第79話 情報収集結果を聞いた。

 サミュエルの方の首尾はどうなっているか。

 彼の情報に期待しているわけではない。

 どちらかと言うと、彼の行動そのものに注視していた。


 彼に情報収集の依頼をした。

 そして、結果はセルギオスに話してもらう事としている。

 私では話せない内容も、セルギオスになら話して貰える可能性もある。

 正直、『セルギオスだから話した、セレーネだったら話さなかった』という風に、彼の信頼を裏切る事になってしまうかもしれない。

 私はズルい人間だな。

 ま、何て罵倒されても平気だわ。

 私は自分だけ綺麗なまま生きようと思ってないしな。


 屋敷に来ている間のサミュエルは、鉄仮面だった。感情を表に出さないように頑張っているようにも思える。

 しかし、私への態度は次第にぎこちなくなって行った。ボッコボコにしたった時に少し緩和されたけど、依頼した内容が影響してるのか。

 避けている、というより、悩んでいる、といった感じだ。まだ自分の身の振り方が決まっていないので、私にどう接したらいいのか分からない──そう思ってんじゃないかなぁ。


 まぁ、存分に悩めよ。

 折り合いをつけられるのは自分だけやぞ。

 アティと同じだ。


 そんなある日、サミュエルからこっそりと声をかけられた。

「日程を調整して頂けますか?」

 何を、と問い返すまでもない。セルギオスとの会う日の事だな。

「分かりました。彼と連絡を取ります」

 それだけを告げて、ふいっと彼から離れた。


 さて。

 第一の関門だな。

 サミュエルは果たして、どう出るかな?


 ***


 また、夜の街、バーで待ち合わせる事にした。

 私は例に漏れず、夜に屋敷を抜け出して街へと行く事にした。


 が──

 ここで一つ。

 私の予想外の事が。


 クロエが。私の世話役のクロエが。

 新しい男装用の服を手にして私の前に現れたのだ。


 心臓が肋骨破って飛び出すかと思った。ちょっと肋骨にヒビ入ったかも。

 全く予想してなかったので、言い訳も思いつかずしどろもどろになってしまっていたら、クロエは一言

「マギーから全て聞きました」

 と告げた。

 マギィィィィィィィィィー!!!

 私がギリギリと奥歯を噛み締めていると、クロエがマギーからの伝言とやらを教えてくれた。


『大それた事をやらかすならそれなりに味方が必要です。貴女は詰めが甘すぎるので、クロエは既に薄々勘づいていました。彼女は墓場まで秘密を持っていけるタイプです。だから侯爵夫人の侍女になれるんですよ。

 誰が貴女の部屋を掃除してると思ってるんですか?』

 だ、そうだ。


 ……言われて確かに。

 他の家人が噂してるって事は、私の一番身近にいるクロエが気づかないワケないんだよね。それで今まで誰にも事実がバレてなかったという事は、クロエが勘づいてた事を誰にも言わないでいれくれたからだ。

「秘密にしていてごめんなさい」

 私がそう彼女に、今までのことを含めて色々謝ると、彼女はフワリと笑って首を横に振った。

「秘密は楽しゅうございますよね。今後も私たちだけの秘密で参りましょう」

 そう言ってくれた。

 ついでに

「時々、街へ男装姿でエスコートしていただければ」

 というお願い付き。

 勝てねぇ……このタイプには絶対勝てねェ……

 私は、喜んで、と返事しておいた。


 夜、屋敷から抜け出す時に、クロエの協力を得る事が出来た。

 これは嬉しい誤算だった。

 今度は慌てて壁を登って帰ってくる必要がないのだ。ゆっくり壁を登ってこれる。

 うん。窓から出入りするのは変わらないけどね。流石に男装したまま屋敷は歩けない。気をつけてても、前のように誰かに目撃されてしまう事もあるし。


 クロエが部屋の偽装工作して、私は窓から外に出て厩舎へと行く。

 ……そこには、あの厩務員さんが煙草をふかして待っていてくれた。

「お待ちしておりしたよ。準備はできておりますゎ」

 うわ。マギー、こっちにもバラしたんかい。


 厩務員さんがニコニコしながら言っていたが、マギーから事情を聞いたけれど、やっぱり薄々勘づいていたそうだ。

 私が馬を拝借した時を見かけた事があるそうだが、馬の乗り方で気づいたとか。マジか。

 彼の場合、私が男装してるとは思ってなかったらしく(暗くてそこまでハッキリとは見えてなかったんだって)、夜の遠乗りが好きなんだなぁと思っていたらしいよ。

 私……マジ……詰めが甘すぎるのね。

 むしろ、よく他の人間にはバレてないなぁ。やっぱり私の男装が完璧すぎるからか。


 私は厩務員さんへとお礼を述べて、馬を借りた。

 やっぱり、私は一人では生きていないな。みんなの無言の思い遣りの上で生かされている。


 ありがとう。


 そう感謝の気持ちを胸に抱きつつ、私は夜の街へと馬を走らせた。


 ***


 顔を半分隠してバーに入る。

 前と同じ場所に、サミュエルは座っていた。


 前とは違く、バーに入ってきた私の姿を認めると、サミュエルは何故か少し後悔したような顔をした。

 とうとう来てしまった、そんな顔だ。

 まだ腹は決まっていないのか。決断するのが怖いのか。

 そりゃ仕方ないよ。決断って怖いんだよ。結果に責任を自分で取らないといけないから。

 しかし、こっちも悠長には待ってられないんだよね。

 さて、サミュエルはどう出る?


