第60話 これからのことを悩んだ。

 アティの人見知りと分離不安は暫くして落ち着いた。

 屋敷に戻ってきて、いつもの日常を取り戻したからだろう。


 しかし、それでも暗闇を怖がったし、体の大きな男性の事も怖がった。

 この恐怖は一生アティに付き纏うかもしれない。こうしたトラウマは、女性なら大小誰しもが持つものだが……アティにはそんなもの持ってほしくなかった。

 持ってほしくなかったのに……仕方ないとはいえ。本当に悔しかった。

 一部、自分が間接的な原因でもあるから。

 本当にアティには申し訳ないと思った。


 今回はアティは無事だった。

 でも、今後はどうなるか分からない。

 私は目立つ存在なのだろう。私が何かを行ったり言ったりする事で、今後も間接的にアティが被害をこうむる可能性が高い。


 私の弱点が、アティだから。

 私を黙らせるには、アティに何かをした方が楽なのを、敵は容易に知るだろう。


 マジむかつく。私を罠にハメるとか、闇討ちするとかなら分かるが、弱い幼女を狙うなんて。人間の風上にも置けない。風下にも置きたくない。存在自体が許せないわクソ野郎。

 いや、誰かを攻略しようとするならその人の弱点を突くのがいいというのは分かってる! 分かってるけど!! 許せる事と許せない事があるよ!!


 でも、他人に『アティには手を出さないで下さい』なんてお願いして『分かりました』なんて事にはならない。


 私が黙ってしとやかにわきまえて過ごせばいいのだろうけれど。それでは状況は悪化せども改善は絶望的だ。

 それでは長期的に見てアティが不利益をこうむる。今のこの世界の子女たち──私や妹たちもこうむってきた不利益を。


 アティのそばに居続けて、それでも状況を改善する方法が思いつかない。

 どうしたらいいんだ。

 いっそ影から、アティの側でストーカーみたいにしてた方がいいのか?

 表舞台からは姿を消して、闇の中で某必殺な仕事人みたいに世直しして回ればいいのか?


 という事を、アティが寝付いた夜に、廊下のバルコニーで新しく仕入れた秘蔵ワインを片手に、子守頭マギーに相談してみた。

 そうした時の彼女の返答は


「愚問」


 だった。

 切り捨てるにしても、もう少し文字数使って欲しかったなァー!!

「見損ないましたよ。貴女、その程度だったんですね」

 の罵倒付き。ホント、手厳しいなマギーは……


 彼女は私を侮蔑の視線で見る。

「そう思うなら存分に引き下がって下さい。私がアティ様を育てますし、もう二度と他の人間には触らせません。

 アティ様を裏切るなんて事を、あの子にもう二度と体験させたくないですから」

「え、いや、裏切るなんてそんな──」

「貴女の真意なんて知ったこっちゃありません。アティ様の目にはそううつるだけです」

 ぐあ。言い訳も通用しない。マギーは本当にエグい程キツイ。


 でも……確かに。私の真意なんてアティには伝わらない。貴女の為なのと言いながらも離れて行かれたら『置き去りにされた』と思うに決まってる。

「そうしたいんでしょう? どうぞ。私には関係ありません」

 引き留めも慰めもフォローもなく、マギーはつまらなそうな顔をして、グラスワインを煽った。

 ……だよね。

 分かってた。彼女から慰めの言葉なんぞ聞けない事は最初から理解してた。

 それに、別に私は慰めて欲しいワケでもない。

 引き留めて欲しいわけでもなくて。

 なんて言うんだろう。

 何か、上手くいくヒントが欲しい。


 うーんと悩みつつガラスの中のワインをじっと見ていると、新しいワインを注ぎながらマギーがボソリと呟いた。

「貴女は一人でアレコレ動き過ぎなんですよ」

 注ぎ終わったワインボトルを床に置き、グラスをユラユラ揺らす。

「相談がなければ連携して警戒したり動いたりが出来ません。

 貴女が勝手に危険を冒してどうなろうと知ったこっちゃありませんが、アティ様に火の粉が降りかかる恐れがあるなら私はアティ様を守りますよ。どんな手を使ってもね」

 そう言い、ワインを一口飲んだ。

「え、それってどういう事?」

 セルギオスとして私が暴れてる事、気づいてんのかな?

