第71話 陰口を叩かれた。
バラ園に置いてきぼりを食らったので、投げつけられた扇子を拾って屋敷へと戻った。
はてさて。
屋敷の中はどんな状況になってることやら。
屋敷の中に戻ると、家人たちがバタバタと走り回っていた。蜂の巣を突っついたみたいとは、まさにこの事。あー。やっぱそうなってるかぁー。
一人の女性の家人が、私の姿を認めて走り寄って来る。
「奥様! 今すぐ外出なさいませ!」
は? なんで??
私が首を捻っていると、もう一人の男性家人が走り寄ってきて、私に話しかけてきた女性家人と一緒に私を空き部屋へと押し込む。
扉を閉めたその二人は、声を潜めて私に顔を寄せてきた。
「子爵様がお怒りでございます。戻られた女性が子爵様に、奥様に酷い事をされたと泣きついたそうです。
旦那様が、奥様に戻るなとお伝えしろと」
はぁ?! なんだって?!
もーーーう! 自分じゃ反論できないからって男に泣きついたか。
しかしまぁ。乙女ゲームではよく見る展開だなぁ。
悪役令嬢・アティもよく使ってた手だわ。
自分から喧嘩売っといて、反撃されたら虐められたと
何なの。展開のテンプレってやつかよ。
確か、
で、その攻略対象ルートの男が、実は虐められていたのは主人公の方だった、と悪役令嬢・アティを断罪に持ち込む、前段階イベントや。
ふうむ。
どうしたもんかな。
流れに任せるんなら、ここで家人たちを振り切って子爵とダニエラの前へ言って、そこに居るであろう侯爵を味方につけてやり返す、だな。
やり返せる自信はある。論破してやるわ。
しかし。
面倒くさいなぁ。頭使うから休みの日までそんな事したくないなぁ。
侯爵が逃げろと言ってくれているなら、お言葉に甘えて素直に逃げちゃおっかなぁ。
あ、アティと外に遊びに行ってもいいな。
乗馬日和だ。遠乗りに出掛けてもいい。
よし。そうしよう。
「伝言承りました。でしたらアティと外出します」
私がコクンと頷くと、家人たちは心底ホッとしたような顔をした。
コラコラ。もしかして、私が忠告を無視して出張ると思ってたな?
私はそんな好戦的じゃないぞ? 他の人よりちょっとだけ好戦的なだけだぞ。ちょっとな。ちょっとだけだぞ。
話終わった家人が、扉をちょっと開けて外を伺う。確認が終わったのか、ちょいちょいと手で
空気に飲まれて、私も家人たちと同じようにコッソリと動き、音が出ないようにしながら足早にアティの部屋へと向かって行った。
私がいた居た位置からだと、どうしても応接室の横を通り過ぎるしかない。
家人たちに先導されて、応接室を通り過ぎてアティの部屋へと向かおうとした時だった。
「妻への教育がなってないのではないのかな? ツァニスくん」
そんな怒声が聞こえてきた。
怒鳴り声ではないが、かなり強く声を発したのだろう。外まで聞こえて来ていた。
「申し訳ありません」
そんな、ツァニスの声も聞こえる。
……んだと?
何故謝った。
「妻は今まであまり他の子女とは接していなかったようで、少し口調が強いところがあります」
「他意はなかったと?」
「はい。申し訳ありません」
その会話を聞いて、私は足を止めた。
家人たちが無言で腕を振って移動を促すが、私は応接室に聞き耳を立てる。
あーあ……家人たちが頭を抱えてそんなリアクションをしていた。
「確か、ベッサリオン伯爵家だったな。どうやら噂に
ベッサリオン伯爵家とは、私の実家の事だ。
「田舎伯爵家から嫁を貰うからこうなるのだ。じゃじゃ馬馴らしは大変だぞ。キミも苦労するなツァニスくん」
「精進します」
じゃじゃ馬馴らしだァ……?
「初手が重要だ。ビシッと躾けるんだぞ」
「はい」
ビシッと躾ける……?
