第78話 みんなで行動を起こし始めた。

 マギーに相談はしたけれど。それ以外にも準備は必要だ。

 その為に精力的に活動することにした。

 風邪も完全に治った事だしさ! 準備までの時間も短いし!


 私はせっせと手紙を書く。電話使えればいいけど、前世の頃程便利じゃないからねー。

 電報でもいいけどお金節約したいので、電報で先んじて手紙を出す旨を連絡して、詳細は手紙で送った。手紙だけだと届かない可能性もゼロじゃないし。

 でも私が自由に出来るお金って、あんまないしさー……


 いや実は。

 結婚後、お小遣い制を侯爵にお願いしていた。勿論、カラマンリス夫人としてカラマンリス邸の為にお金を使う事は許されていたけれど。

 それに、生活の為の服や身の回りで必要なモノは、全てツァニス侯爵が用意してくれている。


 しかし!!

 個人的趣味のものを買ってもらうとかさ! 気が引けるっつーか、家人たち全てに自分の趣味嗜好が知れ渡るとかってさ! ちょっとした羞恥プレイじゃん?!

 貴族は家人を家具みたいに思ってて、家人達の目を気にしないという貴族もいるけどさ!

 私は違うんだよ!!

 だから、私は自分が自由に出来る金が欲しかった。

 それで、お小遣い制。

 最初『お小遣い』つってんのに頭オカシイ金額を提示されたので、丁寧に辞して、貯めればそれなりのものを買える金額にしてもらった。


 もともとは、これで妹達へのプレゼントとかを買うつもりだったんだけど……そっちはなんだかんだでツァニス侯爵が買ってくれたので、結局貯めるだけに終わっていた私の小遣い。

 コッソリワインを隠し持つ事にも使ってたけど、結局バレてこれもいつの間にか補充されるようになっちゃったので、貯めるしかなくなったお小遣いを!

 いざ! 放出!!


 また。

 屋敷にいては色々出来ない事も多かったので、私はよく街へ出るようになった。

 コソコソしてるとまた変な噂をたてられるので、今度はちゃんと堂々とね。


 それについて、勿論ツァニスには伝えていた。彼は、何か言いたそうな顔をするものの、何も言わなかった。

 こちとらエスパーじゃねぇぞ。言いたい事あるんならハッキリ言え。

 しかし『屋敷にいろ』という言葉を引き出してしまう可能性もあったので、私も敢えて何も言わなかった。


 家人を引き連れ街へと訪れる。

 私は写真屋を探して歩き回った。結局自力では見つけられなかったので家人に教えてもらったけどね! そんな事もある……

「お写真を撮るなら、屋敷から依頼すれば済むのでは?」

 ついて来てくれたクロエが、困惑した顔をする。

「いやー。カラマンリス邸の人間を撮りたいワケじゃないから」

 そう私は首を緩く振った。そう、目的は自分やアティを撮る事じゃない。

 いや! アティの今の可愛さを保存しておくっていうのももンのスゴいアリだけどもね! それもとても大切なミッションでもあるけれど!!

 家族の肖像として、結婚当初撮影もしたけど、超個人的にアティの寝顔とか欲しいよね!

 でも、今の撮影技術では、そういうのは撮れないんだよね! 早く開発されてハンディカメラ様!!

 思考がズレだ!!


