第65話 変な女が現れた。

「あぶな──」

 サミュエルがそう口走るのと、私が走ったのはほぼ同時。


 女性が馬から振り落とされたのを、地面にスライディングして受け止めた。

 その場に留まったら興奮した馬に蹴られるかもしれない。

 私は彼女の身体を抱き抱えたまま地面を転がって馬から距離をとった。


「どう! どう!!」

 馬の持ち主であろう人が、手綱を引いて馬をなんとか落ち着かせようとしていた。

 あー。危なかった。間一髪。

 あのまま落ちてたら、確実に後頭部を地面に強打してたね。

 私はホッとして、女性から手を離した。


「セレーネ様!」

 慌てた様子でサミュエルが駆け寄ってくる。

 地面に転がる私にサッと手を差し伸べてきた。

 その手を取って立ち上がろうと思ったら──

「ありがとうございます」

 何故か私ではなく助けた女性の方が、サミュエルの手を取った。

 オイコラ。

 その手は私に差し出されたんじゃ。……まぁ、いいけどさ。

 サミュエルも驚きつつも、仕方なさそうに女性の手を引いて彼女を立たせる。

「お陰で助かりましたわ」

 そう、彼女はサミュエルに丁寧に頭を下げた。

 オイコラ。

 助けたのは私じゃ。……ま、まぁ、いいけど、さ。

 私は自分で立ち上がって、砂だらけになった身体をハタいた。馬に乗ってきたのでスカートを履いてなかったのは幸いだったな。じゃなければ間に合わなかったよ。

 女性もなんか無事そうだし、良かった良かった。

 あー。でも結構汚れたなぁ。家に帰ったら、世話役のクロエがまた変な目で見てくるわ。なんで祭りに行ったのに砂まみれになったんだと問い詰められそう。


 そう思いつつ、ふと視線を上げると──

 サミュエルの手を両手で握りしめた女性が、彼の顔に間近に迫っていた。

「サミュエル……」

 え? あれ? この女性、今彼の名前呼んだ?

「だ……ダニエラ……」

 お? サミュエルの方もなんか返事したぞ? え? もしかして知り合い?

 あ、そうか。サミュエルはこの街に住んでるんだもんな。知り合いの一人や二人や三人はいるか。世間て狭いなぁ。

「サミュエル、探したわ。こうして奇跡的に貴方に助けられるなんて……運命って、やっぱりあるのね」

 いや、助けたのは私だって。

「ダニエラ、何故ここに? キミは確か──」

「言わないで。私が間違っていたんだから」

 え。何だろう。なんかロマンス的なドラマがすぐそこで展開されてる。私は蚊帳の外だけど。ってか、この街での知り合いじゃないのかな? 探したとか、なんでここに、とか。

 よく分かんない。

 あー。早くアティたち戻ってこないかなァー?

「私、気づいたの。やっぱり、貴方じゃなきゃダメだって!」

 そう叫んだ瞬間、彼女がサミュエルの胸の中へと飛び込んだ。突然の事だった為か、彼はそのまま抱き止める。


 それよりもー。

 こんな人の多いところで花火とか危ないなぁ。やりたい気持ちは分かるけどねー。馬がいるところではダメだよねー。

「突然そんな事を言われても……」

「私が馬鹿だったの。貴方の素晴らしさに、後になって気づいたんだもの」

 ああ、馬も落ち着いたみたいだね。良かった良かった。馬ってそもそも凄く臆病な生き物だからね。

 そばであんな音させたらそりゃビックリするよね。可哀想に。

「ダニエラ、少し落ち着け。確かお前は結婚した筈だろう?」

「しなかったの。結婚。直前に気づいたのよ。運命の人はあの人じゃないって、サミュエル──貴方だったんだって」

 ああ、騒ぎで止まってた音楽も再開したねー。みんな楽しげに踊ってんなぁ。ダンスかぁ。

 そういえばアティやゼノはどうなんだろう? 踊れるのかな? ゼノは流石にそろそろ教えられてる頃だろうしな。後で聞いてみよう。みんなで踊ってもいいね。楽しそうー!

「運命って……ダニエラ、お前自分が何をしたのか──」

「愚かだったの! それは分かってるわ! 私だって間違うわよ!」

 そろそろアティたち戻ってくるかなぁ? 結構人が多いから、こっちの事見つけられるかな? まぁ、アティだもん。私が簡単にアティを見つけるから大丈夫だね!

「そうじゃなく、お前あの時──」

「言わないで! 忘れたいの。あんな事した、私が馬鹿だっただけだから……」

 あ、アティだ! お! アティも私に気づいたぞ? メッチャ手を振ってる。可愛いなぁ。もう。こっちだって負けずに腕振っちゃうぞ! モゲるほど振っちゃうぞ!