「そういえば。じゃじゃ馬といえば、蹴る馬には尻尾に赤いリボンをつけるそうだな。キミの嫁の尻にでも、赤いリボンでも結んでおくといいかもなぁ?」
「そうですね」
「そうすれば、この女はじゃじゃ馬だと皆が気づき誰も近寄らなくなる。本人は気づかないがな。ははは!」
「ははは」
そんな会話を一緒に聞いていた家人が、両手を胸の前で固く握り込んで懇願してくる。
落ち着け、抑えろ、我慢しろ、と言いたいんだな?
そうね。
ここで出張ったら、大人げないもんね。
私は、優しい笑顔を大慌ての家人たちに向けた。
すると、ホッとした顔をする家人たち。
「お言葉ですが、本人のいない場所で陰口を叩くのは、あまり気持ちの良い事ではありませんね」
扉をバァーンと開け放ち、私はその言葉と共に応接室へと乗り込んで行った。
ごめんね、みんな。私は大人げないんだ。
好き勝手言わせておけよ、と人は言うけれどね。
私もそう思うよ。
今の会話で何が一番気に食わなかったかって?
ツァニス侯爵が一緒になって笑っていた事だよ。
私が応接室に乗り込むと、その姿を認めた老元子爵と、その腕にぴったりとしがみつくダニエラ、そして、私に気づいて「あーあ」という顔をしたツァニス侯爵の姿が目に入った。
「噂なさっていたようですので参上いたしました。どうも、じゃじゃ馬でございます」
嫌味たっぷりにそう言いつつ、態度は貴族子女そのものといった最上の挨拶で頭を下げた。
バツの悪そうな表情をする老元子爵とダニエラ。
ツァニスは諦めたのか、私を招いて横に立つように促す。
しかし、私は彼の
扉の前に立ったまま、三人を順番に見まわしていった。
「私はこれから娘と遠乗りに出ますので、退出のご挨拶だけさせていただきに参りました」
そう言いながら、私は胸の前に手を置いて深く膝を折る。
「その前に、失礼をしてしまったダニエラ様に一言」
名前を呼ぶと、ダニエラが物凄く輝いた顔をした。
謝られる、そう思ったんだろうな。
「じゃじゃ馬に手出しする時には、それ相応に蹴り返される事をご注意あそばせ。なにせ、じゃじゃ馬なのですから」
ニッコリそうほほ笑むと、ダニエラの顔がみるみる間に真っ赤になっていった。
はは。誰が謝るか。
「セレーネ」
ツァニス侯爵が批難の為に私の名前を呼ぶ。
彼にも笑顔で応対した。
「お話ですよね? 承知しました。遠乗りから戻りましたらばお部屋へお伺い致しますね」
覚悟しとけよ。
ツァニスの表情が固まったのも分かった。
そして最後に、私は老元子爵へと向き直る。
彼は私を値踏みするかのように、そして顎を上げて私を見下すかのように、ジロジロと私の身体を見てた。
「子爵様。私は確かにベッサリオン伯爵家の出身です。私に面白いあだ名がついている事も勿論把握しております。
けれども──」
そこで口以外の笑顔を消す。
つまり、目は鋭く。口の端だけが上がっている状態だ。
「私は夫に躾けられる
老元子爵が
だろうね。
そういう顔をすると思っていたよ。
言いたい事も言えたし。
私は再度、極上の笑みを顔に貼り付ける。
「私への不満は、今後はどうぞ私へ直接お伝えください。私はツァニス侯爵の妻ではありますが、彼の付属品ではございませんので。
ご存じないかもしれませんから、一応お伝えしておきますね? 私には目も耳もついておりますよ?
それではごきげんよう」
私はまた改めて膝を折って頭を下げる。
相手のリアクションを待たずにそのままサッサと応接間を出て行った。
部屋を出た後、後ろから老元子爵の怒号が聞こえてきた。
そんなに怒るな体に
たぶん、ツァニスはアワアワとしながらそのご機嫌取りでもしてるだろう。
存分にそっちのご機嫌取りでもしてろ。
私が笑いものにされても平気なんだからな。
「奥様……こう言っては失礼かもしれませんが……その。少し、スッキリしました」
後ろを歩く家人が、そうポツリと漏らした事がちょっと可笑しくて、怒りのボルテージがしゅーんと下がったのを、私も感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます