな。


 私は、少し強い口調で言う。彼に気づかせる為に。

「だから、思う存分自分に価値を付与すればいい。自己満足するまで。

 でも、他人に価値を期待するのはやめた方がいい。そんな事をしていたら、他人が貴方を『ゴミ』だと言ったらそうなってしまう。自分でも否定できなくなる。

 自分で自分に価値を見出して、自分を生かせ」

 セルギオスは生きたよ。後悔がなかったとは思わない。それでも、彼は自分ができる精一杯の事をして生きた。

 そして、彼の『想い』が、確かに私の中に生き続けている。セルギオスはそれを望んでいなかっただろうけれど。


 サミュエルが、茫然とした顔で私を見ていた。

 言うべき事は言ったし、聞くべき事も聞いた。

 私は固まるサミュエルを放置したまま、席を立った。


 ***


 ダニエラは、ツァニスと再婚を狙ってる。

 娘を連れて。

 ツァニス、モテモテやなぁー。全然ぜんッぜん羨ましくも嫉妬も覚えないけど。


 ダニエラは、子供がいる事は結婚後にでも言うつもりなのか。恐らく連れ子がいる事は再婚出来るまでは隠し、結婚できた後になし崩し的に告白するんじゃないかな。悲劇のヒロインを演じつつ。

 当初はアティと仲良くするだろう。でも、そのうち自分の娘を贔屓ひいきし、アティを邪険にする。


 本来、連れ子の方はツァニス侯爵の血を引いていないので重用ちょうようされる事はないけれど、そのうちに嫡男でも生まれればチャンスだ。

 将来その嫡男に姉を庇護させればいい。

 アティは疎外され、邪魔なら最悪事故に見せかけられて殺される。


 まぁ、完全にコレは私の妄想なんだけどね。

 ダニエラがそこまでサイコパスじゃないと思いたい。でも、こういう時は楽観視せず、最悪の状況を考慮しておいた方が、後々ショックを受ける事がなくなるから。

 それに、私が離婚になってダニエラが再婚するってなったらさァー。アティ連れて逃げるけどねー。でも、それは最終手段。


 その前にその下手な計画を叩き潰してやんよ。


 当初、サミュエルに運命の人〜とかホザいてたダニエラの真意が分からなかったし、サミュエルには『保険』って言ったけれど。


 恐らく、保険の意味もあるだろうけれど、今回のこの計画を盤石にする為に、サミュエルを味方につけておきたかったんじゃないかなぁ。

 サミュエルからの後押しや手引きがあれば、計画は順調に進む。

 サミュエルにはこう言えばいい。

『私はツァニスの妻になるけれど、心は貴方のもの。私も心の底で貴方を思っているわ』

 とね。

 乙女ゲームでよくある二股プレイだな。それか花魁やキャバ嬢の手練手管。

 子供の事も、悲劇のヒロインぶって『秘密にするしかなかったの』とでも言うつもりだったんじゃないかなァー?


 第三者的に見ると、そんなミエミエの嘘に引っかかるかフツー? と言いたくなるが、多分その場でそれを語るダニエラは、真摯で純粋に見えるのだろうな。それを真実だと相手に思い込ませる、天然の無垢を演じられるオーラがあるんだ、きっと。

 清楚な外見の悪魔なんて普通のそこらへんにゴロゴロしている。外見と心はイコールではないのだ。

 だから花魁もキャバ嬢も客に困らない。

 まんまとサミュエルもその手に引っかかったワケだ。


 でも、サミュエルは自覚しただろう。

 彼女が口だけだったのだと。

 一歩引いて、彼女の言葉を聞かずに行動だけに注視すれば、彼女の目的なんてすぐに気づける。彼女の本意に。


 さて、サミュエルはどうするかな。

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