第64話 お土産を買ってあげた。
アティの頭に挿された髪飾りをフワッと取り外し、私はそれを眺めながらニッコリとほほ笑んだ。
「本当に。可愛らしい髪飾りですね。ご主人は見立てがいい」
私がそう褒めると、店主はむふぅと得意げに胸を張った。
「だろう? 嬢ちゃんにはナイフなんかよりこっちの方が似合うって!」
そう偉そうに言うもんだから
「でも、こっちのナイフもアティに良く似合っていますよ。美しい装飾ですしね」
そう言って髪飾りを戻した私は、私は先ほど店主が取り上げて机に戻したナイフを拾い上げ、そっとアティに手渡した。
「いやいや! 女の子にナイフなんて! 髪飾りの方が可愛いのに!」
私の様子に気づかないのか、店主は今度は別の髪飾りを選んでアティの髪に挿そうとする。
その手をやんわりと止めて、髪飾りを私が受け取った。
「ふふ。大丈夫ですよ。挿すのなら本人に手渡せば。もう髪に自分で挿せますしね」
そう言ってアティの顔を見下ろすと、アティはちょっと小首をかしげたものの、コクンと頷いた。
「おっちゃんに任せておけば大丈夫だって! ほら、こっちもいいな!」
そう言って、更に別の髪飾りを手にしてアティの髪に挿そうとする。
その手も勿論遮った。
そろそろ気づけよ。
アティの髪に気安く触るなつってんだよ。馴れ馴れしい。
しかし、店主は気づかないよう。
いちいちここでその言葉を口にするのも角が立つので、私は気を取り直してナイフの方を指差した。
「髪飾りより、アティはナイフの方が欲しいようですよ」
そう言うと、アティの顔が
しかし、店主は変な顔をした。
「女の子にナイフなんて物騒なものは似合わんだろう」
それでも私も退かない。
「ふふ。そんな事ありませんよ。アティが持つとカッコいいですよ?」
私の『カッコイイ』という言葉に、アティは口元をフニャリと緩ませて笑った。
ほら! 嬉しそうじゃん! 髪飾りよりこっちの方が嬉しそうじゃん!!
それでも店主は不満そうな顔をして
「女の子はカッコいいより可愛いだろう?」
そんな事を言い放った。
「なぁ? お前さんもそう思うだろ? 『カッコイイ』は男の子の専売特許だ。さっきの馬の人形より、そっちの剣の方がカッコイイし、いいだろう?」
ついでと言わんばかりに、さっきから渡された剣を持ったまま固まっていたゼノへと話を振る。
彼は困った顔をして、首を横に傾けるだけだった。
はははは。
凝り固まった野郎めが。
知らないとは言え、私に向かってそんな事を言うとは。
分からせてあげたいね。是非ね。
「そんな事ありませんよ。『カッコイイ女性』も素敵じゃないですか? 私はカッコいい女性は好きですし。逆に、男性を見て『可愛らしいな』と思う事もありますしね?」
やんわりと、あくまでやんわーりと、そう指摘した。
しかし店主は豪快にガハハッと笑い飛ばす。
「男に向かって可愛いは誉め言葉じゃねぇさ! 女の子だってカッコイイより可愛いの方がいいだろう!」
分かってねぇな、と言わんばかりの勢い。
ははっ。
分かってねぇのはテメェだよ。
「ああ、貴方にとっては、ですね」
そう指摘してやると、店主がピタリと笑うのをやめた。
「は?」
「貴方にとっては『可愛い』は誉め言葉にならないし、貴方が女性に対して『カッコイイ』を誉め言葉だと思っていないという事ですよね?」
「いや、そうじゃないよなぁ。俺にとっては、じゃなくて世間的に──」
「そうですか? 私は『可愛い』より『カッコイイ』の方が嬉しいですけどね? それに、私は『カッコイイ男性』より『可愛らしい男性』の方が好きですよ?」
「そりゃ、アンタはな……」
「そうですよ。私は、ね。
じゃあ、この子たちにとっても『カッコイイ』と『可愛い』どっちがより嬉しいのか、違いますよね? そもそも何に対して可愛い・カッコイイと感じるかも違いますしね。その子によりますよね? このナイフも細工が緻密で可愛いですし、馬の人形もディティールが細かくてカッコイイですよね?」
そこまで言って、店主はやっと私が言わんとしている事に気づいたようだ。
しかし、それでも彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
「そりゃ個人の好みはなぁ。しかし、世間的には『女の子には可愛い』『男の子はカッコイイ』がいいだろうし、『ナイフはカッコいい』『髪飾りや人形は可愛い』だろうがよ。普通」
そう憮然として言い募って来た。
なので、私は優雅に優しく笑い飛ばす。
「何言ってるんですかぁ! 世間は個人の集合体ですよ? 個人が人それぞれなら『世間の共通の絶対的な認識』なんてモノはあり得なくないですか? 好みは人それぞれ、どう感じるかも人それぞれ、それでいいじゃないですか!」
なるべく、柔らかい声で微笑ましく言った。
つまり『世間って主語デカくしてお前の好みをアティやゼノに押し付けんな』って言ってんだよ。
自分の好みを他人に押し付ける人がいる。
でも、それを「世間」という言葉で覆い隠して相手に強要するのは違う。
世間とはあくまで集合した複数の個人の中で一番の多数意見、というだけである。個人の嗜好を決めつけたり強要したり否定するものではない。
ましてや、赤の他人がしゃしゃり出てきて言うのは絶対違う。特に、それによってその赤の他人になんら影響がないのであれば。
つまり『関係ないなら他人の好みに口出しすんな、ほっとけ』って事☆
こうやって、常日頃何の気なしに、周りから「女の子はこうあるべき」「男の子はこうあるべき」と無意識に刷り込まれる事が本当に多い。
嫌になる。
性別で型に嵌めるというのなら、工場でブロイラー的に生かされる
店主が言葉を失っている。
その間に、後ろにいたマギーから突き出された財布を受け取った私は
「で? このナイフとそちらの馬のお人形、おいくらですか?」
財布の口をあけながら、私はニッコリと極上の微笑みを顔に浮かべた。
***
「どうしてこう、貴女は『流す』という事ができないのですか……せめて祭りの時ぐらい穏便にしてください」
そう私に苦言を
噴水のある広場の端、大きな木の根元に置かれたベンチに私は座っていた。
噴水の周りでは子供や家族連れ、恋人たちや友人同士が音楽に合わせて踊っている。
本当に楽し気でこちらまで楽しい気分になってくる──はずなのに。
私はお説教ですか。そうですか。
サミュエルは私の前に立って、さっきから延々と愚痴を垂れ流していた。
アティは
この街は公衆トイレが常備されているんだね。上下水道も完備されているし、電気とガスも通されている。すっごく良い街だ。是非こういう街にも住んでみたい。
「聞いてます?」
あ。彼の愚痴にウンザリして別の事考えてたの、バレた。
「祭りの時でも、他人から言われた理不尽を否定しておかないと、私もそう思っていると肯定にした事になるんですって。
あれ、こんな話、以前もしませんでしたっけ?」
なんか、サミュエルに同じような事を前に言った気がするんだけど。
別の人間にか? もう、同じような事を散々色んな場所で口を酸っぱくして言いまくってるから、どこで言ったのかもう覚えてない。
そういえば、妹たちに「お転婆過ぎて可愛くない」とか言い放ったオッサンがおったから、「貴方の好みじゃなくて、妹たちも助かりましたわ」とか言い返してやった事もあったなぁ。
あん時のオッサンの真っ赤になった顔、
「それに、ナイフを買った後のアティを見ました? あの嬉しそうな顔。髪飾りではあの顔は見れませんでしたよ?」
そう指摘すると、サミュエルはウッと言葉を詰まらせた。
ははっ。分かってるじゃないか。
アティの嬉しそうな顔が見れて、本当はサミュエルも嬉しかったんだろう。少し頬を緩ませていた。
「……ホント、そんな所まで貴女に似てきてしまうなんて……」
「え? 何か不都合が?」
あるとでも?
つっこむと、サミュエルは視線を外しつつも何か言いたそうな顔をした。
何やねん。不都合があるならあるとハッキリ言えや。論破してやるわ。
私とサミュエルがブーブーとお互い文句を言い合っている時だった。
パァン!
すぐ近くで破裂音がした。
驚いてそちらへと視線をつけると、十代前半ぐらいの子供たちが花火を打ち上げていた。
それだけなら良かったが──
ヒヒィン!!
その近くにいた馬が、音に驚いて竿立ちになる。
「きゃああ!」
それに乗っていた女性が、馬の背中にしがみつこうとして失敗し、背中から地面へと今まさに落ちんとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます