第63話 夏至祭がやってた。
「はわー……」
街まで辿り着いた時、その街の様子にアティが感嘆の溜息を漏らした。
分かるゥー。私もその様子に驚いた。
今回は車は使わず馬と馬車で来た。
しかも、馬車があるのにアティは私と馬に乗ってきた。ゼノも八歳ながら一人で馬に乗れるというので馬だったし、護衛の年若い騎士も馬だった。
なので、馬車には
「普通逆じゃないです?」
というサミュエルの疑問ももっともだね。でもアティは馬に乗るのが楽しくて仕方ないみたい。ふふ。母に似てくれて嬉しいぞ!!
そんな状態で辿り着いた街は、前に私が訪れた時と全く様子が異なっていた。
季節が違うと言われたらそうなんだけれど、それを抜きにしても全然違う。
街中に色とりどりの花の植木鉢が並べられ、建物の壁に色鮮やかな布がかけられている。
街灯から街灯へと飾り旗が渡されて、更に街灯自体にも花が括り付けられていた。
沢山の人達が街を行き交い、遠くから風に乗って人の笑い声と楽しげな音楽も聞こえる。
思わず浮き足立ってしまうような楽しげな空気に満ち満ちていた。
「凄いですね! これは何でしょうか?! お祭りですかね?!」
馬から降りて、街の飾り付けをアティと一緒に見上げた。ホント凄い! 綺麗! 鮮やか! 華やか!
「夏至祭りですよ。この地方では、夏至までの数日間、祭が開かれているんです」
馬車から降りて合流してきたサミュエルがそう教えてくれた。
「街へ行こうと言うから、てっきり知っているかと思っていました」
彼にそう言われたけど、私は首を横に振る。
前世では特に何かを夏至にした記憶がないし、現世で私の出身の地方では冬至は祝うけど夏至は祝わなかった。だから知らなかったよ!
夏至祭りか! 一年で一番昼の長い日だよね! そんな素敵な日を祝うのか! いいね!
「この祭りの時は朝市じゃなくとも出店も出ておりますし、色々見て回るには楽しいでしょう」
子守頭のマギーが、珍しく楽しそうにそう笑ってアティに声をかけた。
その言葉に、アティがもう目を零さんばかりに
ナニソレ可愛い。永遠に見てられる。ピョコピョコ。
ゼノも、ポカーンと口を開けて街の飾り付けをキョロキョロと見回していた。
そうか。メルクーリ領でも夏至祭りはないのね。ホント、絶好のタイミングだったみたい。私ヤルじゃん。
「では、参りましょうか」
私は、改めてアティの手をぎゅっと握り直した。
うーん。
人出も多いし、アティは小さいから人波に飲み込まれてすぐはぐれてしまいそう。
そうじゃなくても、目新しいモノを見つけて、手を振り解いて走りだしてしまうかもしれない。
私の妹たちなんかがそうだった。祭りなんぞに出かけようもんなら、速攻で撒かれたよ。私の隙を突くんだから、あの子たち、侮れない。絶対に離さないようにと掴んでいた手も、いとも簡単にスルッと抜いちゃうんだもんね。忍者かよ。
しかも走り出したら止まらないし。
仕方ないので腰に綱を結んでたなぁ。
アティは流石にそこまでではないとは思うけど。
あ、そうだ。
「ゼノ。アティと手を繋いで頂けますか?」
そう、雰囲気に
ゼノの方がアティの身長に近い。目線も近いから私からアティが見えなくなっても、彼なら見えている可能性もある。
腕の長さの関係で、手も私よりしっかり繋げるだろうし。
「ええと……」
出会った時のように、どうしたらいいんだろうと自分の掌を見つめて悩むゼノ。
その手を恐る恐る差し出すと、アティは何の迷いもなくゼノの手をギュッと握った。
両手を他の人間と繋ぎつつ、彼女は早く行こうと急かすように、またピョコピョコとジャンプする。
もうやめてアティソレ可愛すぎる心臓に悪い!
もっとはしゃぐ姿が早く見たい!!
私はゼノに目配せして、アティを真ん中にしてゆっくりと歩き出し、祭りの中へと入って行った。
***
やっぱりウチの地元の方とはワケが違うわ!
