閑話

閑話 ある護衛の手記

 私はお嬢様の護衛をつとめさせていただいております。

 まだ日が浅いですが、粉骨砕身ふんこつさいしんつとめさせていただいております。


 私がつとめ始めたのは、ちょうど奥様がいらっしゃる少し前の事です。

 しがない男爵家三男の私を侯爵家で雇って頂けるとは、本当に嬉しい事でした。


 私は他の屋敷に勤めた事がないので比較はできないのですが。

 何と言いますか。こう。凄いお屋敷ですね。

 偏見があったせいもあるかと思います。

『侯爵家』といえば、ウチのような男爵家とは違くて、おごそかで威厳に満ちていると思っていました。


 え、あ、ハイ。そうでもなかった事に驚きました。

 何というか。賑やかですね。

 普段、お嬢様は外出する事が殆どない為、私は屋敷に居続けです。

 それでも、庭に出る時などは離れた場所でお姿を見守っております。

 が。

 流石に、奥様がナイフの扱い方を教え始めた時は度肝を抜かれました。

 普通、貴族令嬢にナイフの使い方なんて教えます?

 噂によると、ある一定以上の高貴な女性は、着替えすら自分で行わないと聞いていたのですが……それがまさか、ナイフの使い方なんて。

 いえ、まぁ私は学びましたけれども。でも姉は多分学んでいないと思います。ハサミぐらいは使えるでしょうが、ナイフともなると……多分、ペーパーナイフが関の山でしょうね。

 っていうか、使う事あります? 侯爵家令嬢ですよ? 婚約者は公爵嫡男です。場合によっては国の遥か高みに上るかもしれない人ですよ? 意味あります??


 奥様が型破りなのは、そこで実感しました。

 まぁ、それだけではなかったのですが。


 私はメルクーリ伯の別荘にもお供しました。

 そこでまた度肝を抜かれたんですが。

 お嬢様に、馬に乗る事をお教えしてましたよ。ガッツリと。

 しかも! 仔馬に乗せてたんですよ?! お嬢様単独で!! 危なくないですか?!

 勿論私は側に付き従って、お嬢様が落馬しないように細心の注意を払いましたけれども。


 家庭教師が怒ってました。流石にやりすぎだと。

 しかし奥様はケロッとしておいでで『危なくないよう護衛が横に張り付いているでしょう』と、サラッと言ったんですよ。

 まぁその通りなんですけど、そういう問題じゃないと思いません?

 しかし……結果、正解だったんですよね。

 奥様に手綱を引かれているとはいえ、一人で仔馬に乗れたのです。その時のお嬢様の笑顔といったら、そりゃあ凄まじくお可愛らしかったです。誇らしげにキリッとした顔をなさった時にはもう。護衛になれて良かったと神に感謝しましたとも。