「私にとっては、アティ様が唯一の存在価値であり理由です。

 しかし、私は貴女ほど自分を過大評価しておりませんし、戦う力も持ってません。

 それでも、必要なら金でも身体でもなんでも使ってアティ様を守ります」

 マギーのその言葉は、以前こんな風に二人で話した時の、皮肉のように聞こえた。

「アティ様に貴女が必要だと思ったから、私は貴女を認めてたんです。

 邪魔になったら排除しますよ。

 勝手に自爆して勝手に離れるなら、ちょうどいいので引き留めません。

 そんな身勝手な人がアティ様の側にいるのは目障りです」

 キッツイ……彼女の言葉は鋭利すぎる。

 言葉が物理的に痛いよ。

「でももし、まだ留まると言うのであれば──」

 そこで、彼女はワイングラスを一気した。

 プハッと息をついて

「協力はやぶさかではありません。勿論、アティ様の為にだけ、ですが」

 そう言い、マギーは私を横目で見た。


 ……キュンときた。キュンときたよ。

 下手に『お前の為ならなんでもするよ』とか言われるより効果はバツグンだったよ!!


「分かった。今度は相談する」

 自分の顔がちょっと顔が赤くなってる事を意識しながらも、彼女にそう伝えた。

「しなくて結構。もう消えるんでしょう?」

 速攻で拒否された。うう、手酷い。

 しかし、私は気持ちを切り替えた。

「消えない! 勝手に消えない! アティが思春期になって『ウザイんだよババア』とか言われるまで一緒にいる!」

「可哀想なのでやめてもらえます?」

「じゃあどうすればいいんだよぅ」

 そう口を尖らせて言うと、彼女は眉尻を下げて困ったように笑った。

「どうぞ、今まで通り好き勝手やって下さい。その行動で私の溜飲が下がる事も、ままあります。

 ただし、貴女が何かしらやらかした結果、事が動きそうな気配があったら、先に言ってください。私は私で出来る事をします」


 そんな、突き放してるのに心強い激励を意図せず受け取ってしまった。

 私が嬉しくてニコニコしていると、気恥ずかしくなったのか、マギーはワインをドポドポ注いで水のように一気飲みしていた。


 ***


 ゼノが来た。

 屋敷に辿り着いた時の彼は、まるで人身御供に出された子供のように縮こまっていた。


 ツァニス侯爵、私、アティで彼を出迎えた。

 ゼノは、特にツァニス侯爵に完全にビビっていた。

 いやぁ、圧力でいったらレアンドロス様の方がヤバいよ? 彼が平気なら侯爵なんて全然問題ないって。


 しかし。下宿させると言っても、どうしたらいいんだろう?

 一応侯爵と相談したんだけど『お前が相談を受けたのだからお前の好きにするといい』と言われた。

 私のやり方でいいのかなぁ?


 私のやり方?

 よく食べてよく眠り、よく遊んでよく勉強する、そしてよく運動してよく休む。

 コレに尽きるんだけど、大丈夫か??

 まぁ、ダメだと言われてもそれ以外の方法を知らないから、そうするだけだけどね。

 因みに、コレのおかげで妹たちは、猿だの猪だの狼だの気の荒い鹿だのいわれるようになったよ。なんでみんな野生動物やねん。


 まずは、ゼノにこちらからアレコレ指示せず、色々な事をさせてみて、その様子を伺ってみる事にした。

 そうすると、色々彼の事が見えてくる。


 ゼノも、嫡男としてその責務を全うしようと、自分なりに頑張っていた。

 苦手な事があっても不満を言わず、黙々とやる。そして、なんとかこなそうと努力するのだ。

 彼に課題を与えてきた人間は、彼の努力を認めた上で、でもなかなか成果が上がらないので、更に負荷をかけていったのではないかと予想する。

 それでは彼の身体と心が保たない。


 レアンドロス様の元で育てば、彼のおおらかさと体の成長により良くなっていくのだろうけれど、私に託されたのだ。

 私は私のやり方で、彼を導いていこうと決意した。

 確かに、彼は不器用だ。体の使い方が下手、と言い換えてもいい。

 でも、その代わりに努力の天才でもある。

 出来ない事はコツコツ反復練習をして出来るようになるし、食べ物だって好き嫌いしない。本当は好き嫌い・得手不得手があるはずなのに。

 苦手なりにも努力してこなす。

 しかし、なんとかこなすとさらなる課題が与えられて、達成感を味わえなかったのではなかろうか。


 必要なのは達成感! 達成感が充実感に転じて成長に繋がるのだ!

 それを存分に体験させてあげよう!

 そして好みのゼノに──違った。違う。そうじゃない。

 彼は私が好きだったゲームのゼノではない。

 彼は生身の人間だ。まだ何にも染まっていない少年。恐らく、私がゲームで知っているゼノにはならないだろう。

 そして、自分の好みにもしない。してはいけない。

 彼は、本来の彼らしく健やかに成長していけばいい。私は、その手助けをするだけだ。


 慣れない環境に頑張って適応しようとしているゼノを、一歩引いた位置から導く事を、私は決意した。

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