アレかな。豊穣祈願もあるのかな?! 兎に角街の浮かれっぷりが凄かった。
色とりどりの珍しい花を売る屋台に、異国風のストールや帽子を売る屋台、装飾品としてのナイフや武器が並べられたカーペットや、宝飾品を売る行商人まで。
中央の通りの左右には様々な店が開かれてた。
勿論食べ物の屋台もある。
リンゴ飴のようなモノを売る店があったので、私はアティとゼノにそれを振る舞う。
二人は口の周りをベッタベタにしてソレを
その様子を
『祭りの時ぐらいマナーは忘れましょう』と言ったら、口をひん曲げつつ閉ざしてくれた。
んー。後で私が怒られるなー。ま、いいけど。そんぐらい。
そうやって歩いている間、家庭教師のサミュエルが祭りについての概要を教えてくれた。
まずそもそも、何故夏至を祝うのか。
そもそもは太陽信仰の一環だそうだ。
夏至を境に、ここからどんどん日中の時間が短くなっていく。つまり『太陽の力が
そこに豊穣祈願、経済活発化、あと単純にお祭り騒ぎが楽しい、という意図が入って今の形になったらしい。
いいね! 私も祭り大好きだよ!
でも、折角のそのありがたーい説明も、アティとゼノは殆ど聞いてなかった。
まぁ、耳には入っているだろうから、どっかのタイミングで思い出すんじゃない?
それに、「あれはなぁに?」とアティからサミュエルに聞いてる事もあったから、きっとちゃんと覚えてるよ。……たぶんね。
ま、屋敷に帰ったら祭りの思い出話と一緒に復習すればいいんじゃない? ね?
そうやって賑やかな通りを歩いていると、ふとある出店に目が留まった。
比較的子供向けのオモチャのような装飾品が売っているような店だった。
私の視線に気づいたゼノもそちらに顔を向ける。ゼノと手を繋いでいたアティも、連動してそちらの身体を向けた為、気づいたようだった。
「わぁ!」
おそらくガラスでてきてる玉飾りが連なった首飾りや、刃がひいてある小さな装飾用ナイフ等、太陽光に照らされてキラキラ光るオモチャたちに、アティが目を輝かせた。
「見てみようか」
私はアティたちの背中を押して、店の前まで行った。
「いらっしゃい! いいのが揃ってるよ!」
店主であろう行商人のおっちゃんが、近寄って行った私たちに威勢の良い声をあげる。
そのラインナップの多さに、アティとゼノがホントにキラキラした目を向けていた。
もう、子供のこういう顔、好き。瞳孔開いてるー。
私がアティとゼノが持つ飴を受け取ると、その隙に
様々なオモチャ的装飾品の中で、アティが手を伸ばしたのは──
細かい金属細工と小さな色ガラスがはめ込まれた、華奢なナイフだった。オモチャなのだろうから刃はひいてあるのだろうけれど、ちゃんと皮製の鞘もついてる。
片やゼノが手に取ったのは、木彫りの本体に造花で装飾された馬の人形だった。ゼノ、馬好きなんだね。私もソレ、可愛いと思ったよ!
二人が自発的に手に取ったものだ。買ってあげたい。
私が振り返って子守頭のマギーに二人の飴を渡し、その代わりに財布を受け取ろうとした時だった。
「おやおや。お嬢ちゃんにはコレだろう」
そう言って、店主がアティの手からナイフをそっと取り上げて、代わりに髪に勝手に挿したのは、マーガレットのような花を模した髪飾りだった。
「ほら可愛い。お嬢ちゃんに似合うのはソレだぁ。おっちゃんの目には間違いないって!」
調子づいたおっちゃんは、今度はゼノの方へとゴッツイドラゴンの刺繍が鞘に縫い込まれたオモチャの剣を突き出す。
「男の子ならこっちだろ! 人形は女の子のオモチャだ!」
目の前に出された為、ゼノは人形を机に置いて代わりに突き出された剣を受け取った。
その様子を眺めていて。
私は笑顔を崩さなかった。
それどころか、極上の笑みを顔に貼り付けて、一歩前へと──店主の前へと踏み出した。
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