 私が手にワイングラスを持ってサミュエルの元へと行った。彼に椅子をすすめられて座る。

 彼は私の顔を見ずに、ずっとワイングラスを見つめていた。


「セレーネから依頼された情報の首尾は?」

 私は、わざと活舌悪く低い声で喋る。

 彼は動かない。まだ迷っているのか。


 ならば仕方ない。

 私から引導を渡す。


「貴方の友人のダニエラだが──」

 さて。サミュエルはどんな顔をするかな。

「娘がいますね。アティ様の1つ下の」

 その言葉を発した瞬間、サミュエルの身体がビクリと動いてテーブルが揺れ、ワインが零れた。


「どうしてソレを……俺が調べる事だった筈……」

 彼は愕然として目を見開いた。

 そう、私がサミュエルに依頼したのは、ダニエラの子供の行方だった。

 流産だったなら勿論痕跡は残っていない筈。しかし死産だったなら、場合によっては墓があるハズだ。

『彼女の子供が死んだ証拠を探せ』

 私が彼に依頼したのは、それだった。


 サミュエルは調べただろう。

 しかし、その痕跡はなかった筈。そっから先、彼がどうするかは彼に任せた。

『証拠が残っていなかったから、きっと流産か死産だった』

 そう結論付ける事も可能だった筈。

 でも──私は、彼がその先も調べるだろうな、と思った。

 私が敢えてそう依頼する意図を知りたいと思うだろうと思って。予想通りに動いたワケだけど。


 彼女の実家は大店おおだなだ。そこに出入りしている人間は多い。

 そして、そこに関わる全ての人間の口を封じる事はできない。

 噂がどうしても漏れ広がる筈。

 しかも、あまりおおっぴらに言えないような人間の存在の事は特に。

 子供の存在なんて隠せない。だって、実際にダニエラは妊娠している姿を人に見せているし、たぶん動けなくなってからは実家にお世話になっていたハズなんだから。

 緘口令かんこうれいは敷かれただろう。

 不倫相手の子供を妊娠したのに捨てられました。そんな事は言えない筈だ。特に、人気商売である大店おおだなであれば。

 でも、人の口に戸は立てられぬ。噂は漏れるもの。


 実は、ダニエラには不倫相手の子供──娘を生んでいたっていう噂が。


 私がその事に気づけたのは、前世の記憶のおかげだ。

 乙女ゲームの知識。

『ダニエラ・サマセット』

 この名前には勿論覚えがない。

 しかし、覚えがある名前があるのだ。


『ダリア・サマセット・ペルサキス』


 これは、乙女ゲームの主人公のデフォルトの名前だ。

 とある子爵──ペルサキス子爵──あの老元子爵の家の人間の落としたねであるという事に、ゲーム開始直前ぐらいの時系列で知る事になったという設定の、あのゲームの主人公の女の子だ。

 そう、ダニエラは乙女ゲームの主人公の母親なのだ。


 乙女ゲームの主人公として存在しているのであれば、死んでるワケないんだよ。

 ただ現時点で、その存在を隠されているだけであって。


 ダニエラについて、なんか見た事あるなァーと思っていたら。

 なんて事はない。乙女ゲームで散々見た主人公の姿にソックリだったのだ。そりゃ見覚えあるわ……

 そして。

 その事に気づいて、私は背中が寒くなった。

 あの乙女ゲームは、ダニエラの復讐物語だ。

 自分になびかなかったツァニス侯爵の代わりに、彼の娘を自分の娘を使って叩き潰す物語。いわば代理戦争。乙女ゲームの主人公も悪役令嬢・アティも、短絡王子エリック偏執野郎イリアスおおらか騎士ゼノも、悪役家庭教師サミュエル悪役子守頭マギーも、ダニエラの手の内で復讐物語に、無意識に手を貸していたに過ぎない。

 マジかよ。ゲームの脚本家やばくね? テンプレ単純話かと思いきや、こんな設定を裏に隠していたんかい。怖っ。


 劇場型で利己的だけれど、頭が悪いワケじゃない。周囲を見回し、自分が一番得になるような男にすがって操る賢さがある。


 ダニエラあの女、ただのバカな女じゃなかった。バカを演じてる女だった。

 所詮しょせん温室育ちの大奥様とはワケが違う。


 マジで油断できないな。

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