第61話 幸せな光景を見た。
とある、初夏を思わせる少し汗ばむ日。
風が駆け抜ける丘の上でピクニックをした。
アティと初めてピクニックをしたあの場所だ。
そこには、アティは勿論、子守頭のマギー、家庭教師のサミュエル、騎士見習いゼノ、なんと侯爵。
そして更に、アティの婚約者のエリックと、その世話係のイリアスが。
それぞれの護衛を連れて来てるから、まぁ大所帯となった。
私は乗ってきた馬の世話をし、護衛たちとマギーとイリアスがお弁当の準備している中、サミュエルに見守られたゼノが、その辺で拾った木の枝でエリックと剣の稽古のように打ち合っていた。
カツン!
ゼノが横に薙いだ枝がエリックの木の枝を弾き飛ばす。
「あー!!」
エリックが飛んでった枝を目で追って、落胆の声を上げた。
「まだまだだよエリック様」
ゼノは楽しそうに笑って、自分が飛ばした枝を取りに行く。
その間、エリックは唇を噛み締めて、服の裾をぎゅっと握りしめた。
「ぜのずるい!」
そう、悔し紛れの声を上げたので
「エリック様、そういう時は『ズルイ』じゃなく『悔しい』ですよ。ゼノは何もズルい事をしてないでしょう?」
私は言葉を訂正する。
「ぜのくやしい!」
……うん、まあ、文脈変だけど。言い直してくれたからヨシとしよう。
そんな様子を、ツァニス侯爵がアティを伴いながら、私に倣って馬に水をあげつつ眩しそうに見ていた。
「こんな穏やかな時間は久々だ」
そう、ポツリと溢す。独り言だったのかな。聞こえるか聞こえないかホントにギリギリの声だった。
「だんちょう! かたきとって!!」
エリックは地団駄踏みながらそう叫ぶ。
「よーし、じゃあ──」
私が腕まくりを直してエリックの方へといこうとした時。
その足に、アティがバフっと抱きついてきた。
「だめ」
アティが、私の足に顔を埋めてぽそっともらした。
え? アティどうしたの?
「だめ!」
アティは顔を上げて大きく叫ぶ。
私の足に抱きつきつつ、エリックに向かってキッと顔を向けたアティは
「おかあさまは、あてぃのおかあさまなの!」
そう改めて叫んだ。
……。
…………。
………………ちょっと待って。
今誰か、私の心臓を矢で射抜いた?
ドキュンときたぞドキュンって!! 凄い衝撃だったよ! 身体後ろにもってかれるかと思ったよっ!!
やだアティ嫉妬?!
嬉しい! 嬉しすぎる! 私に! 独占欲発揮してくれたの?!
今まで嫌な事があっても文句どころか何も言わなかったアティがっ!!
嫉妬して! しかもそれをちゃんとエリックに伝えたよ?! 大きな声で!!
アティ変わったね! 勿論良い意味で!!
私はガバリとアティを抱き上げ、そのほっぺたにムチューっとキスをした。
「そっか! そうだよね! ごめんねアティ! エリック様ばっかり構ったら嫌だよね! 大丈夫! 私はちゃんとアティのお母さんだよ!!」
チュパチュパとアティの頬にキス連打したった。アティはキャッキャと笑って私の首に抱きついて来る。
「あてぃずるい!」
「エリック、そういう時は──」
「あてぃくやしい!」
イリアスのツッコミに、速攻で言い直すエリック。
「惜しい。『羨ましい』だね」
「あてぃうまやらしい!」
「う・ら・や・ま・しい」
「うらやましい!」
意味分かって言ってないだろエリック。
もう何なのその微笑ましい光景はっ! 可愛すぎる!!!
「エリック様、もし宜しければ──」
そう言って腰を上げようとしたエリックの護衛を、ツァニス侯爵が手で制した。
「エリック様、私でよければゼノを打ちまかしてみせましょう」
そう言って前へと進み出る。
「ツァニス様?!」
え、でもさ。剣術大会に出た事あるぐらいだし、侯爵だから心得ぐらいあるでしょ? なんで意外なの?