「忘れたいって……じゃあ、もしかして、ダメ……だったのか?」

「……思い出させないで。辛くて……本当に、思い出したら……涙が止まらなくなっちゃうから……」

 やっと戻ってきたアティ!

 ゼノも……あ! 戻ってきた! ジャストタイミングだね!

 どうしよっかなぁ。踊ってみる? って、誘ってみようかな?

「そうか……」

「ごめんなさい。サミュエルと再会できたのに……泣きたく、なかったのに……」

 アティ、私の服が汚れてる事に気づいたな? ふふっ。汚れた所をハタいてくれてる。ありがとう。アティはやっぱり優しいなぁ。


「……横で修羅場が繰り広げられてるのに、何で無視出来るんですか?」

 物凄く呆れた顔をして、アティの横に立つマギーがビシッとツッコミしてきた。

 もう。頑張って無視してんだからツッコミ入れないで。

「巻き込まれたくないし」

 笑顔でそう返事すると、心底嫌そうな顔をするマギー。

「それには同意ですけれど」

 ホラね。マギーだって嫌なんじゃん。

「すみません、セレーネ様」

 先程まで二人の世界を展開していたサミュエルが、申し訳なさそうに私の名前を呼ぶ。

 ホラ! 変なツッコミ入れるから! 話題に入れられちゃったじゃん! やめて! 巻き込まないで!

「こちらは、私の友人のダニエラです」

 やめて! 紹介しないで!!

 くっ……紹介されたらこっちも挨拶するしかないじゃん……

 仕方なく私は、姿勢を正してサミュエルとダニエラと呼ばれた女性に向き直った。


 彼女は、見た目良い所のお嬢さんといった風体──外行きのワンピースにコートを着ていた。そういえば、馬に乗ってはいたけど跨っていなかったね。

 年齢は……私より下かな? くりくりっとした目が印象的で彼女をより幼く見せている。

 栗色の髪もウェービーで柔らかそうだった。

 ……?

 なんか、見たことある気がするな。気のせいかな?

「セレーネです。よろしくお願い致します」

 膝を折って丁寧に挨拶したが、彼女はジロリと私の顔を睨みつけるだけだった。なんやねんソレ。

「セレーネ様は、ツァニス様の奥様です」

 彼女の反応に苦い顔をしつつも、そうサミュエルが言葉を続けた瞬間だった。

 ダニエラという女性が、カッと目を見開いた。え?! 何っ?!

「ツァニス、再婚したの?!」

 え。なんで侯爵呼び捨てにしたのこの女?! もしかして凄いトコのお姫様?!

 ……いや、そりゃおかしい。そんな女性が一人でいるワケないし。


 ああもう、なんか絶対面倒くさいでしょこの話。他でやってくんないかなぁ。

 私たちは祭りを楽しんでくるからさ。

 どう話を切り上げようか考えていた時、私の服をちょこんと掴んで少し怯えた素振りのアティが、恐る恐るサミュエルと女性を見上げた。

「だあれ?」

 知らない人だからだね。まだやっぱりちょっと怖いのかな。

 すると、その様子に気づいたサミュエルが、膝を折ってアティの目線に合わせる。

「私の友人のダニエラです、アティ様」

 ニッコリと微笑みながら、サミュエルはアティが怯えないように優しく紹介した。

 先程とは打って変わって、ニッコリと微笑んでアティを覗き込むダニエラ。

「私の名前はダニエラよ。よろしくね、アティ」

 その朗らかな雰囲気に、ホッとした顔をアティがした瞬間──


 ダニエラが、アティの身体をガバリと抱き上げた。

「?!」

 突然の事に驚くアティ。

 ちょっと?! 何してんのこの女?!

 私が慌ててアティの身体を奪い返そうとしたが、彼女はクルリと後ろを向いてガードする。

「随分可愛くなったわね! 赤ちゃんの時に会ったの覚えてる?! ツァニスにソックリ!!」

 ダニエラが、アティの間近に顔を寄せてそう笑った。

 しかし──

「イヤぁぁァァァー!!!」

 アティは仰け反って火が付いたように泣き叫んだ。

 ヤバ! トラウマ掘り起こされた!!

 折角落ち着いてきたのに! 突然許可なく抱き上げたりするから!!


 なんとかアティを奪い返そうと腕を伸ばすが、ダニエラは慌てつつも私の腕をかわしてアティの身体を離さない。

「久しぶりで覚えてないかな?! 大丈夫だよー?!」

 大丈夫じゃねぇよ! 離せよコラ!!

「ダニエラやめろ!」

「アティ様!」

 サミュエルとマギーが参戦する。

 暴れるアティと、その身体をガッチリと抱きこんで離さないダニエラ。

 三人で何とか彼女を捕まえて、その腕からアティを剥ぎ取る事に成功した。


 なんなのこの女……

 もう、嫌な予感がビンビンする……

 何か既に、物凄い面倒臭い事に巻き込まれた気がした。

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