第70話 ウザい女に絡まれた。

 女捨ててる。


 これは、よく他人から言われた言葉だ。

 特に、男性から言われる事が多かった。オッサンから若い男まで、私を見てそう笑う男の多い事多い事。

 しかし、あまり女性から言われる事がなかったので、ビックリして固まってしまった。


 私が固まった事に、彼女が閉じた扇子を口元に寄せて嬉しそうな笑顔をこぼした。

「ツァニスも可哀想に。こんな方と再婚させられて……きっとまたあの大奥様が彼に押し付けたのね。お可哀想に……」

 そう、グチグチ言う彼女の事を見て、私は──


 ツァニスといいサミュエルといい、女運悪っ。


 とだけ、思った。

 いや確かにまだ、彼らの関わる女性ってあんまり会った事はないんだけれどもよ?

 ぶっちゃけ二人かな?

 でもさ、その出会った女が二人コレだよ?

 マジかよ。なんか呪いでもかけられてんじゃね?


 全く、なんなんだよ。

 どいつもこいつも初対面で失礼だな。

 人妻なら大人しいとでも思ってんの?

 馬ッ鹿じゃねえの?


 しかし、こういう女は正面からぶつかると面倒くさい。私は小首を傾げて、よく分からない、という顔をしてみせた。

「女を捨てる……? 女性性を捨てる事って、出来ましたっけ? 乳房を切り落としたり、子宮を摘出したりって事ですか? いえ、していませんけれども」

 形は歪だけどな! まだついてるよ!

 と。別にからかうとかおちょくる、とかそういう意図でそう返事したんじゃない。

 真正面から言葉そのままの意味として、問い返したのだ。他の男から言われた時と同じように。

 まぁ、例えそれらを切り取ったとしても、遺伝子の中に情報として残ってるし、周りの扱いもそこから女性として扱われなくなる、ということも無いだろう。そもそも、女を構成してるのは、その二つだけじゃねぇしな。

 いや、彼女の言ってる意味は勿論分かってる。

 しかし言い方が気に食わん。


 ダニエラは私の返事を聞いて、呆れたような侮蔑したような、なんだか残念な物を見るかのような顔をした。

「……そういう意味じゃありませんけれど。貴女、大丈夫……?」

 とか、なんか逆に心配された。

 頭足りない女だとでも思われたかな。

「すみません。貴女が仰る、私が捨てたと言う『女』が何を意図しているのか分かりかねますので」

 大概、さっきみたいに言うとこういう反応されるので(まぁ、心配されたのは初めてだけど)、その時とかと同じ返事をここでもする。

「貴女、存外鈍くていらっしゃるのね。女らしくないって意味ですよ」

 その反応も、既存のやり取りと同じだなぁ。なんでみんな同じ事を言うの? 台本でもあんの??

 私は速攻で言い返す。

「女らしい、とはどういう事ですか?」

 知ってるか? こういう時の私はしつこいぞ?


 問われた彼女は、私の顔をジロジロと観察してからフム、と口を開く。

「そうですね。まずは、化粧をしていない事かしら。結婚出来たからって油断しすぎではないですか?」

 化粧か。確かにね。私は白粉おしろいもしてないし口紅も塗っていない。アイメイクもしてない。

 こんなクソ暑い日に白粉おしろいやアイメイクなんてデロデロに溶けるし、口紅もカップにつくのが嫌なのでつけてない。

 しかし、化粧水的なものは塗っているし、色のついていないグロス的なものはつけてるよ。

 これは化粧という意味ではない。私は乾燥肌だからだ。ほっとくと荒れて痛いからつけているのだ。お陰で肌質はいいぞ。

 ってかよ。家にいるしさ、今は。今日の客は侯爵が相手する予定で、そんな近寄る事もないからしてないだけだし。

 ちゃんと社交の場とかオフィシャルな場面ではしてるわ。

 香水もつけないよ。馬が嫌がるからね。その代わり、シャワーや水浴びは欠かさないよ。

 汗っかきは自覚してるからな!


「あと、その格好は何ですか? ラフ過ぎますわ」

 違うやい。これはラフなんじゃないやい。シンプルなんだい。よく見ろ。確かにベースは木綿だけど重ねられたものはシルクやぞ。輝きを見ろ輝きを。つけられたボタンも小さいけど貝殻が加工されたモンだぞ? 輝きを見ろ輝きを。

 私はゴテゴテ飾ったものが好きじゃないって言ったら、クロエがスカートに布と同じ色の糸で刺繍してくれたんだぞ。ぱっと見シンプルでもめちゃくちゃ良い品なんだぞ!