 あんな笑顔をなされるのであれば、また乗せてさしあげたいと思ってしまいます。


 そういえば。

 奥様の剣の相手も、僭越せんえつながらさせて頂きました。お嬢様がお昼寝している時に。

 何というか……自信がなくなるレベルでした……正直。

 最初はあなどっておりました。申し訳ありませんが。

 か弱き女性が剣を扱うなどと。まぁ、ゼロではないと思います。しかしせいぜい『習い事』レベルだと思ってました。


 そんな愚考はすぐに捨て去る事になったんですけどね。


 ええ。隙がね、無いんですよ。

 上段下段中段、どこにも打ち込める隙がない。私もある程度出来る人間ですからね。打ち込んだらすぐに返されてしまうイメージが出来てしまい、手が出せませんでした。

 それでも頑張って隙を見つけようと躍起になると、ふと見えるんです。隙が。

 でも、そこに打ち込むと一撃で返されてしまうんですよね。

 そうです。その隙は、奥様がワザと見せたもので、罠なワケですよ。

 いやホント自信を打ち砕かれて、その夜はやけ酒あおるぐらい凹みましたね……下戸げこなんですが。


 奥様の剣の構えは独特で、今まで見た事はない構えでした。まるで異国の剣士と戦っているような感覚になりましたよ。あれは良い経験をさせていただきました。


 お嬢様の事件では、私は本当に存在意義を見失いかけました。

 私の馬上に乗ってらしたんですよ、お嬢様は。

 なのに。

 私が賊に応戦している間に、お嬢様が馬から引きずり降ろされて、すぐさま攫われてしまいました……

 私は銃で撃たれたのですが、幸いかすり傷で済みました。それが逆に申し訳なく……。


 お嬢様は、獅子伯のご活躍により無事救出されたので本当に良かったですが。

 私は、お嬢様を危険に晒してしまった事、怖い思いをさせてしまった事を後悔反省し、旅行が終わったら辞職を願い出ようと思っておりました。


 しかし奥様が、辞職を言い出す前の私の元を訪れて、こんな事をおっしゃっておりました。

「貴方は護衛として失敗してしまいました。しかし、アティは無事です。まだ失敗は取り返せます。貴方なら、もう二度と失敗しないよう更なる努力を惜しまないでしょう。そうですよね?」

 と。

 勿論と、頷きました。

 頷くと共に──思わず、私は泣いてしまいました。お嬢様を守れなかった事が悔しく、そしてそんな言葉をかけていただけたのが嬉しくて。

 そんな私に奥様は

「アティは貴方によく懐いています。これからも大切にしてあげてください」

 と、そんなお言葉までいただけました。

 固く、固く誓いました。もう二度とお嬢様を危険に晒さないと。

 ええ。絶対に守り抜いてみせますとも。


 ……ああ。そういえば。

 少し話は逸れますが。

 獅子伯がお嬢様を助けた後、不思議な言い回しをしていたんですよね。

『協力者のおかげで助ける事ができた』

 と。

『協力者』とは、誰の事だったのでしょうか?

 噂の──いえ、なんでもありません。


 え、噂ですか?

 いや、これは本当に、屋敷の人間たちの間で囁かれている噂ですから。

 ……あまり、噂している事を広めて欲しくないのですが……

 はい、屋敷には最近ある噂がたってるんです。

「闇の騎士が憑りついている」

 と。

 誰にって。奥様にですよ。噂は奥様がいらっしゃった頃から出始めたんですから。

 見た者がいるんです。

 屋敷の壁に蜘蛛のように張り付いてる姿とか、時には馬を盗んでいる姿とか。

 え? ああ、盗まれた馬は時間が経つと戻ってくるそうなんですけどね。

 暗くてよく見えないですし、どうやら黒服? のようなものをまとっているようなので、それで『闇の騎士』と。

 騎士と言われているのは、腰に剣をさしているからだそうです。

 私はまだ見た事がないですが……きっと、お嬢様をお助けしたのは、その闇の騎士ではないかと思っています。


 闇の騎士の正体?

 仲間内での噂は……いや、これ言ったら怒られそうだなぁ……

 あ、ええとですね。

『奥様が昔倒して使役している魔物』じゃないかって。

 いや、魔物なんてそんなもの存在するワケないと思うんですけどね。

 でも……

 奥様のあの強さを知ってしまった今では、魔物かどうかは置いておくとして、どこかの高名な騎士の霊なのではないか──なんて、思ってしまうんですよね。

 ええ、奥様が倒した。

 それで、奥様に憑りついているんじゃないかって。


 あ、そうですね。憑りついてるなら、お嬢様を助けるのは変ですね。

 確かにそう言われてみれば。

 じゃあ……守護霊とか、そういうたぐいのモノなのでしょうか?

 やっぱり、奥様が使役してらっしゃるんでしょうか……

 あの奥様なら、そんな事もありそうで……


 いや!! ご本人に確かめる勇気なんてないですよ!?


 まぁ、それは置いておくとして。

 私はカラマンリス邸に勤められて、本当に嬉しく思っています。

 ピクニックにも参加させていただきました。

 その時の心温まる光景は、今でも忘れられません。


 あの時の光景を、私もずっとお守りしたいと、そう思っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る