 私は写真屋に撮影のネゴを取っておく。いざとなった時に依頼しやすいようにね。

 多分、その日はさほど遠くない。


「奥様……一体何をお考えで?」

 後ろに控えていたクロエが、心配そうな顔をしていた。彼女は、私が舞踏会に出れない事を憂いてくれていた。

「ま、それは今後のお楽しみ」

 私はそんな彼女にウィンク一つ飛ばしておいた。


 ***


「実家で父の加減が悪いそうなので、しばらくおいとまを頂きます」

 子守頭のマギーが、ツァニス侯爵、執事長、メイド頭、そして私と抱っこされたアティに向かって丁寧に頭を下げた。


 マギーのいとまの願い出は、事前に貰って了承している。

 今回は他の人間への報告だ。

 大人はそれぞれ頷くだけだった。

 私に抱っこされたアティは、私の首に苦しい程抱きついて、唇をギュッと噛み締めて耐えている。


「ご家族に、よろしくお伝えください」

 私はその場で別れの言葉を口にする。

 マギーは再度うやうやしく頭を下げた。


 いやー。アティ、この場で我慢してくれてホントに良かった。

 実は、事前にマギーがしばらく居なくなる事をアティに伝えていたんだけど。

 暴れた暴れたァー。もう泣いて叫んでバタバタ暴れて大変だったよ。

 やだ、だめ。

 この二つの言葉だけで延々駄々捏ダダこねまくられた。

 最初は、ちゃんと言葉で伝えたんだけど。理由も含めて、戻ってくる事もちゃんと伝えたんだけど。

 ダメだったね☆

 まぁ、アティの大暴れなんて、可愛いもんだよ。その場で地団駄踏んで大声で泣き叫ぶだけだもん。

 妹達の大暴れなんてさ。床に転がって近寄るモノは全て蹴り壊す! 掴まれたら噛みちぎる! という確固たる意志を感じるレベルやぞ? それに比べたら可愛い可愛い。

 ……あれ? 同じ貴族令嬢の話してるよね? 野生動物の話じゃないよね?


 多分、昔のアティのままだったら、何も言わなかっただろう。泣いたりはしたかもしれないけれど、暴れたりはしなかったと思われる。

 何故なら。

 一番驚いていたのはマギー自身だったから。

 まさか泣いて暴れて引き止められると思っていなかったのだろう。

 マギーは、行っちゃヤダと泣きついてくるアティを抱きしめて、少し涙ぐんでいた。

 大人としては暴れる幼児って困った存在以外の何物でもないけれど。

 こんなにアティが自分の感情を表に出してくれるようになったのは嬉しい事だ。

 年齢の割に少し幼稚かもしれないけれど、アティは今までそういった事をしてこなかったのだ。今からでも遅くない。


 この頃はワガママを言っていい。

 ワガママな気持ちを持つ事自体は、生き物なら自然な事。ワガママとは『自分の欲求』だ。誰しもが『自分の欲求』を持つ。持たない方がオカシイ。

 どうせ、私もマギーも折れないのだ。

 人がワガママになるのは、相手が折れてしまうからだと、私は思う。

 どうしたってくつがえらない事と向き合う事で、子供は次第に自分の感情と折り合いをつける方法を見つける。

『要求を相手に言う事が悪い』のではない。

 ダメだった時に自分で自分の感情に折り合いをつけられず、無理なのに我を通そうとする事が迷惑なのだ。

 欲求が通らない時には必ず『相手』がいる。

 ここでちゃんと『相手にも事情があって断る権利があるんだよ』という事を理解出来るようになる必要がある。

 要求を言う、要求が叶う、要求を言う、断られる。

 これを何度も繰り返して、相手と自分の事情と距離を計れるようになるのだ。


 昔のアティのように、要求を言わなすぎるのもダメだ。言われないと、本当はどう思ってるのか分からない。我慢という負の感情が溜まるし、自分の本当の欲求にも気づけなくなる。

 それに、要求を言わなくても先んじて何かを与えられたり、何も言わなくとも察してもらって何かをしてもらう事に慣れてしまうのはヤバすぎる。

 察してもらえなかった時に、爆発してしまうからだ。

「なんで察してくれないんだよ!」

 と。

 こちとらエスパーじゃねぇんだよ、となる。


 こういう事を学ぶには、時間がかかるし柔軟性が必要だから、子供の頃からこの練習をしておいた方がいい。

 自分の為にも相手の為にも。


 そうじゃないと、要求する時に相手を無視して、相手が要求を飲むのは当たり前だと思うようになるし、逆に、何かを要求された時に、断る権利が自分にはないのだと勘違いしてしまい、搾取される結果を招いてしまう。

 叶えてくれない相手に向かって理不尽に怒る人間にもなりかねない。


 乙女ゲームの悪役令嬢・アティは、まさにその三種の神器を備えたヤバイ人間の典型だったしねー。


 アティが自分で納得するまで、今回は彼女に説明する事ができた。やっぱり、事前に説明する時間をとって良かった。

 いざとなった時に、彼女は自分の気持ちに整理をつけられたのだ。

 偉いよアティ! 凄いよアティ!! 天才アティ!!

 母と子守は感激して胸が弾け飛びそうだよ!!!


「お土産、期待してて下さいね」

 頭を上げたマギーは、そう少しイタズラっぽい笑みを口の端に浮かべる。

 私は笑顔でコックリと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る