 ……そんな素晴らしいものをしょっちゅう汚してしまってごめんなさいクロエ。


「背も高いし」

 遺伝だ。ほっとけ。


「態度もしおらしくないわ。自分が自分がという態度が滲み出ているし」

 お前に言われたかねぇよ。


 一通り彼女の言い分を聞いて、私はふむ、と頷く。

 そして

「それらが女らしくないという事なのでしょうか? だとしたら、私はそもそも持ち合わせてはいないようです。最初から持っていなかったので、捨てる事もできませんけれどね」

 そう、屁理屈のような事を言ってやった。

 その瞬間、彼女は顔を険しくする。

「何をおっしゃるの貴女? 女性は化粧をすべきだし、侯爵夫人ならそれ相応に飾り立てるべきですわ。そして男性を立てて男性の後ろに控えるべきでしょう?  最初からしてないと言う事は、それは怠慢よ。それを『女を捨ててる』というの」

 物凄い勢いで噛みつかれたが、私はサラリとかわす。

「貴女の言う『女』とは、『女性に希望する振る舞いの好み』ですね。つまり『女』そのもののことではない」

「……え? 貴女何をおっしゃってるの?」

 私の返事に、彼女は怪訝な顔をする。

 なので、説明してあげることにした。

「化粧をせずとも女は女です。

 化粧をしない女が女ではないというのなら、その方は何になるのですか?

 それに、結婚したから化粧をやめたのでもありません。そもそも私は最初から必要最低限しかしておりません。結婚の為に化粧をしていたワケではありませんので。

 私は他人の好みや流行りに合わせて、顔を書き換える事に楽しみを見出せないだけです」

 化粧が好きな子もいる。私はそれを否定する気もない。むしろその技に尊敬の念を抱く事もある。好きなら存分にその道を極めればいい。私が好きではないだけだ。

 素顔素肌至上主義でもない。自分を飾る事に楽しみを見出せないだけ。


「無駄に飾り立てる必要性も感じません。既にこのドレスは素材も縫製もかけられた手間も最高です。それに、私はシンプルな方が好きなのです。それも好みです。女かどうかは関係ありませんよね。

 それに、侯爵の財力やセンスをひけらかす為に、私がいるのではありません。

 私は自分が着たいものを着ます」

 連れている人間の身なりで、その人をジャッジする人がいるけれど。その人が人形を連れてるならまだしも、人間なら関係なくねぇか?

 私は侯爵の着せ替え人形じゃねぇんだよ。


「背の高さは如何ともできませんね。個体差です。女性でも背の高い人もいれば男性で小さい人もいる。痩せた人もふくよかな人も。

 女ならグラマラスだけど小さい方がいいとか? 完全にそれは個人的な趣味ですね。

 そういう女が好き、という個人的意見に私がジャッジされるいわれはありません」

 時々居るけどな。そういう男。

 知らねえよ、と言いたくなるな。お前の好みじゃない事を私に伝えて、何がしたいの? そうなれと言いたいの? お前は私の何なの? としか感じねぇわ。

 そもそも勝手に判断してんじゃねぇよ。お前の評価にどんだけの価値があんだよ。何様だ。


「私は必要がなければ口を開きません。態度が、と言われましても。私はただ黙って立っていただけです。態度が大きく見えたのは、私の身体が大きいから、ただそれだけではないですか? それも性別は無関係ではありませんか?

 怠慢、と仰いますが……」

 私は、スッと背筋を伸ばす。

「化粧をして着飾り、しかし後ろに控えて必要な時以外は存在感を消す。それって、どなたが決めた『女』なのですか?

 誰かが勝手に決めた基準を行わない事のどこが怠慢なのですか?

 貴女がそれを行うのは貴女の自由です。しかしそれを勝手に押し付けて来るのはいかがなものでしょうか?

 あまつさえ『女を捨てている』と侮蔑されるのは不愉快です」


 ハッキリとそう告げると、彼女はワナワナと震えながら口をパクパクとさせていた。


「……つ……ツァニスに失礼ではなくて?」

 震える声で、彼女がそう絞り出したので

「ツァニス様には許されております。それに、こんな私を愛していらっしゃるそうですよ?」

 極上の笑みでそう返してやったら。


 彼女は私に、持っていた扇子を思いっきり投げつけ、走って屋敷の方へと戻って行ってしまった。


 確かに、最後の一言は流石に余計だったかなぁー?

 まあでも、面と向かって喧嘩売られたのだ。買うことの何が悪い。言い返したら同じ穴のムジナだと言われる事もあるが、こういうヤツは言い返さないと肯定したと勝手に勘違いして見下してくるから、徹底的に論破してやるに限るわ。

 そもそも、言い返されたくなければ喧嘩を売らなければいいのだ。

 被害者ヅラすんじゃねえよ。ムカつくわ。

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