「旦那様が……子供の相手を……」
ビックリ顔のマギーの声。
あ、そっち? 何、侯爵は子供嫌いなの?
エリックの前へと出てきたツァニス侯爵が、ゼノから木の枝を受け取る。
その後ろで
「やっちゃえ! ──えっと?」
「ツァニス、と」
「たーにす!!」
「ツァニス様、ですよ。エリック様」
エリックとツァニス侯爵とサミュエルのそんな、なんて事ないやり取り。私の胸に、なんだか温かい気持ちが溢れてきた。めちゃくちゃ溢れてきた。溢れて零れる。洪水だよ。
「なに、ここ天国?」
思わずそうボソリと呟くと
「何言ってるんですか? 狂いました?」
マギーからの苛烈なツッコミをいただいた。
私がツッコミに肩を落としてマギーの方を向くと、マギーもツァニス侯爵たちの方へと視線を向けていた。
「これが、貴女がしでかした事の結果ですよ。存分に後悔すればいい」
なんか酷い言い方をされたけど、それって要は『私の努力の成果を喜べ』って言ってるんだよね? ポジティブな意味だよね? まんまの意味じゃないよね??
私が何も言わずにいると、空になったピクニックバスケットを端へを移動させたマギーが、私を見上げてニヤリと笑った。
「貴女は、これを捨てようとしていたんですよ。どうです? まだ捨てたいですか?」
そんな意地悪な言葉に、私は反省せざるをえなかった。
改めて周りを見回してみる。
騎士見習いのゼノが必死になって枝を振り回している。夫のツァニス侯爵が、そんな彼の枝を捌きつつ、彼が打ち込んで来れるように隙を作って相手してあげていた。
アティの婚約者のエリックがその後ろで、飛び跳ねながらゼノを応援していた。応援対象逆じゃね?
家庭教師のサミュエルが、エリックが前に出過ぎて巻き込まれないように、そっと肩を抑えてくれている。
偏執少年だったイリアスが、楽しそうに笑ってエリックたちの事を見ていた。その笑顔はあどけなくて、時々見せる黒さなんて微塵もない。
その横で子守頭のマギーも穏やかに笑っていた。
そしてアティ。
私の首にしっかりと抱き着きながらも、エリックたちの方を見て天使の微笑みをしている。時々「おとうさまがんばって!」と応援していた。
これが、私がやった事。
私は、アティの身の回りを整えたかっただけだ。
ぶっちゃけガムシャラだった。目の前にある嫌だと思う事、ダメだと思う事を片っ端から片付けていっただけだ。
全体像なんて見ていなかった。
それでも。
こうなった。
アティの周りにいる人たちが、繋がりをもって笑いあってる。
最初は、あんなにバラバラだったのに。
「捨てたくない。けど、捨てさせられたらどうしよう」
私がボソリと呟くと、その声が聞こえていたのか、イリアスとマギーが輝くような笑顔で見上げてきた。
「そんなの、いつものように大暴れして拒否すればいいんですよ。得意技でしょう?」
「セレーネは変な所が悲観的ですね。キャラに合わず」
二人とも
でも。そうだね。
これからも、多分壁は沢山迫りくるだろう。
そんな壁、飛び越えて、かじりついて登り切って、時にはぶっ壊すんだ。
全ては、アティがのびのびと自分らしく生きられる為に。
環境さえ整えば、アティは自分の足で歩いていけるようになる。
私はアティを抱く腕に力を込めた。そのうち、離さなければならないアティを。
そして
「アティ、大好きだよ。私はアティのお母さんだけど、お母さんでもお母さんじゃなくっても、アティの事がずっと大好きだからね」
そう優しく伝えた。
「あてぃも、おかあさまだいすき」
はにかんだ天使の微笑みで、アティが返事をした。
ああもうダメ無理可愛い尊い眩しくてこのまま昇天しそう!!
やっぱりアティは本物の天使?
私は、今ここにある幸せを、存分に享受して浸って噛みしめて堪能して、そして見つめ続けた。
第二章 了
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